お返しはいらない<

 気に食わねェな、と悪魔は思っていた。
 外で飲む方がきもちいいよね、とテラスに誘い出されるのが常で、たとえば雪もちらつきそうな、吐いた息も白い日ですら。自分と酒を飲む時は、そりゃいつも嬉しそうにするにしたって――自惚れではなく、単にだだ漏れなのだ――この浮かれきった情けない顔と感情はなんなのか。
 テーブルの向い側には、両手でグラスを持ち、じっと氷を見つめているニンゲンの姿。
「……おい、」
「ん?」
 ボトルを掲げ、空きそうだったグラスに、酒を注ぐ。
「わ、わ、珍しい。バルレルがお酌してくれるなんて!」
「うるせェ! 黙って飲みやがれ!」
 悪魔はそっぽを向いた。どうせ笑って素直に頷き、また舐めるように酒を飲むに違いない。
 ちびちびと酒を楽しみながら、それでいて、遠い目をする。いつだってそうだ。ふと、元の世界を眺めている。暴れもしない。二度と戻れないから、と。
 瞬間、彼女は全てから目を背ける。この自分からも。だだ漏れの感情で接するだけ接して、勝手にも程がある。だからその時のニンゲンが嫌いだった。
 ――悪魔の予想は概ね当たっていた。
「……ありがと」
 ちいさく、口の中で礼を言う以外は。
「んだよ?」
「なんにも。あ、そうだこれこれ。じゃーん!」
 とっておき、と取り出されたそれは、小さな箱の中で、一つずつ仕切られていた。
「このお酒とすごく合うから、食べてみて」
 ますます上機嫌のまま、ニンゲンが言う。ああやっぱり、理解できねェ。
 
「合うでしょ」
「……合うな」
 得意げに笑ってみせると、悔しそうに眉根を寄せ、渋々と悪魔が言う。
 安酒も喜んで飲むが味の違いはしっかりわかる、そんな贅沢な舌のために、上等な蒸留酒を用意したつもりだった。
 酒があれば肴はいらないと、ろくに食べもせず飲んでばかりの悪魔だが、酒のうまさを引き立てるものなら素直に口に運ぶので、今日という日には都合がよかった。
「甘いものなんてガラじゃねェが」
 赤い爪の映える指先が肴をつまみ、頬張って咀嚼して、また酒をあおる。
「悪くねーのな」
 悪魔の様子にすっかり満足して、グラスに口をつけた。
 香り立つ琥珀色、とろみのある深い味わい。ほうっとため息をつくと、
「……テメェは何をそんな喜んでやがんだァ?」
 赤い瞳とぶつかった。悪魔曰く、それはそれは彼の苦手とする正の感情で満ちているらしい。
「気色悪いったらありゃしねェぜ!」
 フンと鼻を鳴らし、それからけたけた悪魔が笑った。見るともうグラスが空だ。いつもよりペースが早い。随分とお気に召してもらえたようで、こっちとしては、嬉しいったらありゃしない。
「さあてねえ」
 うそぶいて酒を舐め、肴をかじる。おいしい。
 第二の月、半ば、今日の肴はチョコレート。