入試
14
雄英高校ヒーロー科。
そこはプロに必須の資格取得を目的とする養成校。
その倍率は例年300を超えるため、全員が全員本気だとも限らない。
他の私立高校に申し込みをした上で、雄英に“記念受験”をしに来る人間も多い。
あやかりたくて。
憧れているから。
せめて受験だけでも。
――目障りでしかない。
見慣れたくもない見知った後ろ姿には「どけデク」と怒声を浴びせた。
「俺の前に立つな殺すぞ」
頑張ろうねお互い? 虫唾が走る。
殺意を吐いてもなお爆豪勝己は平静を保つ。これから始まる実技試験がどんな内容だろうが、合格出来るだけの実力が自分にはある。
そしてアイツにはない。あるはずがない。
“無個性”のアイツには、自分と同じ土俵に立つ権利も資格も実力も。
「なあアレ……バクゴーじゃね? “ヘドロ”ん時の」
「おぉ本物……」
「そーそー。そんでそん時ヒーローでもないのに救けに走った奴いたの知ってる?」
「え、そうなん? すげーけど超無謀~! って誰?」
「あ、ゴメンネー! おれもその“バクゴー”と同中だからさ、つい」
奥歯をぎりりと噛みしめて、舌打ちを殺した。
猫背気味の体を少し屈めて、ソイツはいつものようにへらへらと笑っている。
は他校の生徒とそのまま馴れ馴れしく二言三言会話して、「じゃあお互いガンバローネ~」などと生ぬるい挨拶を交わして別れたところで、
目が合う。
「おれにも言う? さっきのやつ」
「……」
冷え切った笑顔を無視して通り過ぎた。
「ザンネン」
背中に投げかけられたのはそんな声。
身の程知らずの馬鹿共が。
チンケなクソナードもチンケなヘタレ野郎も、ただひたすらに不快だった。
二月の朝の冷気が肌を刺す。
出がけに姉にぐるぐる巻きにされたマフラーを少し緩めながら、はそびえ立つ雄英高校の本舎を前にして立ち止まった。
「でっっか」
今朝は――母と姉はもちろんのこと、何故かご近所さん総出でお見送りをされ、「いやもういっぱい貰ってるからァ?!」と断りを入れたのにも関わらず、合格祈願のお守りを大量に受け取ってしまい、それらが全て背負ったバックパックにくっついている。
「お守り多過ぎじゃね?」と通りすがる受験生たちにくすくす笑われるのも最早ご愛敬だ。どうぞおれを笑ってせいぜいリラックスしてください。
期待されるのは嬉しいが、流石に、緊張していた。
していた、過去形である。
(爆豪クンには逆に感謝、かなあ?)
朝一暴言に緊張が和らぐのも可笑しな話だが、いつも通りのようでいて静かと見せかけてやっぱりいつも通りの爆豪を見かけて、うっかり気持ちが落ち着いたのは事実だった。
結局「あの日」以来、爆豪は緑谷は何も――少なくとも前のように爆破したり圧をかけたり――していないようだった。
うちの中学から初めてかつ唯一の「雄英進学者」として“箔”をつけたいから、と緑谷を脅していた爆豪が懐かしい。
が雄英を目指していることは、それとなく周囲にも知られていったが、今日の今日まで爆豪から言及された覚えはない。
けれどさっき聞いた「俺の前に立つな殺すぞ」は、紛れもなく本心で吐き出された言葉だろうし、おそらく自分も同じ感情を抱かれたに違いない。
ニヒ、と笑ってしまうのは、少し性格が悪いだろうか。
(ハテサテ)
見上げれば、校舎の至る所に雄英を象徴するロゴマークが掲げられている。
ついに来た、ここまで来た。
おれが来た、と言えるヒーローになるための第一歩。
ぶるりと膝が震える。これは武者震いじゃないといけない。
呼吸を整えるために大きく吸って、吐く。
ぐう~、ぎゅるる。
「…………スイマセンネドーモ」
大量じゃらじゃらお守りを笑われるのはまだいい(よくない)、しかし盛大に鳴った腹の音は流石に恥ずかしかっただった。
