兄様は心配性
「あ、今日ゼミ飲みですよ。その格好で行くんですか?」「え?はい、覚えておりますけれど……だめですか?」
ちょうど、朝の支度が終わったところでした。
振り向きざまにくるりと舞って、ひらりと揺れるスカート丈は、短くはなかったけれど。
私の双子の妹は、贔屓目はあるでしょうが、いえ、とても、かなり、可愛い。世界一可愛い。
「それお気に入りでしょう、もし汚したらどうするんです」
「よ、汚したりしませんよ……?」
「酔っ払ったらわかりませんでしょ」
「それはまあ……そうですけど……」
もごもごと口ごもる様も可愛らしく、もう少し意地の悪い言葉を投げ付けてしまいそうになる。抑えた私超偉い。
「ほら、まだ時間大丈夫ですから」
「はあい……」
切々と諭してやると、大人しく着替えに戻りました。いい子です。優しく、しとやかで、清らかで、愛らしく、何はともあれ天使でした。だからこそ、私が護らなければ!
酔っ払ったはちょっと可愛すぎて言葉にするのも躊躇われるくらいですので、正直ゼミ飲みに参加させたくないほどでしたが、中々そうもいかず。ずっと自分が隣にいてやれたら、少しでも近寄ろうする野郎共を遠ざけていられるのに。全てあの馬鹿共が乱痴気騒ぎを起こすからいけないんです。そう思うと、急に殺意がわきました。イギリス人共絶許。
「――……アート、なんか俺今すげーぞくっとしたんだけど……」
「奇遇だな、俺もだ……」
「呪い……?」
「ばっか誰にだよ、身に覚えねーよ最近は」
「……夜の王子。かっこ笑い。かっこ閉じ」
「やめろその口縫いつけっぞ牝馬専門ジョッキー様が!!」
「お前こそやめろよ!!」
「っざけんなお前が先に言い出したんだろうがっっ」
「俺はいいの!!」
「んだと?!」
戻ってきたを見止めて、思わず頷いた。言った通りの服になっている。
「ああはい、良いですね。可愛いです」
「あ、ありがとうございます……」
もちろん先ほどの格好も可愛かったのは言うまでもありませんし、少し照れくさそうにするもまたひとしおに以下略。可愛いがゲシュタルト崩壊しそうです。というか既に崩壊している。今朝から数えて一体何回言ったことだろう。怖い。妹怖い。けしからんもっとやれ。
「じゃあ、いってきますね」
「留守番よろしくお願いします。いってきます」
「きゃわん!」
「なーお」
そうして二匹に挨拶をして、しっかりと戸締り。
今日も私達兄妹は、一緒に学校へと向かうのでした。
マンションの廊下に出て、数歩も歩かないうちに、が私に、こんな風に言うのです。
「兄様がいない生活が考えられません……」
何故そんな神妙に言うのか。一体全体どついうことか。その台詞もなんなのか。
「またそんなこと言って……いつまでも私に甘えてはいられませんよ?」
こっそり拳を握りしめ、幸せを噛みしめる朝でした。
妹可愛い!!
「あ、今日ゼミ飲みですよ。その格好で行くんですか?」
「え?はい、覚えておりますけれど……だめですか?」
ちょうど、朝の支度が終わったところでした。
はじまった……、と思うのは、兄に悪いのかもしれません。
わたしの双子の兄様は、少々、いえ、とても、かなり、心配性なところがあります。
「それお気に入りでしょう、もし汚したらどうするんです」
「よ、汚したりしませんよ……?」
「酔っ払ったらわかりませんでしょ」
「それはまあ……そうですけど……」
あまりお酒は得意な方ではありません。と言っても、二十歳になったばかりですので、当然と言えば当然のはずでしたが、この兄についてはその限りではないのです。底抜けにお強くて、残念ながらわたしは、酔った兄様を一度も見たことがないのでした。
「あとちょっと襟ぐりが広いです、もしお座敷のところだったら上から見えたらいけませんよまあその前に叩き斬りますけど念には念を。小花柄のシャツワンピース持ってたでしょ?それになさいあとタイツ履いて。今日けっこう寒いです。ほら、まだ時間大丈夫ですから」
兄様の口は再現なくまわるまわるまわる……。
「はあい……」
反論する余地が一つも残っていないので、今しがた着替えた服を脱ぎに、たんすのある部屋へと戻りました。
妹のわたしですら圧倒されてしまうというのに、たとえばあの英国人のお二方は、どんな気持ちでいらっしゃるのでしょう。そう思うと、ちょっと胃がきゅっとなりました。きゅっ。いつもうちの兄が申し訳ありません……とは面と向かっては言えないので、一階下に向けてささやかに想いを馳せました。
「っくしょ!」
「なんだよアート風邪か?」
「お前がいつもシャワー途中でピンポンしてくるからそのせいかもな」
「なんだよ!俺悪くないもん!むしろ感謝しろよ!」
「先に鞄持ってかれたら髪の毛ろくに乾かせねぇだろ」
「だって放っといたらお前全然授業出ないだろー!」
「大きなお世話だ」
「んだと?!――っぷちょ!」
「ぶはっ……ちょ、笑わせんなよお前のくしゃみ超可愛いな!?アーサーちゃん女子力高ぇ!!」
「う、うるせー!笑うな!こら笑うなアートって待て!!」
結局言われた通りの格好になって、さて出る準備を、と思ったら、あるべき場所に自分の鞄がありません。あ、と察して兄様の待つ玄関に行くと、そこには、
「さあ行きますよ」
「……」
お見送りしようとしてくれるぽちくんと、たまさん。
ご自分と、わたしの鞄の二つを持った兄様。
そして、履こうかな、と考えていた、今日の服装にぴったり合う、靴。
なんというか。その。
兄様ほんと兄様。
「ああはい、良いですね。可愛いです」
靴を履くと、完成したコーディネートに満足したのか、兄様は頷いて頭を撫でてくれました。
「あ、ありがとうございます……鞄も」
恥ずかしいやら嬉しいやら、ない交ぜの気持ちのまま鞄を受け取ります。
「じゃあ、いってきますね」
「留守番よろしくお願いします。いってきます」
「きゃわん!」
「なーお」
そうして二匹に挨拶をして、しっかりと鍵をしめて。
今日もわたし達兄妹は、一緒に学校へと向かうのでした。
マンションの廊下に出て、数歩も歩かないうちに、わたしはこう言うのです。
「……兄様がいない生活が考えられません」
「またそんなこと言って……いつまでも私に甘えてはいられませんよ?」
兄様がそんなことをおっしゃるので。
――密かなガッツポーズは、見なかったふり。