彼女に頼まれて猫トイレをきれいにする一松くんの話。

 布団の中で起きて、寝て、また起きて、どうしようかなって時だった。
「あぁ~~~……」
 昨日{{ namae }}に頼まれたことを思い出して、ふつうに面倒だと思って、そういう声が出た。
 頼まれたのはなにも今度が初めてなわけじゃないし、別にいやでもないけれど。だって二度寝三度寝って最高でしょ。
 何度か寝返りをうって、ごろごろする。そこで目が合う。だからとりあえず、聞いてみる。こういうのは本人に直接聞いた方がいいじゃない。
「お前今クソしたい?」
 {{ namae }}のにゃんこは、両足をそろえてすうっと立った、どこから見てもきれいなポーズのまんまで尻尾を揺らす。
「どっちよ」
 困るのはお前なんだからね、と言いかけて、やめた。だって困るのこいつじゃなかった。しいて言えば、部屋の中でクソされる家主が困るだけだった。
 布団から腕を伸ばして、人差し指を顎の下に差し込むと、ぐうっと首が伸ばされて、もっとなでてとせがまれた。
 五本の指をつかって、わしわしとかくようにしてやれば、すぐにぐるるぐるると喉が鳴る。……へへ。
 枕元に転がってた携帯で見てみると、お昼前だった。
 まだ、全然、帰ってこない時間帯。
 だから今やらなくてもいいんだけど。
「はいはい、にゃんこのトイレね……」
 どうせ、暇だし。
 よっこらしょ、と起き上がって、まずは人間用のトイレに向かう。にゃんこのトイレ用品も、ここにまとめてあったから。一人暮らしのアパートにしては、収納スペースが広くてよかった、なんて言ってたっけ。他のアパートがどうなんて、知らないけど。
 便器の後ろの壁に備え付けてある棚には、確かにぎっしり詰まってる。トイレットペーパー、昼用夜用生理ナプキン、ペット用シート、猫砂。いいかげん棚の底、抜けちゃいそう。そこからシートと猫砂をおろした。
 にゃんこのトイレは屋根付きの、飛び散らないタイプ、スコップ付き。人間用トイレの前の、廊下っぽいところに置いてある。廊下? だってめっちゃ短い。玄関からお邪魔して、洗面所とトイレ二つと台所を通り過ぎたら、もう部屋だし。狭いねと言ったら{{ namae }}に笑われたっけ。実家から離れたこともないクズですみませんねぇ。
 がぽっと屋根を外すと、つんとアンモニア臭がする。一部が湿って固まった猫砂だけで、ブツは見当たらなかった。やばいやばーい今日まだしてないじゃーん。
「くっせえくっせえ」
 あんまり臭いから、なんだか思わず笑っちゃう。気休めにもなりゃしないけど、パーカーのポケットを漁って、よれよれのマスクをつける。
 台所の下からゴミ袋を引っ張り出したところで、後ろからすり寄られた。
「なに、手伝ってくれるわけ」
 にゃあん。どうやらそのつもりはなさそうで。こいつめ、と尻尾の付け根を強めに叩いてやれば、気持ち良さそうにもう一度鳴くだけだった。
 ゴミ袋にスコップ(とシャベルってどう違うんだろ)ですくって猫砂を入れていく。でも途中で面倒になって、にゃんこトイレごとゴミ袋に突っ込んだ。ざらーっ。
 もうここまでやったんだし、どうせなら全部取りかえて、全部洗ってやろう。
「嬉しかろ?」
 振り返るといつの間にか窓辺に移動してて、日向ぼっこの真っ最中だった。うむ。それでこそ猫やな。
 猫砂がたっぷり入っていたトレーが空になったので、一旦、屋根といっしょに風呂場に持っていく。邪魔。それから一番下のトレーに敷き詰めていた、これまたたっぷり吸って重くなったシートを外そうとして、
「あ」
 そこで気づいた。そういや、薄手のゴム手袋あるって言われてた。使い捨てのやつ。今更つけても、手遅れのような気がしなくもない。そこでもう一度よく見れば、ちゃんと台所下収納の、ゴミ袋の隣に置いてあった。
 「……まあいっか」
 使ってねって言われたし。手袋を装着してから、今度こそシートを捨てた。
 一度様子をみたら、まだ日向ぼっこしてる。今のうちだ。
 脱衣所に古新聞を用意して、パーカーの袖と、ジャージの裾をまくって、にゃんこトイレを風呂場で洗った。案外綺麗なもんで、決まったところで毎回しているようで、一箇所だけ汚れがこびり付いている感じ。
 洗い終わったら新聞で拭く。ベランダで乾かしてもいいけど、やっぱり狭いし。早いとこバラバラのトイレを元に戻してやりたかった。なんか落ち着かない。
 漏れた時のためにも床に直接シートを敷いて。その上に、トレー、シート、トレー、猫砂、屋根、の順でセットした。
「できた」
 拭いた新聞と手袋もまとめて捨てて、ゴミ袋の口をぎゅっと縛る。で、燃えるゴミのゴミ箱の方に入れて、作業は終了。やったぜ。それから洗面所で、石鹸で手を(一応、人ん家だから)よくと洗った。
 洗面所には、自分用の歯ブラシも置いてある。そう言えば、まだ磨いてなかった。もちろん顔も洗ってない。
「……ふふ」
 いつもと味の違う歯磨き粉を使いながら、こんなの笑うしかないなあと思う。
 だって、自分より先に、にゃんこのトイレ洗ったんだよ。
 鏡に映っているのは、まんざらでもなさそうな顔だった。
 それを見て、いつもは面倒なんだけど、今日はなんだかやる気になって。
 顔も洗ってさっぱりさせた。{{ namae }}が帰ってきたら、珍しいって褒めてもらえるかもしれない。やったぜ。
 それから廊下(っぽいところ)に出れば、
「やるね~」
 きれいにしたばっかりのにゃんこトイレで、力んでいるにゃんこと目が合った。
 布団に転がしてた携帯で見てみると、ちょうどお昼。勝手に冷蔵庫を漁るか、一回家に帰って食べようか。
 まだ、全然、帰ってこない時間帯。
 でもさほら、ちゃんときれいに洗ったよって、顔見てひとこと言いたいじゃない。
 生みたてほやほやのブツをトイレに流しながら、そんなことを考えていた。

(早くきみに会いたい)