おそろい

「おそろい、おそろい、椿ちゃんとおそろい!」
 くるくる回ればお着物の、裾が、帯が、{{ namae }}に合わせて一緒に踊る。壊れかけた外灯がちかちか、ちかちか、小さな影を映したり、消したり。
「面白くない」
 夜の公園にはふたりだけ。
 ぷかり、煙管から白い煙。ジャングルジムの一番上に、椿は器用に立っている。ずいぶん高い下駄だというのに。{{ namae }}は椿が見下ろす先でさっきから、くるくるくるくる、まるで尻尾を追いかける犬みたいに、舞っては舞って落ち着きがない。
 オトギリが、わがままを聞いて縫ってくれた、新しい服が嬉しいなんて。言葉にしなくったって、頭からつま先まで、全部使ってしまえばいい。
 そうやって喜びを、{{ namae }}が椿に見せ付ける。椿は{{ namae }}に見せ付けられる。
「面白くなぁい」
 もう一度、椿が繰り返す。にこにこ笑顔のまま、ようやく{{ namae }}は動きを止めて、ちょんと裾をつまんでお辞儀をしてみせた。
 黒いお着物。白いお羽織。彼を真似した、彼女のおそろい。
「……うえっ」
「ぶっ……あはは!あはははは!!」
 結局はしゃぎすぎて目を回した{{ namae }}を椿が笑い飛ばした。その後に続くいつもの文句は聞こえないふり。だってその方が面白い。少なくとも、{{ namae }}にとっては。
「ねぇ僕なんだかお腹空いちゃったんだけど」
「食べて帰る? みんなご飯食べたいかなあ」
「呼んで呼んで」
 ぽいっと携帯電話が降って来て、慌てて受け止める。今日はみんなでお外でご飯! {{ namae }}はまた嬉しくなった。電話帳を開くより、リダイヤルからかけた方が早いだろう。
 それから椿がジャングルジムのてっぺんから、すうっと綺麗に降り立った。だから、電話をかけることなんて忘れて見惚れてしまった。{{ namae }}にとって椿の動きはなんでもいつでも軽やかに見えた。ずいぶん高い下駄だというのに。あれじゃあ竹馬みたいなのになあ、なんて石榴は思っていたけれど、まだ言えないままでいた。
 だって難しかったんだもの。今履いている草履を見下ろして、心の中で呟いた。一度挑戦しただけ褒められたっていいくらい。足元までおそろいにするには、まだ少し時間がかかりそう。
「わたし、黒髪でよかったなあ」
 頭の中の連想を、そのまま口にするのは{{ namae }}の悪い癖だった。隣に並んだ椿に向かって、そんな風に語尾を伸ばしてのんびりと、うふふと笑ってみれば、黒い色眼鏡越しに目が合った。
「……なんで?」
 わざわざ聞き返してくれる椿に、{{ namae }}の唇はますます吊り上っていく。――やさしいやさしい椿ちゃん。
「椿ちゃんと! おそろいだから!」
 堂々と言い切ると、呆れたため息が一つ落とされた。もちろん、ため息をつかれるのだってすきだった。椿に笑われるのがすきだった。椿の笑い声がすきだった。椿の笑う顔がすきだった。椿のぜんぶがすきだった。
 みんなみいんな、そうだったらいいのにと、馬鹿みたいに信じてた。
「君さぁ、なんでもかんでも僕の真似すんのやめない?」
「やめない! だって、」
 くるくる自由に踊れるこの体も、嬉しい楽しい面白いと笑う心も、彼が与えてくれた。
 黒い髪と、赤い目で、ここに居られること。
「椿ちゃんが、だいすきだから!」
“おそろい”をくれたのは、彼だった。
 堂々と言い切ると、呆れたため息が一つ、落とされなかった。笑い声も響かなかった。
 あれ? てっきりまた笑ってもらえると、{{ namae }}は目を丸くしてしまう。
「……そう」
 椿はつい、と横を向いて、一言だけ。
 それだけ返事をされて、携帯電話を奪われた。直後に筒抜けで聞こえてくるのはベルキアの声だ。ねえご飯食べ行こう、僕お寿司がいいな、と会話する姿を不思議そうに眺める。あれ?
 面白くないって言うと思ったのに。
 首を傾げていると、
「ええー焼肉は重いよやっぱり多数決とって多数決……{{ namae }}もお寿司でいいでしょ?」
 そうやって何気なく手が伸ばされたから。
「ぐえ」
『なァに~~つばきゅんどしたの?』
 すぐさま体ごと飛びついた。
 それから二人は夜の公園を後にする。それはそれはにぎやかな夕餉を囲うため。