カーテンレールになりたい

「おれさあ……わかったことがあるんだよね……」
「うん……?」
 寝る前のひとこま、ティータイム中。しみじみ呟くもんだから、何事かしらと耳を傾けた。一松くんは両手でマグカップを持ちながら(中身のホットミルクを冷ましながら)、「ん、」と顎でしゃくった。視線の先にはうちの、狭いベランダに続く大きな窓。カーテンはもちろんしっかりと閉めてある。
「一人暮らしの部屋でいちばん酷使されてるのは、カーテンレールってこと」
「そ……そこかあ……」
 そこにはぎっしりと、右から左まで目一杯まで吊り下がっている――カーテン以外のもの。つまり洗濯物。億劫なのもあって、ついつい中干しにしがちの狭い我が家だった。
 レールを見上げて、一松くんは満足げに頷く。なんで嬉しそうなんだろ。
「カーテンレールになりたい……」
(酷使されたいんだろうか……)

 彼女の寝間着、洗濯ハンガーに吊るされたタオル、はんかち、靴下、下着とか。
 少し昔なら「ちょっと待っててね、」って玄関先で待たされて、外されていたものたち。
 そこにしれっと、なんでもない顔をして、ぼく用の寝間着も干されてる。今使ってるマグカップだってそうだ。黒猫の柄がぼく用で、白猫の柄が{{ namae }}用。……おそろい。
 いつの間にか、いつの間にか。
 ――ぼくを“当たり前”にしてもらっても、この感覚にはまだ慣れそうにない。しから始まって、せで終わるやつ。
 時々からだの内側から、そろりそろりと忍び寄ってくる、どうしようもなく、死んじゃいそうな、この気持ち。
 ホットミルクを飲んで(まだ熱かった)、一息ついたところを見計らったのか、彼女がしみじみと返事をくれた。
「一松くんがカーテンレールになったら、たくさん引っ掛けてあげるね……」
「やったぜ……」
 真面目な顔に真面目な顔で応えたら、結局たえられなくて、二人とも笑った。
 
(きっとそれが、しあわせの重みってやつなんだろ)