ぎんがてつどう

 たたん、たたん。たたん、たたん。
 停車のため減速した際の強い揺れに、彼女が顔を軽くあげました。
「まだ?」
「ええ」
 ずいぶん、眠そうな声でございます。
「着いたら起こしますから、大丈夫ですよ。安心してお休みくださいまし」
 ちいさな返事とともに、また肩にもたれかかってくる重み。彼女の脳の重み。
 ドアが閉まり、電車は再び動き出します。夜はすっかり更けていて――地下鉄の窓の外は、常に夜のようなものでしたが――隣のそのまた隣の車両にも、人影は見当たりません。車内は吹き抜けのようにがらんどうでした。気味が悪い?まさか。彼女がこんなにも安らかだと言うのに。
 横目で見やると、つむじを一つ見つけたくらいで、その寝顔を窺うことは出来ませんでしたが、預かった頭と温もりは、喜びと信頼を感じるには充分でございました。ひとりでに、笑みがこぼれます。
 このまま終点が来なければいい。いついつまでも来なければいい。
 たたん、たたん……。すると、どうしたことでございましょう。不思議なことがあったものです。車内の電光掲示板から、色と行く先が消えました。そうしてゆるゆると近づいてくる駅は、確かにさきほど過ぎたはずの駅でした。
 停車のため減速した際の強い揺れに、彼女は顔を軽くあげました。
「まだ?」
「ええ」
 ずいぶん、眠そうな声でございます。
「着いたら起こしますから、大丈夫ですよ。安心してお休みくださいまし」
 ちいさな返事とともに、また肩にもたれかかってくる重み。彼女の脳の重み。
 ――ドアが静かに、閉まりました。
 次に停まる駅も、次の次に停まる駅も、この先もずっと同じようでした。ふるえる手で彼女の頭を撫ぜます。いよいよ自分と彼女は、幸福の環状線に入ったのです。終点は、永遠に訪れそうにありませんでした。ふと窓の外を見ると、既に車両は星々の煌めく夜空の中を走っています。
 たたん、たたん。たたん、たたん。
 たたん、たたん。たたん、たたん。
 たたん、たたん。たたん、たたん。
 
「まだ?」
「ええ」