20131104

 日常の延長線上に、いつもあなたがいてくれたらと思う。


 ごく穏やかな昼下がりだった。たとえば今日のように授業が午前しかない曜日は、とくに。
 早くに帰れると、決まって玄関の扉を開けた瞬間に、散歩紐を咥えてお出迎え――なんてされて、連れ立って散歩に行かない飼い主がいるだろうか。いやいない。少なくとも我が家には。
 そしてうちのお出迎えは、何も一匹だけではないのだ。
「じゃあ、いってきますね。お願いします」
「はい、いってらっしゃい。こちらこそ!」
 そうして一匹を引き受けて、もう一匹を任せて。
 羨ましそうでもあり、誇らしげでもあり、そんな嬉しそうな笑顔で見送られることも、もう珍しいことではなかった。
 それでも妹のことばかり思い出されて、口元が勝手にほころんで仕方ない。いつものこと、だったが。
「どうしましょうねぇ、ぽちくん」
「きゃわん?」
 首を傾げて鳴いた声と、こちらを見上げてくるつぶらな瞳が、足を止めて応えた。答えられなくとも、素直で、いつもこんな風に心根が優しいのだ。とても聡い子だと、常日頃思う。膝を折ってやわらかな頭を撫でてやると、気持ちよさそうに目を細めた。
「大丈夫ですよ。行きましょう」
「きゃん!」
「ふふ。……いいお天気ですねぇ」
 喜び勇んでまた歩き始める後ろ姿。千切れんばかりにふられる尻尾。目に見える信頼。
 住宅街を抜けて、川べりを目指した。なだらかな土手とそれに沿う遊歩道は、お馴染みの散歩コースになっている。草木は季節のおりおりに表情を変え、今は風にそよぐ沢山のすすきと、色付いた葉が美しい。手をかざして秋空を仰げば、澄んだ青と、赤や黄の彩りの対比が眩しいほどに綺麗だった。
 十一月。
 昼の陽射しはうらうらと暖かかったが、日が沈めば随分と寒い。冬が、近づいていた。
「……どうしましょうねぇ」
 目ぼしい場所で放してやり、嬉しそうに駆ける様を眺めながら、独りごちる。
 今日は節目の日。
 とくに何かを予定しているわけでも、示し合わせているわけでも、ない。

「どうしましょうねぇ、たまさん」
「なぉん!」
 膝上で鳴いた声は応えてはくれるけれど、答えてはくれません。すっかり人語を解しているご様子で、ならばそろそろ喋ってくださってもよさそうですが、まだまだその気はないようでした。
「自分で考えなさい?」
「なーぉ」
「はいはい」
 喉を撫ぜる。すぐに、ぐるるぐるる、と、喉が鳴る。安心をかたちにした音。
 ごく穏やかな昼下がりでした。たとえば今日のように授業が午前しかない曜日は、とくに。
 早くに帰れると、決まって玄関の扉を開けた瞬間に、猫じゃらしを咥えてお出迎え――なんてされて、猛烈に遊ばない飼い主がいるでしょうか。おりませんとも。少なくとも我が家には。
 そしてうちのお出迎えは、何も一匹だけではないのです。
「じゃあ、いってきますね。お願いします」
「はい、いってらっしゃい。こちらこそ!」
 そうして一匹を任せて、もう一匹を引き受けて。
 それが羨ましくもあり、誇らしくもあり。笑顔で見送ることも、一度や二度ではありません。
 なのに兄のことばかり思い出されて、唇が勝手に弧を描く。いつものこと、でしたが。
 膝だけがじんわりとあたたかい。たくさん遊んで、疲れてしまったのでしょう。こうなってしまっては動けません。動けるわけがないのです。
 小さな頭や耳をもてあそびながら、居間を見回す。陽に透けるカーテン、壁掛け時計、テレビとテレビ台、その中に仕舞われた録画・ゲーム機器、食卓として使っているちゃぶ台……残念ながら携帯電話もテレビのリモコンも、少しばかり遠いようで。目に留まったのは最近一枚破ったばかりの、カレンダー。
 十一月。
 まだ陽射しがあるからよかったものの、夜はすっかり冷え込むようになりました。冬が、近づいているのです。
「どうしましょうねぇ」
 とくに何かを予定しているわけでも、示し合わせているわけでも、ありません。
 けれど今日は、節目の日。


「おかえりなさい兄様。ぽちくんもおかえり、楽しかった?」
「きゃわん!」
 声をかければ、玄関で綺麗に拭いてもらった肉球を見せつけて、高らかにお返事。
「はいただいま。おやいいですねぇたま、そこ特等席ですよ」
「にゃーう」
 声をかければ、どこか得意気に横目で視線を送りながら、あくび混じりのお返事。
「幸せ者め!」
「うふふ」
 心の底から兄が叫ぶと、穏やかに妹が笑う。
 すると膝の上からするりと毛玉が滑り落ち、散歩の帰りを労うかのように、もう一つの毛玉へと寄り添った。
「天使!!天使がいます!!」
「もふもふ!!もふもふ!!」
 互いに毛繕いを始める二匹を前に、飼い主達がひとしきり――すぐに携帯電話を構えて写真、あるいは動画として残しながら――悶えた。
「ああほんとう仲よしですね。うちの子可愛い」
 堪能しきった様子で、大してかいてもいない額の汗を拭うふりをする兄に、
「うちの子可愛い!はいどうぞ、兄様」
 答えながら妹が膝を叩く。
「……特等席なんでしょう?」
 目を丸くして躊躇うように身を硬くした様子に、少しだけはにかむと、
「じゃ、じゃあちょっとだけ……」
 遠慮がちに、その膝へと頭が乗る。
「バイトない日ですよね?いつもお疲れ様です」
「ありがとうございます。……くすぐったいですよ」
 全く咎められていない口調で言われたので、撫でる手はそのままに。
「夕飯の買い物、一緒に行きましょうか」
「はい、喜んで。今日のお献立のご予定は?」
 横たわった一人が言えば、膝を貸した一人が答える。
「お前のすきなもの、です」
「……なんでも?」
 慎重に、言葉を噛み締めるように問いかけた。
「ええ。なんでも」
 上から顔を覗き込まれながら、恭しく繰り返す。
「ケーキは」
「買いましょう」
「ろうそくは?」
「立てましょう」
「写真は?」
「三脚出します」
「まあ本格的!」
「当然です」
 とんとんとん、と会話は弾む。
「お祝いしましょう」
「そうしましょう」

 なんと言っても、今日は、節目の日。
 ごちそうが食卓に並ぶのは、もう少し、後の話。