ネクタイこわい<

「どうしてそうなってしまうんですか」
 ため息とともに吐き出された言葉は、呆れというより驚きをはらんでいた。灰色の目がまるく見開き、私の首元を見ている。
 視線の先にはよれよれで、形にもなっていないネクタイがだらんと垂れ下がっていることだろう。もちろん私が締めたものだ。
「制服は正しくご着用下さいまし」
 そう言われても。
 情けない声をあげるや否や、ノボリさんの手が伸びてきた。体がびくりとふるえてしまって恥ずかしい。
 長身が屈められ、近づいた距離に頬が熱を持つ。そんな私に気づかないのか、ノボリさんはあっという間にネクタイを結んでくれた。
「今回は特別でございますよ」
 そう言って、身を放す前に至近距離でウィンク。この方は私を殺しにかかっているようだ。
 かろうじてお礼を口にすると――ぐえ。ネクタイが引っ張られて、ほどかれた。
 ノボリさんに、ではなくて、後ろから。驚いてその手の持ち主を見るためにふりむくと、
「ダメだよノボリ、甘やかし、よくない!」
 クダリさんが私のネクタイを持っていた。にっこり笑っている。嫌な予感しかしない。
「よく見てて?」
 手を背後から回されて、つまり抱きしめられている状態で、レクチャーが続く。次はこうだよ、と丁寧に見せてくれてわかりやすい。
 けれど、クダリさんのコートの中にすっぽり収まっているという現実のせいで、到底覚えられそうにない。もう全身が熱くてたまらなかった。
 終わったと思ったら解かれて、はいもう一回、などと無邪気な声が落ちてくる。
「なるほど、それなら自分で結ぶ時と差異のない手順で覚えられますね」
「でしょ?」
 ノボリさんは感心して覗き込み、クダリさんは楽しそうにほどいては結ぶ。
 ……前門の虎、後門の狼とはこのことに違いない。
「あれ?きみ、顔まっか! 大丈夫?」
「おや。医務室へお連れいたしましょうか?」
 四つの灰色の目は素直でしかない。貴方達のせいです、とは言えない私がいた。