入試

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 ――の入試は、初手胃痛で始まった。
「おわあああああすごいすごいボイスヒーロー“プレゼント・マイク”だすごい……!! ラジオ毎週聞いてるよ感激だなあ雄英の講師は皆プロのヒーローなんだ流石雄英」
「うるせえ」
「……いや……あのさあ……、流石にちょおーーっとお口チャックした方が……いいと……思……、ウン………………」
 ブツブツブツブツブツブツブツブツ。
 シーーーン!
 静まり返る実技試験説明会場――かなりの人数が収容され、造りはまるでコンサートホール――で、決して大声ではない緑谷出久の囁きブツブツマシンガントークは残念ながら。耳障りに響いていた……。
(だっっっっっからホントそういうところ~~~!! TPO気をつけて~~~!!)
 久方ぶりのストレスが襲いかかってくるのも無理はない。
 普段教室で同じ空間にいるだけの環境とは訳が違うのだ。
 会場を見渡した限り、同じ制服で固まっているところから、席順は同じ学校で纏められていることがわかる。
 つまり。
 席順! 緑谷、爆豪、
 横で小一からストレスの原因である他でもない二人のやり取りを至近距離で聞かされる!
「じゅ、受験番号連番なのに会場違うね」
「見んな殺すぞ。……チッ、てめェを潰せねェじゃねえか」
「…………」
 そして隣が爆豪なので会話に参加することはほぼ不可能!!
(やっぱり持っててよかったお薬セットォ!!)
 この後タイミングを見計らって胃薬を飲もうと心に決めたであった。
 ……薄々は感じていたが、痛烈に実感する。
 爆豪はともかく、緑谷も、周囲の目線に頓着しないところがある。
 とて周囲の目線を気にしないよう努めることは出来る。だがそれは、努めている時点で意識している・気にしているという証拠でもあった。元々あまり目立たず馴染もうとしてきたので、空気を読みがちだ。
 爆豪はそれもう、クラスメイトですらモブ共と言ってのけ、眼中にない人間はまともに名前で呼ぼうとすらしない。それを押し通すだけの実力があるから嫌になり、横柄な態度と暴言が目に余るのだが。
 そんなプライド煮こごり才能マンの爆豪が周囲の目線を気にするか、いやしない。
 緑谷は、そんな爆豪とはまた違った“我”の強さがあった。
 “無個性”であることを引け目に思っている節はある、それでも自分の夢や目標を誤魔化さず、誰に何を言われても笑われても、緑谷が教室で受験勉強と筋トレを止めることはなかった。
 バリカタハリガネメンタルマンとこっそりは呼んでいる。
 胃がまたギュッとなる事実として、緑谷はクラスメイトと会話することは滅多にない。本人の性質はあるにしても、声に出して思考をまとめたり、ヒーローオタク全開で独り言を呟く悪癖は、そういう対人関係や乏しい対話経験から来ているんじゃないだろうか。
 そう考えれば悲しいやら切ないやらで胃痛に拍車がかかるというものだが。
 入試当日である。
 ここ最近、それこそ「あの日」を迎えヒーローを目指した時を同じくして、爆豪が緑谷に絡まなくなり、の胃袋は平和そのものだったのに。
 入試当日、である。
「先ほどからボソボソと……気が散る!! 物見遊山のつもりなら即刻雄英ここから去りたまえ!」
「すみません……」
 体格の良い眼鏡――私立聡明中学の制服を着ている――が、プレゼント・マイクへすらすらと質問を述べた後、ついでに緑谷を注意し。
 胃への加算ダメージが入る。
「そこの君も! きちんと注意出来なければそれは言っていないことと同じだろう!?」
「………ハイ、ゴメンナサイ」
 更についでとばかりには核心をつかれ。
 胃への加算ダメージが入る。
 の元々丈夫でない胃痛は、入試当日にして久方ぶりに最高潮ピークに達していた。

 10分間の「模擬市街地演習」。
 自分の“個性”を補助するアイテム等、持ち込みは自由。
 演習会場はAからGまで用意されており、また、同校同士で同会場にならないよう組み合わせられている。
 演習場には“仮想ヴィラン”を三種・多数配置されている。
 それぞれの「攻略難易度」に応じてポイントが設けられており、受験生は“個性”を駆使し、“仮想ヴィラン”を行動不能・・・・にすることでポイントを会得する。
 なお各会場に一体、ギミックとして四種目のDが存在する。
 これは倒しても0ポイントであり、倒してもポイントを稼ぐことは出来ない。 
 もちろん他人への攻撃等、ヴィランじみたアンチヒーローな行動は御法度。
 以上が、実技試験の概要だ。
 全ての説明プレゼンを終えたプレゼント・マイクは、そのヒーロー名に恥じぬよくよくと通る声で、全聴衆リスナーに贈る。
 ――かの英雄ナポレオン=ボナパルトは言った。真の英雄とは、人生の不幸を乗り越えていく者だと。
 国立雄英高等学校校訓、“Plus Ultra”!!
 陽気そのものだったヒーローが、にんまりと不敵に笑う。
「それでは皆、良い受難を」

