ボクの自尊心が流石に揺らいだ日

「え、アレ、ナンパだったの!?」
 思ったよりも大きい声が出てしまって、おまけに両手をテーブルについてしっかり立ち上がってしまって、周りの視線をいくつか受けながらも、ボクはそれでも座り直せなかった。
 今日は「お茶でもどう?」と誘われたので、オープンテラスのカフェに来ている。前から気になってたんだよね、このお店。おねーさんと顔を合わせるのは、これで二回目。
 この間五人の悪魔に殺戮されたのも記憶に新しい、一人の天使ことボク・ トド松。おねーさんとは、その時ちょっとした縁で知り合った。
 ちょっとしたっていうか。
 ほぼ全裸のまま泥酔して放置されてたボクを起こしてくれて起き抜け一番にゲロしたボクのゲロを処理してくれてその後ボクの愚痴を肴にしながら朝まで飲みに付き合ってくれて奢ってくれて結局LINEのIDも交換したっていうアレなんだけど。
 酷くない?
「アレが!?えっ、アレがナンパだったの!?どこが!?」
「え、うん」
 おねーさんはしれっと頷いて、「まあまあ座ったら」なんて涼しい顔でカフェラテを啜る。
「だって酔っ払い介抱してどうこうするのってよくあるでしょ?」
「AVか!?」
 涼しい顔でなんてこと言ってんの!?
 ていうか。
「どうこうするつもりだったの!?」
「え、うん」
「こっっっわ!!」
 でも結局"どうこう"しなかったじゃん!!? 朝まで飲んでただけじゃん!!?
 とは、さすがのボクも、言えなかった。
 そこで注文したボクのドリンクとパンケーキが届いたので、今度こそ座り直した。見るからにぶすっとした顔をしてると自分でも思う、でも気にしないでそのままパンケーキを携帯のカメラで撮った。
「あ、画像送って」
「もう送った」
「早い~ありがと~」
 ひとまずストローの方に齧り付いた。うん、新商品のストロベリーフラペチーノ美味しい、人の金ってところもすごく美味しい。
「……半分食べるんでしょ、さすがに食べ切れないよボク」
「食べる! よそって!」
 窯焼きパンケーキは絵に描いたみたいにふんわりと厚みがあって、しかも二段。軽めのホイップクリームと、ベリー系のフルーツがこれでもかとたっぷりデコレーションされている。それらがちょうど半分ずつになるように分けて、小皿に盛った。
「はいどーぞ」
「あーりがと」
 こういうとこ全然年上っぽくない。おねーさんは嬉しそうに受け取って、目をきらきらさせながらナイフとフォークを構えた。ボクもそれに倣って、パンケーキを食べる。
「美味し~!」
「美味し~!!」
 やってる場合か?
「てゆか趣味悪くない!?」
「わかる~」
 パンケーキをぱくぱく消費しながらボクは喚き立てる。
「わかる~じゃないよボクだったらぜっっったいヤダよナンパしないよ黄ばんだパンツ被って首に花輪鼻に割り箸背中から天使の羽と耳からバナナ生やして靴下だけ履いて腹芸と裸踊りするようなやつ!!!」
「トッティだねえ」
「ボクだけども!!!」
 何がよかったの、何が決め手なの、なんでナンパしたの、ってかアレナンパって認めねーし!
 勢いに任せてガツガツ食べてたらいつの間にかパンケーキは全部ボクの胃の中に消えていた。
「照れるな照れるな~~」
 ああ、まただよまたその笑い方。ふっふっふ、っておねーさん独特の。
 この間から、耳について離れない。
「照れてない」
 ――――どうせナンパするんだったら、せめて、せめて、せめてだよ、マトモな格好の時にしてほしい。
「いやあ、さあ?」
 ぱくり、とブルーベリーを口に運んで、おねーさんが話し出す。長話になりそうな口振りだったので、ボクは聞きの体勢に入った。
「合コン抜け出したくてねえ、用もなくトイレめちゃくちゃ行ってたんだけど」
「態度悪~~まあでもイイんじゃない、合コン呼ばれにくくなるよ」
「あいつめっちゃ頻尿だなって?」
「そこじゃないでーす」
「そしたら隣の部屋にさ、六人も同じ顔が入ってくの見ちゃって、思わず二度見しちゃったの」
「あーうん、なるほどねーよくされるわー」
「女の子もいたから、えっ同じ顔の六人と!? 合コン!? って、自分とこの合コンよりよっぽど気になっちゃってねえ」
「幹事カワイソー」
「そしたらさ、部屋の前通る度にどんどん変貌していくトッティって子がいて」
「ボクじゃん」
「めちゃくちゃ飲まされてくし、服の面積減ってくし、気が付いたらバナナ耳から生えてるし」
「ボクカワイソー」
 だからね、と前置きして、おねーさんは紙ナプキンで口元を吹いた。ねえグロス剥げちゃってるよ。でもおねーさんはそんなの全く気にしてない。
 頬杖をついて、しっかりと、ボクのことだけを見てた。
「おつかれ様って、言いたくなったんだよ」
 おつかれ様、トッティ。

 ――――やめてよ、そんなの。

「ど? ナンパされてみない?」
「いや、ナンパされてみない? って日本語可笑しいよね?」
「そ?」
「それに酔っ払い介抱してどうこうしようとしてた人はちょっと……、」
「本音は?」
「介抱されたついでにどうこうされてえーーーーーー!!!」
 ダァン!!
 激しい音を立てながらボクはカフェテーブルに突っ伏した。
「ふっふっふ、いやあ、いいねえ、かっこいいねえ」
 まあたそんなこと言っておねーさんは笑う、笑う、あああ、もう、ふざけんな。
 ――――ナンパなんて。(アレをナンパとは認めないけど)
 あんなみっともない、負け戦しか出来ない格好の時に、しないでほしかった。大負けボロ負け負け戦もいいところ。これが勝ち戦なんて信じられる?
 だってもうボクは彼女に対してなんにも、今更、ご覧の通りに、取り繕えない!
 顔を上げながら、どうせ笑われるってわかっていながら、ボクは言った。
「…………とりあえず、デートから始めない?」
 だって悔しい。このままじゃ悔しい。
 ボクだって、男なんだから。
 せめて、せめて!
 かわいいって言わせてやる!
 こちとらあざいとキャラでいっとんじゃ!!
 そんでもって、もっとちゃんと、"かっこいい"って!
 ――――言わせられるのかなあ??
「喜んで」
 おねーさんは嬉しそうに、なんと言うか、あの、あれ、少し照れたみたいにはにかんだ。
 なんだよ、いつも通りにふっふっふって笑っちゃえばいいじゃん、やめてよね、ほんとさ、ほんと…………………
 そういうのずるいんだけど!!!!!


 とりあえずしばらくのデート代だけでも稼ぐべく、ボクはまた、アルバイトでも始めることを決意した。
 今日は奢ってもらうけどね!!