メンタリストと女子高生の二人旅
ビシリ。
鈍い音に振り返ってみれば、石像の一つが――え? 待って待って、え? 嘘~ぉこれもしかしなくても復活しちゃう感じ? ジーマーで? てかこの子女の子じゃん? このまま復活したら流石にちょっと、事案じゃない?――ひび割れていく。
この間、0.5秒。
内心慌てふためいて上着をかけてやった時だった。
崩れ落ちていく石から覗く唇が、確かに呟いた。
千空――、
それは、獅子王司が殺人の告白をしてもなお、捜し出して欲しいと願う男の名前。
あさぎりゲンは、こりゃあ絶対生きてるでしょ、と思った。
あんまりにも出来すぎている。
石化して3700年、復活して初めて口にする言葉が、彼の人だなんて。
亀裂が隅々まで走り、ゲンの目の前でゆるやかに石片が剥がれていく。自分の時は急に目の前が開けたようだったのに、彼女は随分ゆっくりだ。これは幸い、と彼と彼女の距離を慮る。
呼び捨て。少なくとも、顔見知り程度の仲ではないことが窺える。家族? 友達? 恋人? どんな感情を向けているかは、すぐ知れた。
(俺じゃなくてもね)
表情や視線を読むことに長けているゲンじゃなくても、率直に、誰が聞いても知れただろう。
「千空ちゃんてば、モテモテだね~」
だって、
――すきだよ。
名前のあと、そう続いたから。
「千空ちゃんじゃなくてごめんね~」
口から「千空ちゃん?」と疑問が飛び出していた。……喋れる、喋ってる。久々に聞いた自分の声は、意外としっかりしていた。
動ける。生きている。
がらり、音がして、急に光がさした。眩しくて目を細めていると、男が、覗き込んで影を落としてくれた。その顔は言葉通り、千空ではない。
「……ずいぶん可愛い呼び方するんだね」
「別に特別じゃないよ? 俺はみ~んなちゃん付けするの♪」
体を起こせば、がらがらがらん、さっきと同じ音。見れば、周りに石の破片がいくつも散らばっている、今も散らばっていく。
「うわー、やっぱり石になってたんだ」
「そ。俺たちみ~んな石化してたってワケ、しかも3700年も!」
ひとりごとにも男は勝手に答えてくれる。おそらく世界的な緊急時だと言うのに、どうやら彼は、思ったよりも紳士らしい。かけられている薄紫の服の下は、裸だった。
「この服、どうもありがとう」
「いえいえ、どういたしまして♪」
起き上がってお辞儀をする。その拍子に、するり。結っていない髪が垂れてきて――小川は、そのままぎくりと動きを止めた。
視界に入り込んだ髪が、変色していた。左側だけ、鮮烈に白い。年月のせいか、石化のせいか、それとも両方か。
3700年だと、男は言った。
唐突な白髪が、数字を一気に現実にした。見下ろした地面には石像が転がっている。石像にしか見えないそれは、本物の人間。
(ついさっきまで、わたしも――)
恐怖や不安、苦く重苦しい何かが、一瞬だけ駆け巡る。
一瞬、だけだった。
3700年。あまりにも、具体的な数字。
どうしてわかる? どうしてわかった?
そんなの絶対。
答えは、“千空ちゃん”に決まってる!
何か、はすぐどこかにいって。千空への気持ちだけが、に残った。
「ところで俺のこと知ってる? テレビで観たことないかな~メンタリストのあさぎりゲンて結構有名だったと思うんだけど、知らな~い? 俺のこと知らなくてもさ、霊長類最強の高校生・獅子王司ちゃんは知ってるでしょ! その司ちゃんからね、迷子の迷子の千空ちゃんを捜して欲しいって頼まれてるんだよね~! 聞けば千空ちゃん、ゴイスーな科学力持ってるって話じゃん? だから色々助けてもらっちゃお、ってワケなのよ。よければ手伝ってくれない? 千空ちゃんさ・が・し♪」
嘘とホントを混ぜながら、ぺらぺらと捲し立てる。聞いているのか、悩んでいるのか、お辞儀をしたまま動かない。さてさて、彼女はどう出るか? 話の内容が嘘かホントか、目の前の男が何者か、彼女にとっては些細なはずだ。
(ぶっちゃけ連れて行かなくてもいいんだけどね~)
親しい間柄なら何かしらの交渉に使えるかもしれないが、それにしたって。
この女の子、ちょっと――いやいやいや、かなりよかなり――異常である。
どういう関係かはこれから把握するとは言え、彼女から彼への好意は揺らぎない。復活して初台詞がアレってことは――気の遠くなるような歳月の中、ずっと、ずうっと繰り返し、言い続けてきたんだろう。愛の言葉を頭の中で。3700年、途切れることなく!
正直、石神千空が生きてようが死んでようが、どっちだって良かった。メンタリストとして依頼された仕事をするだけ。だが、刻まれた西暦5738年を見た時と似た高揚を、今も感じている。
だって数千年レベルの激重感情。ジーマーでバイヤーにも程がある。
そしてお相手は、その数千年を正確に数え切るジーマーでバイヤー過ぎる男なワケで?
好奇心と悪戯心、それからほんのちょっとのお節介。
――ホントのホントに生きてんならさ、会わせてみたいって思っちゃうじゃん?
