第十二話 ハナちゃんの生い立ち(後編)

 すっかり酔っ払いのハナちゃん曰く、
・幽霊だけど何故か寝られる。
・一度寝ると全然違う場所で起きる。
・寝て起きる度に数十年と時間が経っている。
・何度目かの長いお昼寝から起きたら、また勇者召喚の儀式が行われた所だった。
・やっぱりブラック企業臭がしたけど、自分じゃ王様にくしゃみさせるので精一杯。
・どうなるのかなとハラハラしてたら、俺があっさり城から離脱。
・自分じゃ出来ないことを平然にやってのける! そこに痺れる憧れる!
・興味が湧いて思わず追いかけていったら、いつの間にか背後霊になっていた。
・その後、なんやかんやで転生した。

 なんやかんやって何?
『私ね、向田さんのあの時の笑顔、見てたんですよ。あの、申し訳なさそうなへらって感じの……たとえば面倒な先輩から誘われた飲み会をさも本当は行きたいんだけどどーーーーーしても今日は外せない用事があってすみません今度また誘ってくださいねと言いながら去り際にする笑い方!』
 お、俺そんな笑い方してたのか。
 そう具体的に言われると恥ずかしいんですけどハナちゃん。
『ああ、この人は、ここにいたらダメだってすぐに気付いて、それを行動に移せる人なんだなあってわかって……向田さんは、すごいです』
「そ、そう?」
『はい!!』
 ハナちゃんは目をきらきらさせて俺に笑いかける。尊敬の念っていうのかな、本当に俺のことをすごいって思ってくれてるみたいだ。
 い、言えねえぇぇ、まさかネット小説を読み漁ってたから状況把握がばっちりでしたなんて。
『お城から出た後、向田さんが改めてステータス確認してる時に、そう言えばそんなのあったなあって私も確認してみたら……な、何故か背後霊になってて……ほんとうにごめんなさい……!!』
「そ、そんなに謝んなくても大丈夫だから! なりたくてなったわけじゃないだし、ハナちゃんも被害者みたいなもんでしょ」
『うう……だってストーカーみたいじゃないですか……気持ち悪いかなって思って黙ってようと思ったんですが……」
 思いっきり口滑ってたよねハナちゃん。
 確かにずっと見られてたとしたら恥ずかしいけど、このハナちゃんの反応からして色々配慮してくれてそうだし、ホントにそこまで気にしなくいいんだけどなあ。普段無許可で遠慮なく覗いてくる女神たちもいるわけだし。
 ちなみに、その時のハナちゃんのステータスはこんな感じだったらしい。


 【 名 前 】 -----
 【 年 齢 】 -----
 【 職 業 】 背後霊 巻き込まれた異世界人
 【 レベル 】 -----
 【 体 力 】 -----
 【 魔 力 】 -----
 【 攻撃力 】 -----
 【 防御力 】 -----
 【 俊敏性 】 -----
 【 スキル 】 鑑定 アイテムボックス
 【固有スキル】 ステルス


