第十四話 何はともあれ買い物だ

 俺が目を覚ましてから真っ先に視界に飛び込んで来たのは、至近距離で眠るハナちゃんの顔だった。ハナちゃんはスイを抱きしめてすうすう眠っている。
 既視感。
 な、なんでベッドの上なんだ? 俺床で寝たよな??
 っていうか昨日そういう目で見ないって誓ったばっかりなんですが。近い、近すぎる、あといい匂いがするっっ。そこで身じろぎしないでほしい、シャツの間から今度こそ見え……見…………見ないぞ。俺は見ない。見ません。見てません。
 俺は鋼鉄の精神でそろりと布団から抜け出した。
 はぁ~、顔洗って頭冷やそ。あ、あとトイレも……違うこれは……そういうんじゃなくて……男は朝の生理現象には勝てないんです……。
『おはようあるじー』
『向田さん、おはようございます』
「おはようスイ、ハナちゃん」
 身支度を済ませて部屋に戻ると、二人とも起き出していた。ベッドに腰かけたハナちゃんの膝上にスイが乗ってる。あ、しかも布団畳んでくれてるよ。ありがたや。
『き、昨日は飲み過ぎてしまったようで……すみませんでした……』
「いやいやいや! 俺が飲ませたようなもんだし!!」
 深々頭を下げるハナちゃんを慌てて止めた。この様子じゃ俺が一緒に寝てたことは気付いてなさそうだ。よ、よかったのかなんなのか。えー、俺夢遊病の気でもあったかな。
 ハナちゃんは酔い潰れちゃったことがよっぽど恥ずかしいのか、膝の上のスイをモチモチし始めた。スイはスイでされるがままになってるし、むしろ喜んでるっぽい。うーん、やっぱり可愛い×可愛いは超可愛いだな。
 いや違う、和んでる場合じゃないぞ俺。
「今日はまずハナちゃんの衣服などを揃えたいと思います」
『えっ? でも』
「今日はまずハナちゃんの衣服などを揃えたいと思います」
『?? よ、よろしくお願いします……?』
 ハナちゃんのことだからまたみんなの飯を優先しようとしてくれてるのはわかるよ、わかるけどさ、もうダメです。俺がもちません。今朝もヤバかったです。
 幸いいつもより早起きだし、フェルもドラちゃんもまだ寝てるだろ。
「スイも朝飯まだ待てるよな」
『ハナちゃんのお買い物するんだよね。うん、スイ待てるよー』
『ありがとうスイちゃん』
 ハナちゃんがお礼を言いながら膝上のスイを撫でる。スイも嬉しそうにプルプル震えてる。すっかり仲良しだなあ。
「あ、そうだ。試してほしいんだけど、これって触れる?」
 ちょっと照れくさいけど隣に座って、ハナちゃんにも見やすいようにネットスーパーのウィンドウを広げた。ハナちゃんが頷いて指を伸ばすと……あー、やっぱりダメか。スカッとすり抜けちまった。
 スキル所有者じゃないと使用出来ないのか、それともハナちゃんが人間じゃないからか? まあこれ以上検証しようがないか。
 ハナちゃんはハナちゃんで『すり抜けるのが当たり前だったんで逆にしっくりきました』とか笑うし。いやそれ笑えないからね!?
『……あの、不躾なお願いなんですが、このシャツこのまま頂けませんか?』
「え? それは全然構わないけど……」
 ハナちゃん曰く結局はこの世界の服を用意しなくちゃいけないんだったら、ネットスーパーで新しく購入してもらうのは気が引ける、だそうで。むしろ俺はモドキを購入した金貨10枚くらいハナちゃんに使わせてもらわないと気が済まないんですが。マジで。
「じゃあ後で服屋に行くとして、他に必要な物を買っていこうか。ダンジョンのドロップ品もかなりあるし、ほとんど買取してもらう予定だから、遠慮しないで」
 絶対遠慮すると思って先手を打つと、予想通りハナちゃんはしきりに恐縮して何度もお礼を言われたよ。『わ、私もがんばりますね!』ってガッツポーズされたけど、何を頑張る気なんだ?
 ま、まさか……ダッチワ〇フとして?
 い、いやいやいやいや。だからそういうことしないってば。あかん、頭がソッチばっか考えちまう。落ち着け俺。
 気を取り直して、どんどんカートに入れていく。
 まずは寝具と日用雑貨だ。枕と敷布団と毛布、歯磨きセット、ボディタオルにミルク石鹸。
 もちろん石鹸置きも買ったし、フェイスタオルもバスタオルもまとめ買いした。ハナちゃんもアイテムボックス持ちだから便利だな。いちいち俺が渡さなくても大丈夫だし。
 この間キシャール様にもご所望されたシャンプーとトリートメントとヘアマスクはハナちゃんに好みを聞いて、香りはジャスミンリーフってやつにした。さらに豚毛のヘアブラシなんて物もあったからそれも購入する。髪は女の子の命って言うしね。
 シャンプーとか洗い流すやつと違って肌につけるスキンケア用品は、なんせ植物だからという理由で様子見するそうだ。というかスイの水やりのおかげなのか、アルラウネの体のおかげなのか、覚えてる限り人生の中で最高の肌状態だそうで、逆に怖いってハナちゃんがガクブルしてる。
『スイのおかげなのー? うふふ~。ハナちゃん、お水いるー?』
『……ありがとうスイちゃん。えへへ。お水いるー』
 可愛い×可愛いは以下略。
 しかし最高な状態なのに怯えるって、多分だけど生前の社畜時代ハナちゃん、スキンケアもろくに出来ない毎日だったんじゃないか?
