日々を召しませ斜めの日々を!

「カラ松」
「なんだ?」
 彼女が指さす。
「桜がころころ転がってる」
「ほんとだな」
 なるほど、言われてみれば。風に吹かれて花びらが、地面をころころ転がってる。たくさんの花びらが、競うように、追いかけっこをするように、転がっていく様子はなかなかユニークで愛らしい。咲き誇る木の上ばかり見がちだが、これはこれで、楽しくてきれいだ。

 {{ namae }}は松野家に遊びに来ることをライフワークとしているニートである。
 おそ松と競馬やパチンコ、聞けばチョロ松とライブにも行くらしい。一松とはよく野良猫の相手をしている。十四松の素振りは眺めてるだけで楽しいと言っていた。トド松にはカフェなどに付き合って貰ってるみたいだ。
 それぞれの距離感で、彼女は満遍なく俺たちと遊んでる。
 確か、真後ろだったか、右斜めだったか、左斜めだったか。とにかくすぐ裏手の家に住んでいるから、彼女はふらりとやってくる。近所だから顔見知りではあったが(回覧板は彼女が持ってくる)、旧知の仲という程ではない。
 けれど、なんとなく居心地のよさみたいなのを、互いに感じているように思う。同じニートだからだろうか。
 彼女は俺たちに働けと、一度も言ってきたことがない。

 
 1.
「ちゅーちゅっちゅーちゅーるちゅるちゅるりらー」
 彼女が口ずさむ。野郎六人分のパーカーやらパジャマやらが、部屋中に広げられ、色分けして置かれている。家にあがる時に頼まれたんだろう。今朝はずいぶん洗濯機を回していた。さすがマミー、立ってるものなら誰でも使う。
「多いな」
「多いよ」
 俺の感想は、そっくりそのまま返された。彼女は鼻唄まじりに、ひとつひとつ畳んでいく。
「なにこれ」
「ああ、アイドルやった時の」
「クリーニングじゃなくていいのかな」
「フッ……メイビー……」
「メイビー……」
 白を基調とした衣装は、首を傾げられながら畳まれた。
「なにこれ」
「制服だ」
「働いてたの?」
「漆黒に染まりし歪んだ社会の歯車にて少しな」
「なんて?」
 黒く煤けた制服は、首を傾げられながら畳まれた。
「なにこれ」
「ハッピーデビューコンサート限定品でな、いいだろぉ~~?」
「ええ~~いいなあ~~でもお高いんでしょ~~?」
「だと思うだろぉ???それがなぁんと、ハッピーデビューコンサート価格で!」
「価格で!」
「二万円」
「二万円」
 魚屋の手ぬぐい風タオルは、首を傾げられながら畳まれた。
「なにこれ」
「それか……それはな……漢の……勝負服さ……」
「勝負……勝負……服……、服……??……服……????」
 バスローブは、首を傾げられながら畳まれた。何故だ。
「もういいの」
 彼女が、ぽつんと呟いた。見ると、大量の洗濯物を畳み終えていて、正座のままこちらに向き直ってる。
「なんのことだ?」
 持っていた手鏡を置いて、向き直って、今度は俺が首を傾げる番だった。
「頭とか、腕とか、脚とか」
「ああ」
 合点がいって、ぽんと手を打った。
「見ての通りだ」
 あぐらをかいたまま、両手を広げてみせる。すると、じいっと、見られた。たぶん、頭とか、腕とか、脚とかを。
 包帯も、三角巾も、ギプスも、もう必要ない。
「そっか」
「そうさ」
 小さく頷くので、大きく頷いてやると、彼女が満足げに、笑った。


