epilogue:化学王国
〈year 5219〉
ううん、危ない。また意識がどっかいっちゃうとこだった。
……大丈夫、大丈夫。
だって、考えてみてよ。千空だよ?
千空のことがすきで、すきで、ただすきなだけの人間がさ、おいそれと諦めるって思う?
あの千空を、だよ?
全然、思わない。
やっぱり、おめでてえ頭だなって言われそう。言われたい。おめでたくていいんです。
これが夜なら、恋する乙女は物思いにふけるものなので。
明けない夜はない、でしょう?
「おいメンタリスト。テメー、どこで拾ってきやがった」
コロコロと駆け下りていくスイカを遠目に問いかける。村の外に裸の女。つまり、復活者。労働力が増えることは喜ばしいが、目に見えた厄介事は御免だった。
「仕事の前報酬で復活液でも貰ったか?」
司が復活させたとは考えにくい。性質からいって、女子供を裸同然で放り出さないだろう。あらかじめ服を用意されてないところを察するに、何かしらの事情がある。
「いや~俺もビックリだったんだけどね~? た・ま・た・ま、復活するところにグーゼン居合わせちゃってさ~」
「――たまたまだぁ?」
つまり、司もゲンも復活させていない。
復活液を使っていない。
なら拾ってきた場所は十中八九、奇跡の洞窟付近。
そしてわざわざ連れて来た――“女”。
該当者は、あいにく一人しか思い浮かばなかった。
「……可笑しいじゃねえか。村に来るまで10-0で司帝国の勝ちだと思ってたメンタリスト様がよ、なんでご丁寧に連れてきやがったんだ?」
「ヤダな~千空ちゃんたら。言ったでしょ、たまたまだって。たまたま居合わせて、たまたま、聴いちゃったのよ。初復活初台詞、なんだと思う? 千空ちゃんなら、解っちゃうだろうケド」
――それは、硝酸のみでの復活を意味していた。
――それは、3700年もの間、思考し続けたことを意味していた。
「ほ~んと、イカれちゃってるよね。“二人とも”さ。だからつい、」
会わせてみたくなっちゃって。
大げさに肩をすくめてみせたゲンに、そうかよ、とだけ言った。
そうか。
――そうかよ。
込み上げてきた笑いに肩が震えて、少しだけ空を仰いだ。
「おぅおぅなんだよゲン、まだなんか隠してやがんのか?」
「裸の女……? まさか、復活者か!?」
「ピンポン、コハクちゃんに100億満点~!」
作業がほとんど終わっていたせいか、会話はひたすら騒がしくなっていく。
「……ほう? 司帝国から裸の女を連れ回した挙句、森に放置とは……貴様……」
「ちょちょちょ待って待ってコハクちゃん! 道中は俺の上着貸してたから!! でもさぁ村に入る~ってなったらど~しても仕込んでるアレとかソレのために必要不可欠でさあ……だから服借りてくるまでちょ~っとだけ待ってもらってて……」
「すっかり忘れてたんなら放置と同じじゃねーかよ!!」
「アハ~そこはジーマーでメンゴって感じ~(……ホントは一回見に行ったけどいなかったんだよね~)」
「何にせよ、その女は裸なのだな? 早く出迎えてやらねば」
「厳密には裸じゃなくてサラシ一枚なの」
「……? それの何がまずいのだ?」
「まあ日が暮れて来たからな、ちっと寒いかもしれねーがよ」
「コハクちゃんとクロムちゃんならそういう反応で済んじゃうのね……普通~に着込んでる俺と半裸の女の子の組合せで登場したら一発アウトだからジーマーで……」
頭を抱えてゲンがはあ~とため息をついた時だった。
「……ククク、まあそうだわな、テメーなら100億%痺れ切らして出てくるに決まってるか」
「む?」
「お?」
「あちゃ~……」
がさがさと、近付いてくる足音。
会話をぶった切るように茂みから現れたのは、
「やっっと見つけたーー!! 千空っ!!」
嬉々として、照れもせず、蔓や草葉で体をぐるぐる巻にした女。
真っ直ぐにこちらに駆け寄ってくる女。
呆れるほど見飽きた笑顔の、女。
「ちょっと迷っちゃったついでに葉っぱ足してみた!」
「んも~……はいこれ着て……」
「ありがとゲンくん!」
反射的にお礼を口にはするが、肩に掛けただけで着たとは言い難い。待てないとでも言うように、ずいっと遠慮も容赦もなく距離が詰められて、それから、笑われた。
「……あっはは、千空ひっどい顔! アンパンマンだ!!」
「3700年ぶりでとんだご挨拶じゃねえか、テメーこそひっでえ格好だな?」
「ええ? 非常時に格好とか気にするタイプだっけ? 3700年の間で変わっちゃった?」
「……変わんねえよ、何も」
笑い返してやれば、にんまりと目が細められる。
「――だよね、知ってた!」
何一つとして変わらない、呆れるほど見飽きたはずの、笑顔だった。
「……ああ、なるほど。彼女が千空の良い人か。ならば少し席を外そう」
「なんだよイイヒトって??」
「あとで教えてあげるからクロムちゃん、とりあえずちょーっとだけ感動の再会を演出してあげようね」
「あ゙? んなもんいらねーよとっとと作業再開に決まってんだろ」
「えーなになに? わたしも作業手伝う!」
「い・い・か・ら」
「ったく外野がうるせえ、ソッコーで終わらすぞ」
「何を?」
「何をって」
「うん」
「言わねえのか、いつもの」
「……ううん」
昨日がやって来たように思えた。それで今日も明日も変わらずにあるものを、3700年を経て、目の前のコイツが持って来たんだと、解った。
呆れるほど嬉しそうな、あの日と変わらない笑顔と声だった。
「千空、すきだよ」
「……あ゙ぁ、知ってる」