  ……ハナちゃんがスイに水やりされてる間に、俺はそっとすぐ使い切れるようなトラベルセット(ミニサイズの化粧水・乳液・洗顔のセット)とフェイスマスク数枚をカートに追加した。
 あとはお箸を始めとしたカトラリーセット。食器も新しく用意しようとしたけど、今使ってる物でいいですよって断られた。みんなと一緒の方が嬉しいんだそう。そっか~ってニコニコしちまったよ。
 そしていよいよ衣料品コーナーだ。つ、ついに来た……ゴクリ。
 とりあえず当たり障りない靴と靴下から見ていく。厚手のタイツがまとめ売りで安くなっていて、もしかしたら寒さに弱いかも、って話になった。植木鉢の時のハナちゃん、観葉植物そっくりだったしな。ああいうのって熱帯・亜熱帯原産が多いから、暑さには強いけど寒さには弱いって聞いたことがある。
 色違いで白と黒の厚手のタイツを5足ずつ購入っと。
 靴はスニーカーやパンプスばっかりでどうしたもんだと迷ってたらよさそうなのがあった。じゃーん、レインブーツ。しかも見た目はオーソドックスなレースアップブーツだ。なかなかお洒落だし、これならこっちの世界にも馴染むし、防水ってのもいいよな。
 次にハナちゃんのリクエストで、シンプルなベルトを1本。細目で、穴の空いてないどこでも留められるタイプのやつ。確かに使い勝手がよさそうだ。ハナちゃんがウキウキしてるところを見ると、もうどう使うか考えてるみたいだな。
 うんうん、楽しそうで何より。
 頷きながらスッとページを移動させたらレディースランジェリーコーナーだった。
「ブフォッ」
『あるじ大丈夫ー?』
『……アッハイ……オソレイリマス……スミマセン……』
 お、思わず吹き出しちまったぜ。純粋に心配してくれるスイたんとハナちゃんのカタコトが心に刺さる。
 さて、どうするか。
 やましい気持ちはこれっぽっちもない。これっぽっちもやましい気持ちはないけれど、これ以上ハナちゃんをノーパンノーブラでいさせないためだ。
 ここは心を鬼にしてスリーサイズを教えてもらうしか……
『……向田さん』
「は、はいっ?!」
 こ、声が裏返っちまった。出来るだけさり気なくハナちゃんの方に振り向こうとしたら、身に覚えのあるしっとりモチモチが顔面と手首に巻き付いてくる。
「え、あれ? え? は、ハナちゃん?」
 流石にもうわかる、ハナちゃんの蔓だ。顔面の蔓はアイマスクみたいに目隠し、手首の蔓は手のひらを這って指先まで伸びて、俺の人差し指を立てた状態で固定する。
『ご了承……ください……』
「アッハイ」
 こうしてハナちゃんのプライバシーは当初の予定通り守られたのでした。
 でも目隠しされてる途中で、
『お花の模様かわいいねー』
 とか、
『ちょうちょ結びー』
 とかスイたんが言うから……
 俺は……俺は…………俺は………………。
『えっと、お、お待たせしました』
「ハッ」
 意識を宇宙に飛ばしてた俺は、ハナちゃんの声で我に返った。危ねぇぇ、悟りの境地まで行くとこだったぜ。
 いつの間にか蔓からすっかり解放されてて、ネットスーパーのウインドウは最初の画面に戻ってた。カートに入ってる数は……うん、増えてるね。
「も、もういいの?」
『は、はい』
 ぎこちないような気恥ずかしいよな空気が流れているのがわかる。さ、さっさと精算しちまおう。俺はなるべくカートの中身を見ずに注文を確定した。
 あっという間に部屋は段ボールでいっぱいになった。
「じゃ、じゃあ俺昨日と同じ中庭で朝飯作ってるからっ。スイはハナちゃんが開けた段ボールよろしくなっ!」
『はーい』
『あっありがとうございますっ!!』
 逃げるようにそそくさと部屋を後にした。
 ダメだってわかってるのにっ、あんなの絶対下着姿のハナちゃん想像しちゃうだろっっ。
 はぁ~、意志薄弱だな俺。
 邪念を払うようにひたすら無心で朝飯作ったよ。何も知らないフェルとドラちゃんに『朝から豪盛だな!』『うむ、いつもこれくらいで良いのだぞ』って言われる始末。
『あるじーハナちゃん準備出来たよー。ご飯ー!』
『フェル様、ドラくん、おはようございます』
 き、気まずい。下着姿を想像してしまった手前、上手くハナちゃんの方を見れない。幸い朝食を用意してる途中だから、いかにもそっちに集中してますよ~って装えるから助かった。
『あの、向田さん』
「な、な、何!?」
 うう、思いっ切り声が上擦ってしまった。
『さっきちゃんとお礼が言えてなかったので……ありがとうございます、向田さん。私……その、が、がんばりますね!』
 だから何を頑張っちゃうんだよぉぉっっ!!
 俺の邪念、なかなか払えねぇ。ガックリ。

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