バカップル

「跪きなさい」
 ぞっとするような冷たい声でノボリさんが言う。私は何か――謝罪の類を言葉にしようと口を開いたけれど、
「跪きなさい」
 腕を組み私を睨んだままもう一度、ノボリさんが言う。私は黙ってへたり込み、正座をして頭をたれた。床は冷たく、足にはちっとも優しくない。
「私が何故怒っているか、わかりますか」
「……はい」
 淡々とした声には確かに怒気がはらんでいて、声が耳に届く度私の背筋がふるえた。目も合わせられなくてノボリさんの足先ばかり見ていると、
「こちらを」
 ぐい、と。顎を掴まれ、強制的に顔を上げさせられた。そこで初めて見るノボリさんの顔は、私と同じで――泣きそうだった。
「……ご無事で、何よりでございます」
「ノボリ、さ、」
 言葉が詰まる。この表情を作ったのが私だと思うと、つらくて、いたたまれなくて、だけど少し嬉しくて。
 ノボリさんは一つため息をつくと、きっと私を睨んだ。
「遅くなるならば、事前に連絡をなさいとあれほど言ったでしょう!」
「はい! ごめんなさい!」
 出かける前に毎回言われているし、私だっていつも実行しているけれど、今日は携帯の電池が途中で切れてしまったのだった。
 仕方ないと言えばそれまでなのだけれど、ちゃんと充電をしなかった私がいけないし、何よりノボリさんに心配をかけてしまった。
「心配するこちらの身にもなって下さいまし!」
「本当にごめんなさい……」
「ではお手をどうぞ。今日は貴女のすきな根菜のシチューでございます」
「ノボリさん……!」
 私は差し伸べられたノボリさんの手をとって、そのままあたたかな胸に飛び込んだ。
「ただいま帰りました!」
「おかえりなさいまし!」
 一部始終を見ていたクダリさんが「きみら親子みたいだねー」と呟いたけれど、私達の耳にはまるで入らないのでしたって言いたいところだけど聞き捨てならない!
 こんなに愛し合ってるのに!