おいしい膝こぞう
「いててて」
思わず出ちゃった声。あ、しまった、と思うか早いか、一松くんはいつもの動き――少なくともうちにいる時はおとなしい――からは考えられない素早さで、すすすすす、とわたしの目の前にやってきた。
にゃんこは、そんな一松くんに臆すことなく、わたしの膝におさまっている。体育座りの、お腹と、ふとももの隙間。わたしの膝に両手を優雅に乗せて、わたしの体温でぬくぬくしてる。いつもそうだ。膝を立てていると、こうしてもぐりこんで来る。そして悪気はなくても、時々にゅっと飛び出るその爪は、ちいさなひっかき傷をわたしにつくるのだ。
「はあーいご開帳ー」
淡々と、でも楽しそうに一松くんが、わたしの部屋着(もこもこフリース、気持ちお揃いの、ラベンダー色)の裾をめくっていく。ずぼんは簡単にめくれて、膝にたるむ。にゃんこは邪魔そうに両手を引っ込めて、一松くんからそっぽを向いた。
あらわになった膝こぞうの、今出来たばかりの新しいひっかき傷(と言うより、刺し傷の方が正しいかも)から、うっすら血がにじんでる。
古傷もたくさんの、正直、あんまりきれいじゃない膝。
……を、前にして。
一松くんは、目を輝かせている。
なんて言えばいいだろう。きらきらとも、ぎらぎらともちょっと違う。日本語ってむずかしいね!
ただわかることは、一松くんが、それはそれは嬉しそうにしている、ということ。
「グッジョブ」
一松くんが親指を立てる、もちろんわたしにじゃなく、にゃんこに。それから傷のある方の足をおもむろに、がしっと両手で掴んできて、
「……ひえ~」
べろん。長くて、厚ぼったい一松くんの舌が、わたしの膝を舐めあげる。
「ひえ~ってなに」
可笑しそうに一松くんが言う、そしてまた舐めてくる。悲鳴のひとつもあげてみてもいいと思う、みてくださいこの、ごきげんな一松くんのご様子!
「傷だらけやなあ」
「せやなあ」
膝はすぐ、一松くんの唾液でてかてかと光る。濡らされたそこが空気にさらされて、さむい、と感じる前に、またあたたかい舌がべろんちょと続く。ぺろぺろ、なんて可愛らしい擬音じゃ済まされないこの感じ。
膝裏やふとももをなでてくる手は、やさしい、だけじゃない。あえて言えばやさしい、と、やらしい、の中間くらい。
「汚いよねぇ」
一松くんはわたしの膝から顔を上げてきょとんとした。
「……? あっ、おれが?」
「いや、わたしの膝がね?」
「おれじゃないの」
「残念ながら」
「残念」
舌が、どんどん下におりてゆく。一松くんの舌が、膝を、脛を、足の甲を這っていく。
……あ、これ、やばいやつ。
「{{ namae }}が汚いって思ってるところ、」
わたしは膝を立てたままだから、それをするには一松くんは、床に這いつくばるかたちになってしまう。
足の指を、舐めるためには。
「おれに全部舐めさせてよ」
ちゅるりと、まるで食べ物みたいに、足の親指が一松くんの口に含まれた。
……おいしくないよって言ってるんだけどな。
にゃんこが膝からおりたなら、それがきっと今夜の合図。