ゆっくり顔を上げた彼女は、予想通り笑っていた。やっぱりね。
「小川です、よろしくね」
「ちゃんね、シクヨロ~」
愛しの千空ちゃん捜しとなれば、それはもう、満面の笑顔に決まってる。
「おそろいだね」
「へ?」
「髪の毛」
「あーうんそーね、おそろいだね~」
「これって石化のせいかな?」
「多分? 俺こ~んな若白髪じゃなかったもん」
「あははっ、わたしも!」
自己紹介をしたあと、これまでのこと、これからのことをざっくり説明してもらった。
人類全員が石化して、3700年後の世界。一足先に復活した千空(すき!)が、既に復活液の作り方を見つけたこと(わあすき!)。
その復活液を使わずに、自分が復活したこと。それから、獅子王司が目指す理想郷について。
一から十までじっくり聞いて、浮かんだ感想を素直に伝えてみる。
「ゲンくん、嘘が得意なんだね」
「ヤダなちゃんてばドイヒー!!」
でも、ゲンは否定も肯定もしなかった。
迷子の迷子の千空ちゃんを捜す、これは本当。捜し出して、色々助けてもらっちゃお、これが嘘。
獅子王司が、王様になろうとしている。彼がなりたいかは別として、文明が失われた今――純粋に、強大な力を持つ彼が君臨する。
彼の理想郷。富も権力もなく平等な、自然のままの、世界。若者たち“だけ”の世界。
だからこそ可笑しい。そんな人間が、千空に助けを求める? ううん、むしろ、邪魔なはず。だって千空は科学する。文明がゼロになったって。またゼロから、何度だって歩み出す。創り出す。がすきになった千空は、いつも前を向いている。
ああ、そうだ。若者“だけ”なんてアホらしい。
千空ならそんなこと、1mmたりとも思わない。唆られない。
科学の力でもれなく全員、助けようとするのが千空だ。
「これは、千空VS獅子王司のバトルなんだね」
「あちゃ~、わかっちゃう?」
よく言う。一介の女子高生でしかない素人のにだって、“なんとなく”事情がわかる程度に話してくれたくせに。メンタリストに本気を出されていたら、嘘にだって気付けなかっただろう。
「ゲンくん、わたしのこと、“司ちゃん”に差し出さなくていいの?」
「あ~それ自分で言っちゃうんだ……」
自分は100億%千空陣営の人間だ。いくらでも口八丁で丸め込んで、利用しない手はないはずなのに。
あさぎりゲンは、それをしなかった。
「えーーー言わなきゃダメ?」
「ううん、教えてくれたら嬉しいなありがとうってなるだけ」
答えは返ってこない。ただ待ってるだけでは仕方ないので、さっきから気になっていた石片を拾ってみる。これ、千空だったらどうしただろう。集めて検証材料にする? ……検証、とっくに終わってそう。じゃあもう必要ないかなと思っていると、ふっと目の前にゲンがしゃがみ込んできて、拾うのを手伝ってくれた。
手には袋を持っていて、そこに石片を入れていく。
「一応証拠隠滅ね。司ちゃん相手ならあんまり意味ないだろうケド……あとでテキトーに言い訳しておかなきゃね~」
どうして。
(どうして初対面のわたしに、そこまでしてくれるの?)
じーーーーっと見つめていると、ゲンは観念したように肩を竦めた。
「……ん~~~、ほらちゃんの復活って、どっちの陣営にも計算外なワケでしょ」
「うん」
「だったらさ~、別にいーんじゃない?」
別にいーんじゃない??
頭の中で復唱しても、意味がきちんとわからない。首を傾げていたら、いつの間にか拾い終わったゲンが立ち上がっていて。
「ちゃんの“好き”にしちゃって、さ♪」
手を、差し伸べてくれた。
「――3700年想い続けた千空ちゃんに、会いたくないワケないでしょ?」
……ああ、よかった。は、ほっとため息をつく。
第一声が「いつもの」で、よかった。だからこそゲンは興味を持って、そうしてちょっと面白がって。
お節介を、焼いてくれた。
「……そうだね、そうする、“すき”にする! ありがとう、ゲンくん!」
超絶お優しいメンタリストの手を、迷わず取って立ち上がる。
一人は、仕事と好奇心のために。
一人は、何度でも想いを伝えるために。
こうして、千空捜しの二人旅が始まった。
余談だが、村を発見するまで――
(いや~~あの司ちゃんに超超超警戒されてて? ちゃんにはこの通り超超超ラブコールされてて? ホントに死んでるってことないよね? ……ないよね? 信じてるよ千空ちゃんジーマーで、会ったことないけど~!)
「おーいゲンくんゲンくーん、方角こっちでいいのー?」
「ちゃん早っ、ってちょちょちょ待って待ってちょおーーっと前留めよっか? 紐渡すから縛ろ?? てか上着一枚の防御力の低さ自覚してる???」
「ゲンくんは緊急時でも裸気にするタイプなんだね」
「ちょっとは気にしよ……? 一応俺たち男女だよねぇ……?」
「うん、でもほら、ゲンくん初手から紳士だったし!」
「それはドーモ……」
「髪の毛もツートンでおそろいだし!」
「それ関係ある?」
「ぱっと見ちょっと兄妹っぽいかなって!」
「ウンウンおそろっちだし兄妹っぽさ出るよね~~~ってぽさが出ても他人~~~!!」
――何かと気を揉むことになる、あさぎりゲンであった。