狐につままれて

「御柳の発言は、およそ八割が嘘だ」
 嫌いなものと言えば“嘘”と即答するくらいの屑桐さんが、たとえば苦虫を噛み潰したような、たとえば台所で某黒い虫を見つけたような――顔と声で言うものだから、とどめにさも憎々しげに向こう側の壁に向かってボールを投げるものだから、私は畏縮して、はぁ、ぐらいしかつぶやけなかった。
 ――こんなところで、屑桐さんは何やってるんだろう。
 部活はもう始まってますよ、ここはグラウンドではなく昇降口ですよ、五光投げないでください下駄箱が揺れてますよ、何やってるんですか主将であるお方が!
 ずどん! 何回目かの投球。
 私は黙ったままだった。
「{{ namae }}。お前は御柳と同じクラスだと聞く」
「あ、はい……」
 屑桐さんが哀れみのこもった目で私を見て、深い深いそれはもう海よりも深いため息をついた。かなり苦労しているようだ。
「あいつの話は真面目に聞いても百害あって一利もない」
「(……騙されたのかな、この人)」
「{{ namae }}は騙されやすそうだからな、言っておきたかった」
「……はぁ、さいですか」
 貴方ほどでは、という言葉を思わず飲み込んだ。
 騙されるために生まれてきたような真っ直ぐな人だもんなぁ。
 しみじみそう思った。愚かなまで一直線。けれど真っ直ぐなところは屑桐さんの美点だとも思う。
 ――ということは御柳は、騙すために生まれてきたような捻じ曲がった奴なのか。なのか。なのだ。なのだ?
「わかったか」
「はいぃ!!」
 ぴしゃりとした口調に思わず気をつけ!の体勢をとった。屑桐さんは目元だけで微笑んで、
「……わかれば良い」
 ぐしゃりぐしゃり。
 エースピッチャーの大きな手で、私をなでた。
「あ、あの屑桐さん……」
「む……すまん、つい……」
 ……屑桐さんは良い兄のようで。
 赤くなった顔を見られたくなくて、私は慌てて話をそらす。
「と、ところで、何をしているんですか?」
「あぁ。これを見ろ」
 そう言って取り出されたは紙飛行機だった。なんだかノートの切れっぱしを、無理やり折り込んだような飛行機だ。そして妙によれよれで、くたびれている。
「屑桐さん?」
「違う、今朝下駄箱に入っていた」
「あぁ、やっぱり」
 折り目はしっかりきっちり! ですものね。
 ああ、折り目はしっかりきっちり! だ。
「で、それがどういう……」
「あまりに見るに耐えない物だったからな、折り直そうと思ったんだが……」
「(……几帳面だなあ、屑桐さん)」
「見ろ。手紙になっている」
 そこにはやる気のないだれた字でこう書かれている。
 
 かみひこうきのおりかたを おしえてください 。
 
「……これって」
「あぁ」
 屑桐さんはこっくりと、いかにも真面目そうに頷いた。
「誰かが俺を必要としている」
「屑桐さん……!!」
 きらきらと目を輝かせ、小さく拳を握る屑桐さんに、眩暈とある種の愛しさが芽生えた。ような気がした。
(あ、あほ可愛いなぁ……!)
 あたたかな私の視線に気づかず、屑桐さんは手紙の続きを見せてくれながらうきうきとしている。
 それでだな待ち合わせ場所は下駄箱で日時は今日の放課後でな少し早めに着いてしまったらしい指定は紙飛行機のみだがあの折り方だきっと他のも下手だろうぱっくんちょや兜や折り鶴上級編としてアヤメも教えようと思うのだがどうだろう今の折り紙はすごいんだぞ恐竜も折れるんだ、
 などなど。
(やべぇこの人愛くるしい、可愛いなくそう!!)
 顔を覆いながら、決して言えやしないやるせなさを下駄箱へとぶつけながら、ふと、もう一度紙飛行機――手紙の文字を読んだ。
 読んだ。
 ―――見たことあります、この字。
 アレアレナンデカナ。
「……屑桐さん、わたし用事思い出したんで先に部活行ってますね!」
「? あぁ。マネージャー業頑張ってくれ。監督にはもう伝えてあるから、おそらく自主練になっているはずだ」
 自主練習。 
 この主将は以前にも「自主練にすると影でさぼる奴がいてな」と愚痴をこぼしていなかっただろうか。
「はいわかりまし、た……」
 ぴくぴくと引きつる頬の筋肉を無理やり笑わせながら、礼儀正しく四十五度の一礼をすると、私は勢い良く走り出した。
「みーやーなーぎーーー!!!」
 叫びながら。
 
 遠くでそんな怒声を聞きながら、
「{{ namae }}は何か騙されていたのか……? いかんな、やはり……」
 ぶつぶつつぶやきながら、屑桐はティラノサウルスを見事に完成させていた。