悪魔が歌う秋

「へったくそ」
 {{ namae }}は慌てて歌うのをやめた。振り向くとバルレルが呆れた顔でこっちを見ている。確かにお世辞にも上手いとは言えないけれど、と思いながら、{{ namae }}は眉を吊り上げた。
「なあに。盗み聞きとは人が悪い!」
「ヒトじゃねェ」
「悪魔が悪い。……なにこれ頭痛が痛いみたいな……」
「突っ込まねェぞ」
 冷たい。バルレルも箒を握っているところを見ると、人のいい誰か――高確率でアメル。時点で面白半分にミモザ――に、手伝ってこいとでも突っつかれたのだろう。
 空から降る落ち葉がきれいで、掃除を申し出たのは自分の方だったのに。
「サボれ」
 少し考えてから{{ namae }}がそう命令口調で言うと、バルレルはにやっと笑った。最初からそのつもりだったらしい。彼らしさに、思わずくすっと笑ってしまう。
 バルレルは木の根元にどっかりと座りこむと、そのまま腕を組んで寝転んだ。そこから仰いだ景色は、とても、きれいに違いない。彼とよく似た、真っ赤な景色。
 風がゆるやかに通っていく。その度に色とりどりの落ち葉が舞った。遠く離れた異界の地で、四季を感じるということ。心が安らぎ、また騒ぐ。夢か現か、わからない。
「へったくそ」
「うるさいなあ」
 鼻唄はついと出る。掃除をしてたらなおさらだ。少しだけむっとした{{ namae }}は唇をとがらせた。
「へたくそへたくそって、ヒトのこと言えるわけ?」
 バルレルはケッと悪態をつく。
 さっさか、さっさか、落ち葉を集める。焼き芋しよう、と提案したら、きっとアメルは喜んでくれるに違いない。焚き火をしていいか、家主に聞いてみなければ。
 ふと、歌がきこえた。ここには一人と一匹しかいない。一人の{{ namae }}は歌っていない。
 {{ namae }}は極力反応を示さないことに全力を尽くした。バルレルに背を向け、手を動かし続ける。何かしてしまったら、すぐにでも消えてしまいそうな小さい声で、バルレルが歌っている。
 聞いたことのないメロディーと、言葉。
 彼の気性を知っている者であれば、驚くほど穏やかなテンポと、低い声。
 箒を掃く音と、悪魔の歌声とだけが響いていた。
 {{ namae }}の頬は自然とゆるんでいった。
 ――同じフレーズを何回か繰り返し、繰り返し、歌は終わった。たっぷり余韻にひたってから、{{ namae }}がバルレルをちらりと盗み見る。
 待っていたとばかりに、バルレルが不敵に笑った。
「どうした? 言わねェのか?」
 へったくそ、ってよ。
 箒を投げてやりたい衝動にかられながら{{ namae }}の目線は右へ左へ、空へ――紅葉がきれい――、足元へ――紅葉がきれい――泳ぎ、結局バルレルに戻った。
 ここは自分の世界じゃない。けれど、
「……アンコール」
 悪魔が歌う秋は悪くない。