 2.
「はい、お土産!」
 彼女がそう称するものは、お土産というより、だいたいあくる日の痕跡だ。たとえば、ハズレ馬券や、ライブチケットの半券、猫じゃらし、ホームランボール、カフェのクーポン、など。それで、誰々と、どこどこに行ったんだな、というのがわかる。
「なんだこれ」
「わかんない。お前これいる??俺はいらないけど?!って」
「おそ松か」
 彼女はなかなか、俺たち兄弟の真似が上手い。それらしいポーズもつけてくれる。俺ももし真似をする機会があるなら、参考にしようと思う。
「けっこう前に貰ったんだけど、よく考えたらいらないものを渡してくるのってひどくない?」
「それもそうだな」
「だからはい、お土産!」
「んん~~?」
 今大きな矛盾があった気がする。まあいいか。いいのか?いいか。
 押し入れからいつものかんかんを取り出した。お中元だかでうちに来たものはいつも、あっという間に中身はすっからかんになるのだが(缶だけに)、これだけは「きれいだから、とっとこう」と。蓋には金色の筆記体が踊っていて、確かに洒落ている。それからそのまま、そう言ってきた本人のお土産入れになっていた。大きな円型で、意外と深さもある。深い深い青色の、クッキーの空き缶。
「これほんとなんだろう……?」
「なんだろうな……?」
 大きさは、俺の手のひらに乗るか乗らないか、彼女の手だと両手でちょうど、すっぽり収まるくらい。やや厚みのある、平べったい長方形で、表面がつるつるとなめらかだ。白磁の陶器にも似てる。
「なんか、工場でたくさん作れるようになったんだって」
「ますます謎だな」
「謎だね」
 二人して首を傾げながら、それをしまい込んだ。同時に、押し入れからギターを取り出す。
「俺もお土産あるぞ」
「おおー!」
 彼女は座り直して、ぱちぱちぱちと拍手を三回。俺がお土産と称するものは、だいたい新しくつくった曲だ。
「この前十四松とサンシャインインザブルーブルースカイコンサートをした時のものでな」
「ほんと屋根のぼるのすきだよね。落っこちなかった?」
「フッ……、………………………落ちた」
「気をつけて」
「はい」
 じゃかじゃかと弦をかき鳴らす。
「タイトルは……そうだな、“六つ子に生まれたよ”」
「自己紹介かな?」


 3.
 その日もいつも通り誰かのバースデーで、なんてことない平日の昼間。
 いつもと違うのは彼女が仁王立ちなことだろうか。強そうだ。さっきも凄まじい勢いで、襖をスパァンと開け放たれたばかりだった。元気いっぱいだな!
 彼女が黙っているので、そのままただ見上げてると、
「ひえっ」
 どんっ!と大きな音と、鼻先をかすめる空気。
「この前風邪引いたって松代マッマから聞きましたあーーーーーあ」
 彼女が持っていたものを、叩きつけるように落としてきたのだった。
「ノノノノンノン~~あああ危ないだろぉ~~?」
「お見舞いでえええーーーす」
 お見舞いの態度じゃない!
「見舞い品こちらレンタル植木鉢でえええーーーす」
 借りるわけない!
 よくぞあの衝撃で割れなかったものだ、少し土がこぼれただけで、植木鉢は俺のすぐ目の前に置かれている。
 見れば、双葉が出ていた。
「これ」
「えっ」
「じょうろ」
「おっ……おお……?」
「植木鉢もじょうろも後で返して」
「か、借りてない……」
「貸した」
「はい」
「土の表面が乾いたら底から水が出るくらいざーっと水をあげて水を切ること葉っぱじゃなくて土にかけるように水やりすること鉢の受け皿には水は溜めないこと」
「まっ待ってくれウェイトウェイト!?メモ、メモ取るからあ!」
 今日の彼女は一体どうしたことだろう。ペン立てどこだ。慌てて手に取ったのは黒いマジックだった、この際なんでもいい!机の上にあったチラシをひっくり返して、ええと、なんだったか、土の表面が乾いたら?
「ちゃんと水で水やりして」
 水で水やり。
「ちゃんと、花、咲かして」
 ちゃんと、フラワーを、咲かす。
 顔をあげた時には彼女は背を向けて、部屋を出ていくところだった。
「お大事に!!!!」
 ピシャン!と襖が閉まった。なんだったんだ。
 突きつけられるがまま受け取った、象さんじょうろと、目が合う。
「なんだったんだ?」
 青い象さんは何も答えてはくれない。ひとまず俺は、水を汲むために台所に向かうのだった。