仕方なく、通行の邪魔にならないように横道に逸れる。
愛用しているバックパックは商店街の古着屋で購入した物だ。アウトドア用品ブランドの中古をお安く買わせて頂き、頑丈な上に防水もバッチリ。見た目もカッチョイイので気に入っている。
そのバックパックを背中から鳴りやがった空きっ腹に回して開いた。
中身はこれまたぎっっっちりと詰まっている。
には荷物が多くなってしまう悪癖があった。
元を正せば胃薬のせいである。
最近使われる頻度はめっきり減ったが、それまではとてもじゃないが「小一から同じクラスメイト達のやり取りを前にして日々胃を痛めており胃薬を愛飲しています」とは、まさか言えない、言えるはずがない。ましてやバレたくもない。
そんな訳で、胃薬を持っているという事実をどうにか誤魔化したかったのだ。
カモフラージュのため胃薬の他、風邪薬、痛み止め、酔い止め、果てはのど飴に絆創膏……と次々増やしていった結果、鞄の中身はたちまち薬箱になった。
クラスメイトにも「保健室行くよりに貰った方が早いじゃん」と言われる始末。
それから「じゃあどうせなら!?」とヤケクソになり、包帯や消毒液、ミニ鋏や安全ピン、綿棒に消毒用シート、整骨院の名前入りタオル、ペットボトルの水、ブロックタイプの栄養補助食品など、各種取り揃えるようになり……。
気付けばのバックパックは、プチ救急セットに成り果てた。
ちなみにハンカチとティッシュはポケットに入っている。
今ではすっかり背中が軽いと落ち着かなくなってしまった。
だからにとって少しの怪我や空腹くらい、どうと言うことはない。
それに加え、今日は母と姉が持たせてくれたおにぎりもある。
幸いにもまだ時間はあるし、手早く食べてしまうことにした。
「イタダキマース」
最近どうにも腹が減る。
10ヶ月で筋肉も体重も増え、背も伸びた。きつくなった学ランが少しだけ誇らしい。
二個目のおにぎりに手を出すか、水を飲んで終わりにするか、が悩んでいた時だった。
ぐう~、ぎゅるる。
盛大に鳴った腹の音に親近感を覚えつつ振り向けば、
「……タベルー?」
「えっマジで!?」
がっつり目と目が合ってしまったので、そう言わざるを得なかった。
「いやー悪い悪い助かったわ~、朝食って来たのにもうめっちゃ腹減ってきてさーー」
「あーあーあーそれわかる、おれ達そういうお年頃だよなあ。水もあるけどいる?」
「は? ヤッバ荷物クソ入ってんじゃんウケるわ」
人見知りしない同士だったからか、会話は妙に弾む。
もちろんお互い初対面だ。
(((アイツら受験直前になんでこんな所でおにぎり食ってんの??)))
という視線をグサグサ感じたが、は気にしないよう努めた。
これから全力で、本気で、勝ちに行く。
むしろ余裕ですと見せつけるくらいがちょうど良い。
そう、普通は会場前で、二人並んで仲良くもぐもぐなどしないのである!
それで言うと目の前でおにぎりを美味そうに頬張っている奴は、なかなかの大物に見えた。
世界総人口の約八割が、何らかの"特異体質"である超人社会において、髪色は多種多様。昔は校則で染髪を禁止する学校も多かったそうだが、そもそも地毛のカラーリングが豊富過ぎる昨今では廃れている。
地毛がどうかは知らないが、目の前の男はド派手な金髪、稲妻型に黒メッシュ。
それがよく似合っている、チャラそうだが人の良さそうな奴だった。
「ごちそーさん、ありがとな! んじゃ、お互い頑張ろうぜ」
「ドウイタシマシテー!! お互いガンバローネー」
バックパックを背負い直し、金髪黒メッシュとは軽く手を振って別れた。
これから向かうのは、実技試験の説明会場。
(腹ごなしに、とは流石に言えないけどなあ)
いよいよ、始まろうとしていた。