えそらじ

 良い酒が手に入ったと、女が言う。掲げられた酒瓶から、とぷん、と水音がした。
 鼻をくすぐる芳香に、悪魔は嬉しそうに喉を鳴らす。猫すら眠る真夜中、酒盛りはすぐに始まった。
 薄い三日月が煌々と光る、魔力に満ち満ちた夜で、酒はより美味に感じられるようだった。話題は尽きたり、わいたり、その度に沈黙と饒舌を繰り返す。互いに貶し罵り馬鹿にし合いながら、一人と一匹の宴はだらだらと続いていく。
 ふと、女がなあ、と呼びかける。女にとって、悪魔を呼ぶには、その二文字で良かったのだった。桃色に染まった頬のまま、女は真面目くさった顔で言った。
 バルレル、お前と酒が飲みたい。
 悪魔は怪訝そうに眉を寄せ、紅い瞳で女を睨む。現に今。テメェのそれは水か、と返せば、女は可笑しそうに笑った。これから先の話だよ、と続けて。
 この世界は魂の煉獄だ、環の中に入れない、ならば魂はこの世界でくすぶるだろう、その時自分が何でもいい、また、お前と酒が飲みたい。
 悪魔はますます怪訝そうに顔をしかめた。勝手な話だ。
 何でもってなんだよ、と悪魔が言えば、女はすくっと立ち上がり、大仰な身振りで叫ぶ。
 ヒトなら有無を言わせるな、獣なら舐めさせろ、魚であれば溺れさせ、木々なら酒で育ててみせろ!
 一人と一匹はしばらくけたけたと笑い合った。
 それからまた、互いに貶し罵り馬鹿にし合いながら、沈黙と饒舌を繰り返す。話題は尽きたり、わいたり、一人と一匹は宴をだらだらと続けていった。
 いよいよ酔いも回って、笑いながら女が言う。忘れてくれてもかまわない。
 だがもう遅かった。酒の味と、宵闇の匂い、女の笑顔と、言葉は、悪魔の魂に刻み込まれてしまった。
 いつか、いつかの話だ。