 4.
「なにこれ」
「イカしてるだろ?」
「んん~~~~~~」
「んん~~~~~ん?」
 ――イカしたマイタンクトップは、首を傾げられながら畳まれた。何故だ?
 今日のお土産は珍しく消え物のチョコだった。パチンコの景品らしい。もちろんしまい込むわけにはいかないので、さっき二人で食べた。やたら美味かった!どこのパチンコだか知らないが、かなり品揃えに拘っているとみた。バレンタインデーだからだろうか。やるな。
「地球ーーあちこーちぐーるぐるーー」
 今日も彼女は鼻唄まじりに洗濯物と戦っている。
 そう言えば、彼女と俺とは、こんな風に、家にいる時の方が多い気がする。
「なあ」
「うん?」
 雑誌の気になったページ(漢のパーフェクトファッション)に付箋を貼りながら、なんとなく、気になったことを口にした。
「たまにはどっか出かけるか」
 べしゃあ。
 何か滑るような音がして、そちらを向くと彼女が、なんだこれ。なんか、こう、土下座の出来損ないみたいなポーズで、洗濯物の一部に頭を突っ込んでいた。
「わかった、ヨガだろ?ビンゴォ~?」
 詳しくは知らないが、正座をしてた姿勢から上半身だけ勢いよく崩れ倒れたようなヨガのポーズがあるに違いない。
「ノットビンゴォ……」
 なかった。
「oh……」
 そのまま彼女はゆるゆると足も伸ばして、完全に寝転んだ状態となった。おねむなのか。
「どっかってどこ……」
 おねむではないらしい。
 ちょっと待ってろ、と前置きしてから、押し入れを漁る。目当てのものを探し当て、俺はここぞとばかりに片手を壁につき、もう片手でそれを掲げた。
「フッ……どうだ一緒に、世界にラブを広めないか」
「…………」
 彼女はひとまず起き上がり、あぐらをかいて、俺を見上げるので、ウインクをばちんと決めてやった。
「そう、自由な抱擁……フリーハグさ!」
「…………」
 作ったばかりのプラカードは自信作だったが、結局お披露目したその日はラブを広めることは叶わなかった。世知辛い世の中だぜ。
「この間は街中で行ったんだがな、今度は公園ででも、……?」
「…………」
 いつの間にか立ち上がっていた彼女は、思いっきり眉間に皺を寄せたしかめっ面を浮かべていた。むすっと。お気に召さない?ラブが足りてないんじゃないのか?
「手ぇあげて」
「?」
「はいばんざーい」
「ばんざーい?」
 言われるままに両手を上げれば、軽い衝撃と、おんなのこの匂い。
 …………………???
 …………???
 ……???
「え?? おお?? おお、うん???」
「じゃあ行こっか」
「えっ、おお、おう……??? どこにだ……???」

 横を通り過ぎていく彼女に向かって働かない頭でそれだけ絞り出すと、 「――わかんない!!!」
「あっこら待て!! 待って??!!」
 ダッシュで駆けていくので、ドタドタと追いかける羽目になった。
 プラカードは気づいたら部屋に放り投げていた。


 5.
「やばいね!」
「やばいな!」
 緊張が笑いになってくるのが互いにわかる。気がゆるめばすぐにでも爆笑しだしてしまいそうで危ない、危険がデンジャラスゾーンに突入している。
「やばいなあ!」
「やばいねえ!」
 部屋中に張り巡らされた麻雀牌に、俺たちは他の言葉を失っていた。
 襖に消しゴムが挟んであって、少しでも開けると落下し、それが全ての始まりの合図となる。道は続き、雑誌で作った傾斜の試練を乗り越え、机の上に到達する。端っこの一つが飛び降りれば、また部屋を縦横無尽に駆け巡る。上から見れば、文字や図が描かれているのがわかるだろう。
 雀牌ドミノ倒しはいよいよ完成を迎えていた。
「あっ!?」
「どうした!?」
「襖開けられなくない!?」
「ほんとだな!?」
 もう足の踏み場はどこにもなかった。俺たちは一歩も動けない。そう、ハイになりすぎたんだ。牌だけに。
 こんなにも手塩をかけて育てたんだ、折角ならちゃんとスタートさせてやりたいのが親心ってものだろう?
「誰か帰ってこないの!? おそ松は!?」
「パチンコだな!」
「チョロ松は!?」
「握手会って言ってたぞ!!」
「一松は!!」
「猫と出かけた!!」
「十四松は!?」
「やきうだ!!」
「トド松は!?」
「ショッッピンッグッッ!!!」
「使えない!!!」
「使えないな!!!」
 断言した瞬間だった。
 ぐらり、近くの牌が、ゆっくりと、倒れた。
「あ。」
「あ。」
 ぱたぱたぱたたたた――
「あーーーーー!!!」
「あーーーーー!!!」
 ――絶叫が響く。


