第二十九話 アロマテラピーの使い道

 冒険者ギルドに行って、昨日フェルとハナちゃんが狩ってきてくれた鳥肉とオークの解体をお願いしたら、仕事をサボりたいエルランドさんに捕まっちまった。
 元はと言えば俺が大量に買取品を持ち込んだせいで忙しくなったんだけど、ギルドマスターなんだしサボってる場合じゃないから、そりゃ副ギルドマスターのウゴールさんもブチギレるよね。
 ウゴールさんが怒鳴り込んできた時、繋いでた蔓がびくって震えて、ハナちゃんが動揺したのが俺にはわかった。多分、社畜時代に抱えたトラウマのせいだよな……。つれぇ。俺には蔓を握り返すことしか出来なかったぜ。
 ――という経緯があったもんだから夕食後、仕込み作業の手伝いを申し出てくれたハナちゃんに、改めてウゴールさん……というかエルランドさんについて聞かれたのはちょっと意外だった。
 転生する前でハナちゃんが知らないエピソードと言ったらアレだ。ドラゴン肉。
 ドラゴン肉を食べるためにサボったエルランドさんの話。トラウマが再発しないか心配しつつ話したよ。だって仕事丸投げとかさ、絶対地雷でしょハナちゃん。
 黙々とミンサーを回すハナちゃんが、眉間に皺を寄せた思いっきり渋い顔で言う。
『ウゴールさんのストレスが……心配です……』
 か、感情移入がすごい。
 ダメ上司にちょくちょく仕事を押し付けられるウゴールさんに、思うところがあるんだろうな……。てかエルランドさんの存在自体、ハナちゃんの精神衛生に悪くね?
 ウゴールさんのためにもハナちゃんのためにも真面目に仕事して欲しいわ。
 確かに抱えてるストレスは相当だろうな~。
「ウゴールさんみたいな人にこそ、アロマテラピーが必要だよね」
『はっ……! 向田さん、それです!』
 え、どれ??
 昼間のスキル検証と練習を思い出しただけなんだけど。
 大量の味噌漬けとひき肉を作り終えると、早速ハナちゃんの思いつきを試してみることにした。
 ベッドに座ってネットスーパーのウィンドウを一緒に覗き込む。
 ハナちゃんが思いついたのは、アロマテラピーのスキルを使って香り袋を作ること。
 どれくらい匂いが持続するかわからないが、ダリルとイーリスにはしっかり効いてたし。ウゴールさんが少しでもリラックスしてくれたら嬉しいよな。
 購入するのは、香りをつけるためのドライフラワーとそれを入れる袋だ。
『う、売ってる……! ネットスーパー様様です……』
 正直ドライフラワーなんて売ってんのか? って思ったけどギフト用のブーケが売ってたわ。流石です。小さいけどギフト用だからかちょっとお高めの銀貨5枚。袋はラッピング用のリボンがついてる巾着タイプにした。少し粗目の不織布だから十分だろう。こっちは5袋セットで銅貨5枚だった。
 あとは中のドライフラワーが何かの拍子で飛び出してこないよう、袋の中の袋……と探してたらこれだ! ってのがあったよ。茶葉を入れる使い捨てパック。
 これなら香りの邪魔もしないし、目が細かいから外に漏れる心配もないし。ただどれも100枚とか150枚入りだったから、今度これを使ってお茶を飲もうねって話になったよ。これは銅貨2枚だった。
『じゃあ、これでお願いします』
 そう言ってハナちゃんが俺に銀貨と銅貨を渡してくる。昨日の狩りに対する報酬として、今日の買取金の中から俺がハナちゃんに渡したやつだ。
 まあ最初は頑なに拒否られたよね。『私だけ受け取れないです』ってさ。俺は頑張って説得したよ。俺の従魔になってるとは言え、ハナちゃんには普通の女の子として、一人の人間として生活していって欲しい。そのためにも、自分で自由に使えるお金は絶対あった方がいいってね。
 本来なら狩った取分がそれぞれに配当されるんだろうけど、皆は素材や金銭に興味ないし、その代わりに肉(と俺が用意する食事)が配当されてる状態だよな。今更お金いる? って聞いても『我には必要ない。それより肉だ』『あるじのご飯がいいー』『俺もー。美味い飯が食えればいいしな』って当然のように返された。ですよねー。
 だからこれはハナちゃんが受け取るべき正当な報酬です、ってゴリ押しして、なんとか受け取ってもらったよ。まあハナちゃんも頑固だから、『せめて食費と生活費は……差し引いてください……!』って半分返されたけどね。多いって。
 そういうわけで今後ハナちゃんが狩ってきた魔物の買取金は、5:5で分けることになった。
 金額がわかりやすいように、フェルたちが狩ってきた分とハナちゃん分は別途買取・清算してもらえばいいよな。
 いつものように購入ボタンを押して段ボールが出現すると、ハナちゃんが深々お辞儀してきたんで俺も釣られて頭を下げた。
『ありがとうございます、向田さん』
