Wizardry love
これは、どんな魔法だろう。アーサー・カークランドが、そんな風に考え始めてから、もう半年以上は経っていた。
ともすればもっと、長い期間。
もちろん、それとなく「お前たちの仕業か?」と聞いてみたが、彼彼女らは首を傾げて、くすくすと笑うばかり。妖精は、滅多に嘘をつかない。少なくとも、アーサーの部屋の住民達は。
原因の解明は困難を極めていたが、実害を伴うものではなかったし、日常生活に支障を来たすわけでもない。だから放っておいてかまわない。そう判断して、今日に至るわけだった。
――たまに、こうやって、気になるくらいで。
「おかえりなさい」
「ただいま」
ソファにどっかりと横たわる。早く帰宅できたおかげで、暮れる夕焼けのオレンジが天井を染めていた。
「ますたー?」
フローリングに直接座って、がひょこ、と足元あたりに顔を覗かせる。
もっと近くに来ればいいのに。言葉にする代わりに、軽く手招きをしてやった。
瞬間、の顔が、ぱあっと輝く。まるでぱちりとスイッチが入ったみたいに。
それから頬が痛くなりそうなくらいの笑顔のまま、おずおずとアーサーに抱きつくようにのしかかる。彼女は自分が重たいと、まだ思っているのだ。そんなこと絶対にないのにと、何度も言い聞かせているにもかかわらず。
アーサーが喉をくつくつふるわせていることは、密着する彼女にはすぐ知れたようで。目の前にむくれっ面があった。
「……なんで笑うのっ」
「べっつに。本当お前可愛いな」
「わっぷ!?」
わしゃわしゃと容赦なく撫でた。元々がいいのか、自分の手入れがいいのか。おそらくは両方。おかげで、手触りは極上だ。髪はさらさらと指の間を通っていく。
ゆっくり、やさしく、何度も何度も撫で続けていると、憮然としていた表情がとけていく。
とろとろ。ふにゃふにゃ。日本語でいうなら、そんな感じだろう。犬なら尻尾が千切れんばかりにふっていて、猫なら喉をぐるるぐるると鳴らしている。本当に気持ちよさそうに、目を閉じて、されるがままになっている。
だけど彼女は、人間のペット。
「お腹すいた?」
「ううん」
「そっか」
「眠いんでしょ」
「ん、このまま寝る。起きたらご飯にしような」
ぎゅう、と抱きしめると、小さく驚く声がした。
「……寒くない?」
「寒くない。あったかいし」
ますます力を込めてやれば、今度は呆れたように笑いだす。
ペットの体温はいつだって自分より高く、心地よく、するりと眠気に誘われる。言いかえてしまえば、アーサーは、もうペットなしでは眠れなかった。
「おやすみなさい、ますたー」
まるでそれが呪文だったかのように、瞼がゆるやかに重くなる。
眠りに落ちるその前に、閉じかけの瞳でを見た。
これは、どんな魔法だろう。
「……、」
「?」
きらきらしていた。
小さく笑う口元も。すぐ赤くなる耳も。伏せかけた睫毛も。天使の輪も。いつも見上げてくる瞳も。
彼女を形作る全てが。いつだって。
「眩しい――」
「ますたー?」
静かだった。寝息。かちこちと時計の動く音。また寝息。遠くでからすが鳴いている。
日はとっぷりと暮れ、部屋は、真っ暗。
飼い主の顔を見ようと身じろぎしても、無駄に終わった。回された腕は、ちょっとやそっとじゃ振りほどけそうにない。
眩しいと、彼は言った。
「ますたー」
顎と、耳と、それから髪の毛。睫毛も少し。起こさないように頭と目を一生懸命動かして、それだけ見えた。
「……眩しい、よ」
きらきらしていた。
仕方ないなと笑う声も。おいでとやさしく笑う瞳も。
当たり前のように抱きしめて、キスを落として、愛おしそうに撫でてくる彼の全てが。
いつだって、きらきらしていた。
魔法みたいに。
あたたかな胸に頭を押し付けて、はじっと瞳を閉じる。鼓動を聴きながら、しばらくは眠れそうになかった。
――これはきっと、恋じゃない。そんなたった一言で、言い表せられるものじゃない。
恋じゃない。恋じゃないよ。
(だから、傍にいさせてね)