 6.
「あいてっ、んだよ~? なんか降ってきた~!」
「ちょっ急に立ち止まんないでよ、通行の邪魔でしょ」
「…………なに。消しゴム?」
「消しゴムだあーーーーー!!!!」
「いや消しゴムどころの騒ぎじゃなくない!? どゆこと!?」
「なっっんだこれ、くぉらあお前ら!! ちゃんっっと片付けろよ!?」
「そうだそうだ! 何勝手に楽しそうなことしてんの!? お兄ちゃんも混ぜて!!」
「そっち!? ええーーってかさーー若い男女が昼間からドミノ倒しってやばくない!? 他にやることないの!?」
「ドミノ倒しってなんかやらしーーーっすね!!!」
「さ、さすが十四松はんやで~~目の付け所がシャープでんがな~~」
「せやろ~~~」
「そのノリもういいって……ああもう、牌揃わなかったらどうすんだよ全く」
「あーーーてめっチョロ松今俺がギネス目指してんだから邪魔すんなよ!」
「おそ松兄さん正気!? ねえねえ、どうせなら普通に麻雀やらない?」
「……おれパス」
「脱衣!?」
「脱衣じゃないよ十四松兄さん」
「…………」
「食いついてんじゃねーよチョロシコスキー、あいつ引いてんぞ~?」
「だっばっべっべべべ別に食いついてないんだけど!?」
「…………チョロ松兄さん、靴下だけ残すとかすきそう」
「ンンンンン~~~」
「うっせえぞシコ松!」
「もーーいいから牌集めようよ!」
「あいあい!」
 どやどやとブラザーたちの声が聞こえる。人口密度が急速に増えていく。
 いつも通りの光景を前にして、一瞬、隣の彼女と目が合った。それから、どちらともなく、
「おかえり、ブラザー」
「おかえんなさーい」
 声が、重なる。
「たっだいまー!」
「ただいま。いや言ってる場合か?」
「…………ただいま」
「ただいまただいまただいまただいまーーーーー!!」
「ただーいま?」
 また、おかえりもただいまも、言えなくなる日が来ないとは限らない。さよならだけの人生だ。花に嵐のたとえもあるさ。
 でも俺たちは今日も、同じ屋根の下で過ごしていく。
「ニートたちーー! 大勢いるなら皆で洗濯物取り込んでちょうだーーい!」
 人数分のただいまを聞き終えたところで、マミーの鶴の一声が聞こえた。
 もちろんだるそうな返事も、人数分聞こえたことだろう。
「ええ~てかさあ、お前らずっといたなら取り込んでくれててもよくなぁ~い?」
「フッ……思わず夢中になってしまってな……」
「ええーでも最近ちょくちょく洗濯物畳んでるのわたしだよ、えらくない?」
「畳んでくれるのはいいんだけど、ぶっちゃけさ、あんまり上手ではないよね」
「はあー!? え、はあー!? ごめんねえー?! はあーー!?」
「ノンノン、感謝の気持ちは忘れちゃいけないぜブラザーァ?」
「……おれはあの、靴下……おにぎりみたいな畳み方、きらいじゃない……かも」
「ああ、わかるぞ、美味そうだよな」
「やだ……いい子……今度猫缶奢るね……」
「いつもありが盗塁王!! 取り込みマッスルマッスル!!」
「どういたし満塁本塁打えっ……? 触手で取り込んで……? えっ……?」
「こらこらベランダで暴れちゃだめだぞ十四松~う?」
「ボクはちょっと恥ずかしいかな、だってコーデとか全部把握されてるってことでしょ? はずっ」
「なにそれ女子かな……???」
「俺は何も恥ずかしくないぞ、なんせパーフェクトファッションだからな!」
「んん~~~~」
「んん~~~ん?」
 ちょうどマイタンクトップを手にした彼女が首を傾げた。何故だ!
「なあ、なんかお前らって首ひねってばっかだよなー」
「言えてるー!」
 おそ松とトド松がそんなことを言う。二人の後ろで「見てみて一松兄さん、咲いてるー!」「……へえ、枯れなかったんだ」と十四松と一松が騒いでいる。部屋に入ったチョロ松が、「つーか部屋汚っ!!」と叫んだのが聞こえた。
 俺と彼女は顔を見合わせる。
「そうか?」
「そう?」
 賑やかなベランダで、植木鉢の花も風に傾ぐのが、見えた。 


「なあ、」
「ん?」
「桜がころころ転がってる」
 なんとなく、だが。
 俺はこれからもきっと、桜を見る度にそう思うんだろうな、と思った。
 春が来て、桜を見る度に。
「ほんとだね」
 {{ namae }が嬉しそうに、笑った。