可愛いあの子がたくさんおまけをしてくれたおかげで、手荷物は、片手ではこぼれるほど。
ありったけの感謝と愛の言葉とキスとデートの誘いをおくったのに、可愛いあの子はつれない態度。まあまた今度ねと手をふってふられて、鼻唄と一緒に歩く。いい加減に顔なじみも多いから、その都度都度また手をふられてふって。
幾つも張り巡らされている階段をのぼったり、おりたり。こんな隅でもちゃあんと繁盛している土産屋と、レストランの傍を通り、すぐにお目当ての場所に辿り着く。
「Bonjour,なんだか久しぶりって感じ?」
(ぼんじゅー、みちちゃった)
「満ちちゃったかあ~」
笑いながら背中を石塀に預けた。その向こうは海だ。彼女は危なげもなくそこに座り、素足を投げ出している。
だから自然と見上げるかたち。
肌は白砂、髪は水面、瞳は泡、彼女は海。夕焼けに染まる今、その美しさを全てその身に映していた。
「でも格好がダメ! なにそのシーツ!」
(とんできた!)
「そうよね! お兄さん知ってた!」
きっと風がさらってしまったんだろう。端――彼女にすれば裾――は少し泥に汚れていたものの、まだ真新しいシーツ。
肩から羽織って、すっぽりと収まる姿はどこか子供じみていた。横に並び立てば、目線は同じか、もしかしたら今日は、彼女の方が上かもしれないのに。その体も、髪も、海と共に大きさを変える。
ここは、欧州で最も潮の満ち引きの差が激しいことで知られていて。引けば陸橋が現れて、満ちれば消える。
けれどすこうし昔に道を作ったら、どうやら彼女の流れを止めてしまったみたいで。滅多にここまで来てくれなくなった。今どうにかしようとはしてるけど、それにしたって、ずいぶん“満ちちゃった”ようだ。
海が近い。
久方ぶりにこの小島は、浮かんでいるように見えることだろう。
「おいで」
言いながら可笑しくなった。手を伸ばすのはいつもこちらの方なのに。
それでも、呼ばれていることがわかれば、いつでもこちらを向いてくれるのだ。
ただし、陸の彼女はこんな風に、のんびり。ぷらぷらと揺らしていた足を引っ込めて、一拍。体の向きを変えるのに、一拍。手を取って、引き寄せて、すとん。ようやく石塀からおりてもらった。
代わりに、じゃないけれど、彼女が座っていたところに手荷物をひとまず置いておく。
「はいバンザーイ!」
(ばんざーい?)
両手をあげてもらって、シーツまですとん。
と、落ちる前にさっと胸元で縛る。適当にねじって、花のかたちに。即席のドレスに仕立て上げた。
「うんうん、やっぱこうじゃないとね!」
(そうなの?)
「そうなの!」
きょとんとしたままの彼女を連れて、人通りの少ない階段を選んだ。そこに腰掛けて、たっぷりと長い髪を編んでいく。
その手触りを、言葉に言い表すのは難しい。人伝に聞いた話だと、海中に繋がっているとかいないとか。おそろしい。
「ほーんと長いね、髪長姫みたい」
(みじかくする?)
「あっ待って急に引き潮やめて?!折角だし!?お客さんも楽しんでるみたいだし!!」
おそろしい! 暮れなずむ金色を散らす青い髪が一瞬、ざわり、と動いた。見間違いなんかじゃない。彼女がその気になりさえすれば、たちまち遠のくことも、飲み込むことも容易かろう。。
そうして、長い長い波間を結った。
それから、置きっ放しになっていた手荷物を取って。
一つずつ挿していく。
「一緒のことなら、こっちの方がいいでしょ」
何を、とは彼女は聞かない。
聞こうともしない。
そんな考えさえ、持っていないかもしれない。
(ありがとう)
それなのに、返ってきた声音は、ひどくやさしく聴こえた。
そう言われたかったから。
きっと、そう聴こえたのだろう。
水面に浮かべた花びらは、すぐに萎びて沈んでいくとしても。
されるがまま、彼女は白百合を髪に咲かせていく。