あなたのために墓を掘る

 それなら俺が死んでも、このひとは泣かない。
 
 ざく、ざく、木の下がいい、と{{ namae }}さんがいったから、公園に向かった。湿った土を、けばけばしい色で塗られた小さなスコップでほっていく。この作業はとても根気がいる。途中でくじけてはいけない。できるだけ深く深くほるつもりでいた。
 ざく、ざく、思いのほか土はかたく、細かな根に蝕まれた地中はスコップを拒み続ける。水と養分をすいとる管を切断しながら、俺はほり続ける。 最後にはしっかりとうめ立てなくてはいけない。誰かがほり返してしまわないように。
 ざく、ざく、土の色があかるい茶色になってきた、もうすこし。手としゃがんだままの腰と背中と足が痛くなってきたけれど、無視することにした。途中でくじけてはいけない。何匹か正体不明の虫が俺とこんにちはを交わしたけれど、ひるんでもいけない。 うう。
 
 ざく、ざく。
 そうしてぽっかりと穴はあいた。
 
 立ち上がると腰がぱきぽきいって、彼女がしゃがんだままおつかれさま、とわらう。ありがとう、とも。俺はどういたしましてとわらう。
(このぐらいであなたがわらってくれるんだったら俺はどこまでもほっていい)
 それから彼女はうつむいて、黙った。ごめんなさいは禁句だったから、のどから出かかったのをおさえているんだろう。立ち上がった彼女からうやうやしく死んだ猫を受け取ると、穴の底にそっと置き去りにした。 さよなら、と彼女がうしろでつぶやくのが聞こえる。さよなら、と俺もつぶやく。 死してなお彼女のぬくもりであたたかな灰色と白と黒のとらとらの猫。
 あぁけれど耳とひたいとひげがしめっているのは彼女の涙だと思うととてもとても
(にくらしい)
 スコップで掘り起こした土を、いっきに穴へ流し込む。どしゃっ、と重たい音がして、灰色と白と黒のとらとらの猫は埋もれて見えなくなった。
 この時俺は信じられないことに、彼女をうめてしまった気がした。
 
 汚れているのでせっかくですけど遠慮します、と丁寧にことわったのに、断固として手をつながれてしまった。こういうところに、めっきり弱い。
 やっぱり{{ namae }}さんの手は、ちいさい。やわらかくて、触る度になんだか胸がむずむずするのは、俺がおかしいんだろうか。
 きっと今は、猫のにおいがするに違いない。
 その日の夕暮れは異様にあかいのに目にやさしく、俺と{{ namae }}さんは手をぶらぶらさせながら帰る。
 歩きながら、俺が死んだらどうしますか、と言いたかったことを言った。
「それは、あたしが? それとも、長太郎を?」
 あれっと思った。珍しいことに、どうやらこたえてくれるらしい。彼女は死を過程した話がとてもすきじゃない、つまり、大嫌いなのだ。じゃあ前者でお願いしますと俺が言うと、{{ namae }}さんはまっすぐ前をむいたまま追うよと言った。 追うよ。
 さっきから猫のためにあんなにも涙をこぼしていた理由が、やっとわかった。
 かなしいのは、自分が自分と死に別れるまでのこと。ああ、なるほどなあ。
 それならこのひとが死んでも、俺は泣かない。
「できるだけ、長生きしようね」
「そうですね」
 結局ふたりとも、ひとりでいるよりふたりでいることの方が、ずっとずっとすきなんだ。
 ようやく彼女はほほえんで、からめた俺の手を重そうにかかげた。
「ねえ、土のにおいがするよ」