やっちまったよ殺してくれ!

 むくり。
 誰かが起き上がる気配がして、ぱちんと目が覚める。どうせまたトド松だ。ああもう、面倒くさいし眠いけど、仕方ないなあ、全くもう。
 そう思いながら、僕も体を半分起こす。点いているのは小さな灯りだけで、部屋は薄暗い。そもそも眠くて目がしょぼしょぼするので、視界はぼやけたままだった。今何時くらいだろう。なんだかとっても疲れてるし、体が酷くだるかった。早く寝なおしたい。
「……? なにしてるの、さっさと行くよ……?」
 なのに、いつまで経っても動こうとしないし、お願いの一言もないときた。そういうのよくないと思うな僕は?
「いいかげんトイレくらい一人で行けるようにしてよね……」
 手さぐりに遠慮なく腕を掴んで、布団から一歩足を出した。
 …………布団から一歩足を出した?
 暗順応した目でそうっと見てみると、そこでは確かに、僕の足がフローリングの床をしっかりと踏みしめている。途端に汗がどっと出てきた。
 あれれ可笑しいなこのドキドキは。
 OK.大丈夫だ僕。まずは落ち着け。うちの寝室は畳のはずだ。こんな突然に畳が消えていいはずがない。畳の歴史は奈良時代まで遡るわけだし? え? なにこれ? TATAMI NO OWARI?
 ていうかここ、僕ん家じゃなくない?
「う、うん……?」
 うぎゃあ!
 躊躇いがちな小さな声が聞こえて、今度こそ心の中で絶叫した。おそるおそる振り向くと、そこには僕に腕を掴まれたまま、目をこするかわいいかわいい彼女がいた。
 それなのに!
「……お、おはよ……?」
 弟と間違えるとか!!
「おおおおおはよういやまだ寝てていいんだけどあっえっとそうだ体だいじょうぶ辛くないごめんね{{ namae }}!?」
 寝ぼけてたにも程がある!!
 ここは僕たちの部屋じゃない。あのぎゅうぎゅう詰めで男臭い布団の中でもなんでもない。あの部屋と比べるのも畏れ多いくらい良いにおいのする女の子の部屋で、良いにおいのする女の子の布団の中だった!
 そりゃあ眠くて疲れてるわけだよ昨夜は僕も{{ namae }}も頑張ったわけでね腕も脚も腰もだるいよそりゃあいやそれはともかくとして本当どうしようこの状況。
「……だいじょうぶ、ありがと」
 僕の言葉に、{{ namae }}はへにゃりとはにかんだ。ああかわいいなあ、僕の彼女は世界で一番超絶かわいい。つられて顔中の筋肉が緩むのがわかった。
 掴んでいた腕をそろそろと離して、ぎこちなく{{ namae }}の頭に持っていく。まだどうしたって、慣れていなかった。だって、女の子の撫で方なんて、知らなかった人生だ。それなのに、{{ namae }}は気持ちよさそうに目を細めてくれる。かわいい。うれしい。生きててよかったなあとすら。
 お付き合いを始めてから、まだ、何度目かの夜だ。お互いに至らない所はたくさんあることだろうけど、ゆっくりと、大事にしていきたい。とりあえず六つ子として――誰かさんの兄として染み付きすぎた習性は、今後の課題にしていこう。
 それから彼女は笑顔のまま、眉毛を八の字にして、申し訳なさそうに言った。
「で、でもトイレは一人で行ける……」
 こ、殺せーー!!
 今すぐ僕を殺してくれーー!!



「……殺さないよ?(笑)」
「うわーーーーーー!!! 声に出てたーーーーーー!!!!!(頭を抱える)」