 って名前は?
『えへへ』
 えへへじゃなくて。
「……もしかして寝てる間に忘れちゃったとかないよね?」
『なんで知ってるんですか!?』
 うん、なんとなくそんな気がした。
 だいぶハナちゃんについてわかってきたぞ。
 まず、めちゃくちゃ不憫。なのにのん気。闇堕ちして悪霊になっても可笑しくない仕打ちをされてるのに、寝るって何よハナちゃん。しかも今まで寝れなかった分て……ぐすっ。
 発動したらまず誰にも気付かれないって寂しそうだったけど、そりゃあ寂しいよ。今はちゃんとスキルが使えてるみたいだけど、発動してた方が正しいスキル、ってどんな気持ちで言ったんだろ。消えてる方が正しいなんて、そんな寂しいこと言わないでほしい。
 正確な年数はわからないけど、それでもハナちゃんがこっちの世界に呼ばれてから相当な年月が経ってるんだろう。もしかしたら数百年かもしれない。だって自分の名前を忘れちゃうなんてさ、普通は有り得ないもんな。
 今日ハナちゃんは数百年ぶりに自分の体を手に入れて、数百年ぶりに飯を食ったんだ。
 ……あれは、どっちも嬉し泣きだったんだな。
 ハナちゃんに気付かれないようにスンッと鼻をすする。危ない、ちょっと涙ぐんじまった。
『……だから私、向田さんが名前をつけてくれて、すごくうれしかったんです』
「うっ」
 ハナちゃんの笑顔が良心に刺さる。完全にその場しのぎで苦し紛れに絞りだした名前なのに……こ、心が痛ぇぇっ。
 俺が言葉に詰まってるのを察したのか、ハナちゃんは慌てたように言う。
『あっその、き、気に病まないでくださいね、経緯はどうあれ向田さんらしい名前でうれしいですし……』
「お、俺らしい?」
『はい! わかりやすくて向田さんらしくて、私はすきです!』
 ボロクソに言われがちな俺のネーミングセンスだけど、何にせよほんとに気に入ってるみたいでよかったよ……。
「ん? 経緯はどうあれって?」
『ハッ……、……あの……私、カレーリナの街あたりまで背後霊だったんです。その後なんやかんやで転生して、芽吹いてから少し経ってから、スイちゃんの念話だけ聴こえるようになりました』
 ほうほう。やっぱりその頃から記憶があるんだな。幽霊の時とは違って自由に見たり聞いたりは出来なかったと。
 んでなんやかんやって何?
『スイちゃんがハナちゃんって呼んでくれて、すぐ向田さんが名付けてくれたんだなってわかったんですが……そ、その……も、物が物なので……向田さんならきっとこっそり育てるだろうなって思って……だからスイちゃんにせがまれて仕方なく名前を付けたのかなって……』
 その通り。
 その通りなんだけど。
「も……物が物なので……?」
『も……物が……物なので……』
「…………」
『…………』
 オウム返しのあと、気まずい沈黙が続く。
 ハナちゃんは、俺がこっそり育てるだろうって見当をつけてた。っていうことは、ま、まさか……。
 恐る恐る俺はハナちゃんに問いかける。
「もしかして……俺が何育ててるか……知ってた……? …………っていうか買ってるとこ見てた…………?」
 頼む。
 頷かないでくれ。
『…………(こくり)』
 バレてる……。
 ハナちゃんのことをエロい目的で育ててたのがハナちゃんにバレてる……。
 俺がダッチワ〇フを育ててた男ってことも従魔に自分のダッチワイ〇を育てさせた男を飛び越えて未来のダッチ〇イフに名前を付けた男に成り果てたこともハナちゃんにバレてる……。
『あ、あの、ごめんなさい向田さん!!』
 ハナちゃんは悪くないし俺は穴があったら入りたい……。
『で、でも私は近くに転生出来てうれしいんです……ほんとうですよ。えっと……』
 ハナちゃんは一度深呼吸してから、ビール缶をぎゅっと両手で握った。
『……私、幽霊になっても、なんにもしなかった。出来なかったんです。いきなり連れて来られて、死んじゃって、怨んでないはずもないのに、風邪しか引かせられるような力しかない。自分のためにちゃんと怒る気力も、とっくに残ってなかったんです。ずっと寝てばっかりで、この世界にちっとも興味もなかったんですよ』
 ……そうか。
 ただのん気だったんじゃなくて、本気で、無気力だったのか。毎日気付かれないようにって生活してきたハナちゃんが、本当に、誰にも気付いてもらえなかった時。
 辛くなかったはずがないよな。
『でも、向田さんを知って、変わったんです』
「お、俺……?」
『はい。向田さんの後ろから見る街は、人は、景色は、新鮮で、たのしくて……私、はじめて旅をしてたんです。次はどこに行くんだろう、何があるんだろうって、わくわくしながら。向田さん初動があまりにもスムーズだなあとか、無事に王都から抜け出せるかな大丈夫かなあ、とか、ふふふ』
 ハナちゃんが思い出し笑いに顔を綻ばせて、本当に楽しかったのが伝わってくる。
 ハナちゃんだって、スキルさえ発動してなければ旅に出てたかもしれない。違う未来があったかもしれない。でも全部始まる前に終わっちまった。
 そんなハナちゃんが、知らないうちに俺と旅をしてた。それも、こんなに楽しそうに。
 ……俺、ネット小説読み漁っててよかったなあ。グスッ。
『フェル様にはびっくりしたんですけど、すっごいもふもふでかっこよくて……それに、あの生姜焼き! ほんとうに……ほんとうに、おいしそうで。すごく食べたくなって。でも……ああ、私はもう二度と食べられないんだなって、その時はじめて気付いたんです』
 生姜焼きを食べるハナちゃんを思い出して、俺は涙を堪えるのに必死だった。
 なんてことのない普通の生姜焼きでも、ハナちゃんには特別だったんだな……。
『向田さんのレベルが上がったり、魔法が使えるようになったり、スイちゃんが仲間になったり。大変なこともあるけど、たのしそうで。みんなで食べるごはんは、おいしそうで……羨ましかった。いつの間にか、私も〝そこ〟に行きたいなんて……思っちゃったんです。もう遅いのに』
「スン……」
 な、泣いてないっ、泣いてないぞっっ。ハナちゃんも堪えてるってのに俺が先に泣くわけにはいかない。
『そう思い始めたら、どんどん体が消えていって、何も見えなくなって……創造神様の声が聴こえてきたんです。やっと転生させてあげられるって。転生させるには、転生者の力が……想いが必要なんだそうです。私にはなんにもなかったから、出来なかったって言われちゃいました』
 ハナちゃんがあんまり空っぽ過ぎて、成仏も転生も無理だったってことか。神様もただ傍観してたわけじゃなくてちょっと安心した。
 ハナちゃんは眩しそうに顔をくしゃくしゃにして笑った。
『私がもう一度って思えたのは、私が転生出来たのは、向田さんのおかげなんです。ほんとうに、ありがとうございます』
『グスッ……ウッ……どういたじまじで……』
 俺は泣いてないぞ。これは違うから、盛大に目にゴミが入っただけだから。
『あの、それで、だ、だから……わ、私も一緒に、連れてってください!!』
 ふぁっ?

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