あなたとおそろい
普段これと言って全然決して少したりともとくべつ気にしてないこととはいえ。欲があるのが人間だ。
「兄様の身長って165cmで合ってますよね」
「……………そうですけど、」
だから、おもむろに向けられた質問(というより確認)に対して、やや間をとってしまったことは、何も不思議なことじゃない。ええ、ちっとも可笑しくありませんとも!!
最愛の妹は返答に満足したようで、「そうですよね!」と微笑みすら浮かべた。TL警備でもしていたのだろう、携帯に視線を戻す。一連の笑顔も動作も言うまでもなく存在自体が今日も可愛い、けれど。
講義が終わったばかりで、辺りは気の抜けた輩のせいでざわついていた。話し声、笑い声、全て雑音。移動がなければ、そのまま隣だって喋りながら、こうして携帯を弄ったりする、なんでもない、いつもの幸せな休憩時間に。
――内心の動揺が悟られぬよう、奥歯を噛み締めた。
(まさか……若干本当に若干この年代にしては若っっ干背が低いことでこの私に何か思うことがあるんですかまさか……??!!)
思わず手に痛いほど力が入る。
何故ならば死活問題だった。
人生と言ってもいい。
いつ何時でも、兄として、妹の理想でなければならない。
それは己に課せられた――使命。
「!? に、兄様シャーペン折れてますよっ!?」
「ああこれはうっかりシャーペンに締め切り撲滅パワーが伝わってしまったようですね」
「うっかり!? 締め切り撲滅パワー?!」
「シャーペンは犠牲になったのだ……」
「尊い……犠牲でした……」
通りで痛かったわけだ。ぼきっと簡単に折れてしまって割れた破片が手のひらに刺さる刺さる。いやあ痛い。何食わぬ顔で筆箱に残骸を押し込んだ。締め切り間近、わずかな時間の合間に原稿中、ということをうっかりすっかり忘れていた。忘れさせられたと言っていい。そんなことが出来るのは、この世界に彼女しかいないのだから、まず仕方ない。その犠牲になれたのだ、光栄に思えシャーペンよ。 もちろん後で捨てますけど。
だいじょうぶですかと覗き込んでくるので、手を開いて見せる。すると、ぱっと両手で捕まえられた。天使か。ためつすがめつ眺められて、無論怪我はないのに、ほっとため息まで落とされる。天使だった。
「これくらいで傷つくほどお前の兄は柔じゃないですよ」
「そうですけど……もう。あんまり根詰めないでくださいね?」
「ええ、わかってますよ。心配ありがとうございます、ふふ」
妹が可愛くて世界は今日も輝いている!
世界よこれが妹だ!
今生で何億回かわからない謝辞を述べた時、ちょうど予鈴が鳴り響く。教壇に人影はまだない、この講義の教授は遅刻しがちで有名なのだ。
だから――うっかりすっかりまた忘れていた、さっきの言葉の意味を聞く時間も、あると思った。
「そう言えばあのあれですさっきの話であれなんですけど私の身長がどうかしましたか?」
さり気なく、さり気なく。慎重に訊ねる。身長なだけにと囁くのよ私のゴーストが喧しい。
いつ何時でも、兄として、妹の理想でなければならない。
妹のためならば今からでも身長を伸ばすことだって辞さない。
いや、伸ばしてみせる……!
無駄にイケメンで無駄に背の高いイギリス人共から千切ってでも……!!
「ああ! それはですね!」
途端、みるみるうちに声がはずんで、目元も口元もほころんでいく。
あ、と思う暇もない。
まぶしい。
「私の身長を男体化したら、165cmになるんですって!」
「……………はい?」
「Twitter見てたらRTで流れてきてですね計算式がいくつかあってやってみたんですけどどれもこれも兄様の身長になりまして!
それってつまり兄様が女体化したら私の身長ってことですよね?!」
興奮すると(テンションが上がると)やや早口になる癖は兄妹だからかオタク故か。
が一気にまくし立てたところで、ようやく教授がやってきた。あちこちからノートや教科書を開く音がにわかに響く。
「……双子だなって」
こそっと、最後に一言。
うふふ、と笑って、妹は前を向く。講義が始まる。
普段これと言って全然決して少したりともとくべつ気にしてないこととはいえ、
現金なのが人間だ。
……165cm、万歳。
「(鎮まれ……鎮まれ私の右手……ッ!!)」
「(まさか……また締め切り撲滅パワーが……!?)」
それで――私はあと、何本シャーペンを折ればいいんでしょうかね?