非日常はスキップでやってくる
子供のらくがきみたいだなあ。
つねづね、そう思っていた。ちらし、カレンダーの裏、テストの端っこ、らくがき帳。そういう紙の上で、思う存分暴れていたに違いない。それほど単純で、ちょっとまぬけで、わかりやすいデザイン。
それを急に、画力の凄まじい作画担当さんが、元の素材を最大限に活かしながら、リメイクしちゃいました、みたいな。
たとえば、スキップってちょっと恥ずかしい。いい大人がやってたら、なおさら。それなのに、意気揚々と、恥ずかしげもなく堂々と、鼻唄まじりで、リズミカルに、全速力のスキップで風を切る。
怪人はいつも、そんな姿かたち。
だから、ニュースや新聞以外で、本物を目にした時も、やっぱり同じ感想だった。
まず、頭がヘビ。ヘビ人間と名乗ったからには、トカゲでもイグアナでもカメレオンでもなく、ヘビなんだろう。全身にびっしり鱗が生えていて、緑色にぬらぬらと光っている。舌はもちろん、先っちょが二股。長い尾が鞭のようにしなり、コンクリートを叩いて壊す。でも、どうにもヘビにはちょっと見えない、手足のある、ヘビ人間。蛇足を擬人化をしたら、こんな感じになるのかも。
ヘビ人間の隣には、巨大なカタツムリの殻だけが残ってる。中身はさっき、食べられちゃった。
二匹の相性が悪かったみたく、出会い頭に喧嘩になって、殻から引っこ抜かれたカタツムリは、今やヘビ人間のお腹の中だ。それに加えてわたしの家族も入ってるのに、まだ満腹にならないらしいヘビ人間は、あんぐりと大きく大きく口を開けた。
「子供のらくがきみたいだなあ」
それが、わたしの最期の言葉だった。
「生きてるか?」
「わかんない」
向けられた言葉へ、素直に返した。生きてるってなんだろ、生きてるってなあに。腕の中で抑揚なく歌うわたしに、おにーさんは、何でもなさそうな声で、
「返事出来んなら、生きてるだろ」
とだけ言って、下ろしてくれた。ありがとう。
おにーさんの腕も、わたしの体も、真っ青だった。もっと言えば、辺り一面、ペンキをぶちまけた方がまだ可愛いくらいには、青くて青くて青かった。ストリートアートに見えなくもない、これをヘビ人間の体液だって知らなければ。
「助けてくれてありがとう。わたし、退治される?」
「わかんね」
向けた言葉は、素直に返された。
ヘビ人間のお腹にいたのは、ものの数十秒間だけだったと思う。どうやったかはわからないけど、おにーさんが、ヘビ人間の頭と土手っ腹に、大きな大きな風穴をあけてくれたから。わたしは消化されずに、こうしてまた青い空が拝める、ついでに青い地面も。
でも、やっぱり。
さっきのあれが、わたしの、わたしとしての、最期の言葉だった。
「暴れるつもりはないんだけど」
「んじゃ、されねーんじゃねーの」
お腹から出たわたしは、もう、わたしじゃなかった。
だって体がぺとぺとする。粘液が分泌されてるのがわかる。たぶん歩いたら、跡がわかるんじゃないかしら。あと、ものすごく視力がよくなった。正しく言えば、目が増えた。額から突き出た二本の触覚の先に、新しい目が生えている。
もっともっと正しく言えば、生えたんじゃなくて、くっついた。
ヘビ人間のお腹ん中で、わたしは、巨大カタツムリとくっついちゃった。
「じゃあ、退治して」
粘液で、ぬめぬめと光沢を放つ腕を、両腕を、おにーさんに向かって、差し出した。
簡単に、やすやすと、退治してくれる。
答え合わせはとっても簡単。ヘビ人間が死んで、おにーさんが生きてるということ。飲み込まれる前に、まあちょっと破壊されてるかな、っていう街並みが、軒並みきれいさっぱりなくなってるってこと。大きな大きな、青く染まるクレーターのまんなかに、立っているということ。
つまり、おにーさんは。
「ヒーローなら、怪人をやっつけて」
やっつけて。
やっつけて。
みんなをたすけて。
「暴れるつもりはないんだろ」
「暴れたらやっつけてくれる?」
やっつけて。
やっつけて。
みんなはもういないから。とけてなくなっちゃったから。お父さんも、お母さんも、消化されちゃったから。
早くわたしをやっつけて、わたしじゃないわたしを、怪人のわたしを、やっつけて。
それで、やっと、ほんとのわたしは。
みんなと一緒に、青くなれる。
「うるせえ」
「いたい」
おそらく、ものすごく、とてもとてもとてもとても、手加減されたであろうデコピンを喰らった。それでもいたい。めちゃくちゃいたい。
それから突然、目線が高くなる。
あのねちがう、ちがうんだよ、おにーさん。
両腕は、そんなことのために差し出したわけじゃない。
これは、退治してほしくて、やっつけてほしくて、殺してほしくて伸ばした手。
「助けてほしい時に伸ばすだろ、普通」
簡単に。やすやすと。
ひょいと、抱き上げられてしまった。
「ガキらしく抱っこくらい素直にねだれねーの?」
――――ああ、なんて残酷なヒーロー!
「ガキじゃない」
「ガキだろ」
「体はんぶんとけた」
「マジかよ」
「もういい歳だよ」
「マジかよ……自分で歩けよ……」
「ヤダ」
はげ頭のおにーさんに肩車してもらうと、太陽の光が至近距離で反射して、眩しくて仕方なかった。目に沁みる。
青い空で、青い地面で、崩れた街で、頭の上で、だあれも見てないうちに、わたしは泣いた。
さよなら。さよなら。お父さん、ごめんなさい、たまの休みだったのに、明日も仕事なのに、それでも誘いに乗ってくれて、ありがとう、ごめんなさい、わたしのせい。お母さん、ごめんなさい、あそこのお店行きたいねって、ずっと話してたのに、結局、行けなかったね、ごめんなさい。ごめんなさい。さよなら。さよなら。ばいばい。人間のわたし。
「頭がぺとぺとすんだけど」
「粘液だよ」
「粘液」
粘液と涙で、つるりとしたおにーさんの頭は、やっぱり、てかてかと光っていた。
「いつか退治してね」
「ヤダ」