「いえいえ。ウゴールさん、喜んでくれるといいね」
 ちょっとウゴールさんが羨ましいぜ。
 作業はまずハナちゃんがドライフラワーのブーケを風魔法で巻き上げ細かくする。俺はブーケが入ってた袋の口を広げて持ってただけ。オニオンスライスの時みたいに、粉砕されたドライフラワーが綺麗に袋の中へ入ってったよ。
 それからアロマテラピーの出番だ。昼間練習した時と同じように、ハナちゃんが『むん……』と気合いを入れると、部屋がラベンダーに似た匂いで満たされていく。どうせなら長く使えた方がいいってことで、念じに念じて匂いを濃く強くしていったところで、ハナちゃんが風魔法を使う。匂いを吹き飛ばすんじゃなくて、一か所にかき集めるんだって。強い風を感じたかと思うと、一瞬で匂いが消えていった。目には見えないけど、部屋の真ん中に風の塊が出来てるのが肌でわかる。すげぇ。
 ベッドに座ったまま集中して風魔法を維持しているハナちゃんに代わって立ち上がる。
「この辺だよね」
『はい、お願いします』
 ハナちゃんが軽く両手を前に出した先に、風の流れを感じるぞ。俺がドライフラワーの袋をゆっくり傾けていくと……おぉ、綺麗だな。風の塊は球状で、ビーチボールくらいの大きさだった。吸い込まれてった花びらが、中でくるくる回ってる。香りが移るようにしばらくそのままだ。
『もういいでしょうか?』
「一旦確かめてみようか」
 袋の口を開くと、ゆっくり花びらが戻ってくる。風魔法、コントロール完璧だな。
 そしてこれは……大成功でしょ。
 袋持ってるだけでめちゃくちゃいい匂いが漂ってきてます。
 材料があるから折角だし俺も1個作らせてもらう。5色セットで全部配色が違って、俺が手に取ったのはオリーブグリーンの袋に茶色のリボンのやつだった。なかなかシックでお洒落なんだけど、なんかこれ、いつも俺が着てる服に似てて笑うわ。
 お茶パックの底を広げてドライフラワーを入れてっと。折り返し部分をくるっとな。更に念のため紐でも口を縛ることにした。チャーシューとか縛る蛸紐なんだけどさ。ま、まあ中身が零れるよりいいよな。袋に入れちゃえばわかんないし。
 お茶パックならぬドライフラワーパックを詰めて、巾着袋のリボンをきゅっと絞って結んだら出来上がりだ。
『出来ましたっ!』
 お疲れ様でした。ハナちゃんも出来栄えに満足げだ。うんうん、よかったね。これ、持ってるだけで落ち着くわ~。安らぎが半端ない。枕元に置いたら安眠間違いなしじゃないか?
 思わずちら、と寝てるスイを見た。ハッと意図に気付いたハナちゃんが、そっとスイの横に香り袋を置く。
『……うふふ~』
 むにゃむにゃ寝言を呟いたスイちゃんが、幸せそうにでろんとなった。
 アロマテラピーの効果、ばっちりです。
『や、やりました……!!』
「あぁ、やったな……!!」
 俺たちはスイを起こさないように音が出ないようハイタッチする、という器用な芸当で喜びを分かち合った。
 作った香り袋は俺が責任をもって渡すことにしたよ。預かろうとしたら、ウゴールさんにって選んだ紺の袋に白いリボンの物じゃなくて、違うやつを渡された。これは黄緑色の袋にピンクのリボンだ。あれ?
『……あの、よかったら記念にひとつ受け取って頂けませんか? 一緒に作ったもので恐縮ですが……』
 お、俺にかーっ。有難く頂戴致します。ハナちゃんの手作り、ゲットだぜ。配色もなんとなくハナちゃんの蔓と花みたいで可愛いぞ。
「そうだ、一応鑑定もしておこうか」
『はい! ………………え?』
 な、何その反応。鑑定。


【 アロマテラピーサシェ 】
 アロマテラピーが付与されたサシェ。心身ともにリラックスさせ、所持者の体力・魔力を1時間ごとにおよそ8%ずつ回復させる。使用期限は約1年。


 …………え? すごくない?? 持ってるだけで体力も魔力も回復してくとか。しかも1年て。常に懐にでも忍ばせといたら……ってダメか。リラックスし過ぎて仕事も戦闘も出来なさそう。
 でもそれこそ寝る時とか枕元に置いとけば、ぐっすり眠れるし回復も出来て最高じゃん。
『……向田さん、もしかしてこれ……売れちゃうやつですか……?』
「……売れちゃうやつですね……」
 しかもすごく売れちゃうやつだ……。
 ハナちゃん、背後霊の時に俺が石鹸やらシャンプーやらの詰め替え作業にヒイヒイ言ってたのを見てたよね。大変さが容易に想像出来たんだろう、若干顔が引きつっている。二人してアハハウフフって笑っちまったよ。
 ハナちゃんの定期収入が見込めそうなのは喜ばしいんだけどねぇ。

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