 受験生はまず、更衣室へ向かう。
 各自動きやすい格好に着替え、持ち物の準備をし、他の荷物と貴重品をロッカーに預け、それぞれが指定された演習会場へ出発するバスに乗り込むよう通達されている。
 ちなみに鍵の紛失も十分想定される試験内容であるため、降車の際に鍵は運転手へ渡すようにとも言われていた。
 更衣室一つをとっても広大な面積を前に、流石は雄英とは息を吐いた。
 バリアフリーロッカーはどんな体格の人間にも使えるよう配慮されているため、縦にも横にも高く大きく奥行きも十二分にある。の身長なら、中に入って余裕で反復横跳びすら出来るだろう。……ちょっとしてみたい気持ちはぐっと抑え込んだ。 
 は自分の受験番号が示されたロッカーを開き、バックパックを下ろした。
 ドゴスンッッ!!
 静かに下ろしてもこれである。
 荷物がみちみちに詰まったの鞄は重い。鈍器にもなる。普段のプチ救急セットに加え、今回はジャージの他、予備の着替え、肌着・下着・靴下も持ってきていた。今から急にどこかへ泊まりがけになっても平気なラインナップである。
 天下の雄英様なので備品の貸し出しにも対応してくれるだろうが、自分で準備しておきたかった。
 場合によっては必要不可欠な準備だった。
 燃えるか破けるか、はたまた内側から裂けていくか。
 ――借りる“個性”レンタルの都合によっては、服の一枚や二枚、用意しても足りないくらい。
(まーーーーったくさぁ、博打な“個性”だよ我ながら)
 “個性”、レンタル。
 相手の“個性”を一時的に借り、使用することが出来る。
 襲いかかってくる“仮想ヴィラン”? 暴れ回るギミック?
 対抗する圧倒的な攻撃力を、自身は一切、持ち合わせていない。
 誰かから、借りなければ。
 はこれから、誰が、どんな“個性”を持っているか全くわからない混戦の中へ、飛び込んでいく。
 けれど――けれど。 
 深呼吸をすると、自分の状態がよくわかった。武者震いと冷や汗と、ズキズキと残る胃痛。
 そして同時に湧き上がる、高揚感。
 試してみたい。自分の“個性”が、どこまで出来るかを。
「チッ」
 舌打ちと、やや乱暴な音で閉じられたロッカーは無論爆豪の手によるものだった。
「……ふはっ」
 は思わず、素で笑ってしまった。
 ここまで来ると逆に可哀想というか。
 隣のプライド煮こごり才能マンが、今まさに確かなストレスを感じていることがわかってしまう。
 爆豪はちょうど真ん中。
 今まで散々こき下ろしてきた緑谷と、時々ちょっかいを出してくるに囲まれている。
「何笑ってんだァ、ああ!?」
 すぐに気付いた爆豪が睨み付けてくるが、
「そりゃあ爆豪クンはイライラするでしょ、と思って。……ごめんね」
「……は?」
 素直に謝るに、珍しく固まった。言葉も道理も通じない人間を見るかのような目。
 笑ってしまって、思ってしまった。
 今までおれが感じてきた苦しみを、ほんの少しでも味わえば――いや、いいや。
 爆豪の後ろでは真剣な面持ちで、黙々と着替える緑谷の姿。
 きっと周りなんか見えてない、いつもの――ただひたすら夢を追う、緑谷だ。
 長らくこの二人が胃痛の、ストレスの原因だった。事実腹の底はまだしくしくと泣いている。
(おれのせい)
 二人をストレスの原因にしてしまったのは、紛れもなく、自身だ。 
 きっと爆豪は、自分と違って胃なんか痛めないだろうけど。
 数々吐いてきた暴言はちょっと許せそうにないけれど。
 味わえばいいなんて、少しでも思うべきじゃなかった。
 散々抱え込んで苦しんで引きずってきたこの情けない痛みの塊は、誰にも渡すべきじゃない。
「笑ってごめん」
 だから、しっかり頭を下げて謝った。もちろんそんな年季の入った情念のこもごもなど爆豪にわかるはずがないし、ただの自己満足でしかない。
 案の定爆豪は思いっきり眉間に皺を寄せ、
「うぜぇ」
「アイテ」
 にがつんと肩をぶつけながら行ってしまった。
「爆豪クン準備はっや」
「う、うん、そそそそうだね」
 ハテ?
 独り言のつもりが、何故か返事がある。
「…………」
「…………」
 そう、真ん中の不在はすなわち、緑谷出久と隣り合うことを意味していた。
(デスヨネーーーー!!)
 気まずい。
 気まずいのは自分だけだろうか、そうだといい。
 どうしよう、いやどうするも何もない、着替えて準備してバスに乗って入試に挑む、それだけだ。
 は慌てそうになる自分を宥めながら急いで着替えた。
 気まずさからか緊張からか、やけに体が熱い。
「おおおお互い、がっ頑張ろうねっ! じゃ、じゃあ……」
 緑谷は、いつかのようにそそくさと逃げるように駆けていく。
 ……背中が、どんどんと遠ざかっていく。
 はほっと息を吐いて、
(爆豪クンにだって謝れたんだから、せめて……せめて、言いたいことくらい言え、おれ!)
 ――声にするために、吸った。
「お、応援してる……から……!! ……頑張ろうな!!」
 遠ざかるモジャモジャ頭に向かって、勇気を振り絞った。
 倍率300超え、全員ライバル、そんなのはわかってる。
 それでも。
 応援していた。
 ずっと。
 いつからなんて、そんなの決まってる。
 
『笑顔で、皆を救けちゃうんだよ』
『そんなヒーローに、なりたいんだ!』
 夢を話してくれた、
『おっ、おれも、おれもね!』
『来ただけで、皆が安心出来るような――そんなヒーローに!』
 夢を話せた、あの日から。
 
 緑谷は驚いたように振り返って、裏返った変な声と下手くそな笑顔で、言ってくれた。
「あっ、ありっ、ありが、ありがとうっ、っ!!」