花器の女

 あの女が死んだ。
 聞かされたのは出陣前で、そうか、としか答えようもなかった。とくに親しかった訳でもない。他の連中には嘆く者も確かにいたが、士気に関わる程ではない。そうでなければ困る。刀であるならば、そうでなくては。その日は何事もなく出陣し、帰城した。
 あの女は審神者の小間使いのようなもので、よくよくと働いた。ただそれだけだ。会話をしたのは一度か二度か。
「代えは、ありませんから」
 割れてしまった湯呑み茶碗を前にして、あまりにも繰り返し謝る女に、もういいと吐き出した時のこと。欠片を一つ一つ拾い集めながら、そう言った女の顔は、見えやしないしないのだから、覚えてもいない。
「いってらっしゃいませ」
「ご武運を」
「おかえりなさいませ」
「湯浴みの準備は出来ております」
「お食事はいかがですか」
 相槌くらいは、返していただろう。それは会話とは言えないものだ。だから、俺の湯呑みが割れたあの時くらいしか。
 二年を共にして、たったそれだけしか、言葉を交わさなかった、あの女が死んだ。
 そうか、
 そうか。
 ――しゃがみ込んでいたのだから、見えやしないはずなのに。
「我らが“物”に、代えは決してありません。ねえ、そうでしょう。大倶利加羅様」
 凛とした瞳を、どうしてだか覚えていた。
 そうだな、と、答えただろうか。それすらもう、覚えてはいないのに。
 
 裏庭のその一角は、既に野花が咲き乱れていた。たった一輪増えたところで、誰も気にはとめないだろう。
 女は、古い花器であった。
 そして土に埋まり、土に還る女は。
「……受け取れよ」
 死してなお、花器であった。