smiling!! :)

「あっ!」
 それなりに大きい声を出してしまった、恥ずかしい。地下鉄をおりて階段をのぼり、日の光にさらされた途端気づいたのだ。わたし手荷物持ってない!
 慌てて今来た道を戻っても、とっくのとうに電車は発車してしまっている。あああ、うっかりしてた!
 仕方なく駅員さんに、これこれこうなんです、と説明すると、すぐにかけ合ってくれた。
 しばらく電話での連絡が続き、それから駅員さんは笑顔で大丈夫ですよ、と言ってくれた。どうやら親切な方が届けてくれたようで、忘れ物は隣の隣の駅にあるらしい。
 駅員さんにお礼を言って、わたしは来た電車に飛び乗った。
 それほどの距離でもないのに、電車の中でもそわそわしてしまう。わたしは自分の迂闊さを呪った。
 扉が開くとわたしは小走りで駆けだす。ホームの端の端にある遺失物受取所へ向かい、ノックしてから入った。
「失礼しま……!?」
 真っ先に白いコートが目に入った。その次に見間違えようもないわたしの荷物。そしてその荷物を抱えているのは、
「やあ、ぼくクダリ!」
 まさかのサブウェイマスター、クダリさんだった。ええええ!?
「はいわたし{{ namae }}と申しますえっと忘れ物してごめんなさい!?」
「謝らなくていいよ、きみ、わるくない」
 動転するわたしに、クダリさんはにっこり笑う。
「でも、気をつけてね。おりる時には指差し確認!」
「は、はい。すみません……」
 わたしはしょんぼりと肩を落とす。憧れのサブウェイマスターに会えたのは嬉しいけれど、なんて格好悪いんだろう。
「……あのね。ぼくも、きみに謝らなくちゃ、だめなんだ」
「え?」
 床を見つめるのをやめて顔をあげると、クダリさんは笑ったままなのに、わたしと同じように肩を落としていた。もしかしてクダリさんの喜怒哀楽って、全部笑顔なの……?
 そうだ、そもそもクダリさんが、どうしてこんなところにいるんだろ。
「ぼく、この駅、たまたま寄った。そうしたら、ぼくのポケモン、きみの荷物、飛びついた」
 モンスターボールが揺れたのか、クダリさんのコートからカタカタと小さな音がした。クダリさんは目線を落として「めっ!」といなした。めっ、って……!(かわいい!)
 それからまたわたしと向きあい、
「中身、心配。だいじょうぶ?」
 と、眉をひそめて聞いてきた。
 ――ああ、そのために、わざわざこの人は。思わず頬がゆるんでいく。
「開けていいですか?」
「おねがい」
 しょんぼりしたまま荷物を差し出してくるクダリさんには悪いけど、こらえきれなくなって笑ってしまう。
「そんなに落ち込まないでください、わたしはちょっと嬉しいんですよ」
「?」
 クダリさんはきょとん、と首を傾げた。
「だって、そんなにいい匂いだったのかな、って」
 ぱかっと蓋を開く。
「わあ!」
 クダリさんが目を輝かせた。わたしが忘れてしまった、大きなバスケット。中身は、全部、手作りしたポフィン。
「ポケモンのお菓子! えっ手作りなの? すごいね! すごいね!」
「ふふふ」
 子供のようにはしゃぐクダリさんにわたしはまた笑ってしまう。
 中身を確かめると、味ごとにラッピングしていたのがよかったのか、形が崩れちゃったのは数個だけ。あとはなんともなかった。
「ごめんね……」
 それでもクダリさんはしゅんとして謝ってくる。
 ええい、笑顔なのにどうしてそんなに悲しそうなの!?
「そんな、大丈夫ですよ! えっと、じゃあ、これ!」
 わたしは思わず、歪なポフィンを差し出した。
「責任もって、貰ってくださいますか?」
 一瞬、ぽかんと口を開けたクダリさんから、笑顔が消えた。
 でもそれは本当に一瞬で――わたしはその時のクダリさんを、忘れられそうにない。
「ありがとう! {{ namae }}!」
 ぼく、責任、もつ! 
 目を細めて、本当に嬉しそうに、クダリさんが笑った。
 花咲くような笑顔って、こういうこと言うんだ!
 
 その後クダリさんは鬼の形相をしたノボリさんに「全く何をやっているんですダイヤを守ってみなさんスマイルは嘘なんですか!」連れていかれてしまった。どうやら許可なくここに来てくれたみたいだ。ありがたいやら、申し訳ないやら。
 ひきずられながら、「またねー」とひらひら手をふり、クダリさんは言い残していった。
「指差し確認、車両点検!」
 しゃりょうてんけん?
 わたしも手をふりかえして、完全に見送ってから、ふと、気づいてしまった。
 バスケットの中、見慣れないものに。
「……車両点検、って……これのこと?」
 わたしは今日こそ自分の迂闊さを祝った日はない。
 今度はポフィンじゃなくて、マフィンを作ろう。
 サブウェイマスターの名刺を手に、わたしはそんなことを思っていた。