第三十話 ドギマギした

 次の日俺たちは冒険者ギルドの後に、商人ギルドに向かっていた。
 まさか買取品が多すぎて商人ギルドの方にも売って欲しいって言われるとはなぁ。
 案内してくれるウゴールさんについていきながら、ハナちゃんと念話でひそひそ話す。
『さ、早速だったね……』
『早速でしたね……!』
 ちょうど今朝、やっぱりドランの街でハナちゃんのギルド登録をしておきたいねって話になったんだよ。
 ハナちゃんが街中でスキルを使うのは姿を隠すことが目的じゃなくて、あくまで喋れるようになるまで会話を避けるためなんだが、こればっかりは早目に済ませておきたくて。
 何故かって俺が門番にギルドカードを提示する度に、ハナちゃんが『だ、脱税では……?』って気にしてるんだよな~。一昨日も昨日も狩りやらスキル練習やらで街の外に出てるからさ。
 ステルスを使い続けてたら一切払わなくてもバレないのにねぇ。悪用しようと思えば出来ちまうスキルなのに、真面目というか律儀というか、ハナちゃんらしい。
 まあでも俺だってバレなくても後ろめたいのは嫌だし、出来ることならちゃんとしてたいって気持ちわかるなぁ。
 ちなみに払ってない分はドランの街を発つ時にでもまとめてこっそり置いてくんだってさ。正規の手順を踏もうとするハナちゃん、偉い。
 毎回こっそり払ってくって力技も出来なくないが、入国料も通行料も塵も積もれば何とやらだ。次の街から免除してもらうために、ひとまず商人ギルドだけ登録しようってことになったんだよ。解体や買取は引き続き俺がお願いすればいいし、冒険者ギルドは依頼の受付期限とか何かと制限があるからな。
 だから今日か明日にでも折を見て商人ギルドに行くってことで話がまとまったんだが、早速商人ギルドに行く用事が出来るとは……。
 打ち合わせしといてよかったぜ。
 ハナちゃんの出身国とか喋れない理由とか、表向きの設定を二人で考えたんだよね。しっかりと口裏を合わせました。
 無口の恥ずかしがり屋さん設定、喋れるようになってからだと無理が出るからな。もう訪れない街なら気にしなくていいんだが、ドランの街はそうもいかない。ちょっと癪だけど今後もドラゴン肉の解体はエルランドさんに頼らざるを得ないだろうし。
 商人ギルドで買取品の話が終わったら、タイミングを見計らってハナちゃんのギルド登録をしてもらうぞ。

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 アドリアーノさんとルスランさんが部屋から出て行くと、俺とウゴールさんがほとんど同時にふ~と息を吐いた。す、すごい緊張感だったな。一番綺麗だとは思ったけど、世界最高峰とか言われてもすごすぎてピンと来ないぜ。
「お疲れ様ですムコーダ様。あの様子ですと協議に時間がかかりそうですな……」
 全部は無理だろうしなぁ。ゆっくり待ちますか。
 お、そうだ。ウゴールさんにアレを渡すなら今じゃないか?
『ハナちゃんハナちゃん、今渡しちゃっていいかな?』
『も、もちろんです、よろしくお願いしますっ』
 ドキドキしてるのかハナちゃんの念話の声が上擦ってら。
「あのウゴールさん、突然で恐縮なんですが実はお渡ししたい物がありまして……」
「私にですか?」
 俺はアイテムボックスからハナちゃんお手製アロマテラピーサシェを取り出した。きょとんとしてたウゴールさんだったが、すぐにうっとり目を閉じる。うむ、効果は抜群だ。
「おや……何ですかなこれは、まるで花畑の中のような……とても心安らぐ香りですね」
 フフ、そうでしょうそうでしょう。
 これ以上匂いが外に漏れないように、あらかじめ用意しておいた木箱にサシェを入れた。鑑定結果を見た限り、匂いを嗅がなきゃリラックスする効果は出ないはずだ。仕事中なのにリラックスし過ぎたらウゴールさんも困るもんな。
「私は辺境の小国出身なのですが、同郷の者とこの街で偶然再会しましてね。昔話や近況報告に花を咲かせているうちに、お世話になっている冒険者ギルドの話になりまして……これを渡して欲しいと預かってきました。癒しと安眠の効果があるので、是非お使いくださいとのことです」
「なんと……いやはや、見ず知らずの方にまでお気遣い頂くとはお恥ずかしい限りです。有難く頂戴いたします」
『いえっこちらこそ急にすみませんウゴールさんっ、お疲れ様です……』
 ウゴールさんが深々と頭を下げて受け取ってくれたよ。エルランドさんの前で渡さなかったし、どんな話をされたか察してくれたっぽい。お疲れ様です、ウゴールさん。残念ながら今のところエルランドさんの分はありません。
 ステルスで消えてるからわかんないけど、多分ハナちゃんも一緒に頭下げてんだろうな。
「私も同じ物を頂きまして、枕元に置いてみたんですが快眠でしたよ」
 回復効果は元々体力も魔力も減ってなかったからわからんかったが、心なしか肩とか腰が軽いような気がするんだよな。
 アロマテラピーサシェ恐るべし。
 ウゴールさんは今夜にでも早速使ってくれるってさ。よかったねぇハナちゃん。もしよければ本人に感想を伝えたいから、何かあったら教えて欲しいって頼んでおいた。
 ……実はアロマテラピーの効果ってちゃんと検証出来てないんだよな。悪いモノじゃないから大丈夫だと思うんだが、どうにも俺にはハナちゃんのスキルが効きにくいみたいだし。実験台にするようでちょっとアレだが、ま、まあ何はともあれウゴールさんが癒されてくれたら万々歳だよね。
 後は協議が終わるのを待つだけなんだけど、手持無沙汰でいると商人ギルドの職員の人が紅茶を置いてってくれた。ウゴールさん曰く、最高級の紅茶らしい。確かにウメェ。
 これ、ハナちゃんにも飲ませてあげたいな。ペットボトルでも飲んでたし、紅茶好きだよね。
「すみません、もうカップ一つ分紅茶を用意して頂けますか? 少し従魔に分けてやりたくて」
「え? それはもちろん構いませんが……」
 怪訝そうにしながらも、商人ギルドの職員の人はすぐお茶を出してくれた。俺はどうやら上客みたいだし、たまにはこのくらいワガママ言ってもいいよな。職員の人が出て行くのを見送ってから、俺はソーサーごと持って立ち上がる。ウゴールさんはとくにこっちを見てないけど、背中を向けて隠すようにした。
『ハナちゃん、ハナちゃんのステルスなら受け取った時点でカップも見えなくなるよね?』
『え? はい……ってその紅茶、私にですか!?』
 他にいません。他の皆は全員寝てるし、誰も興味も示してないし。
『いやこの紅茶めちゃくちゃ美味くて、飲んでみてほしくてさ』
『あ、ありがとうございます……!(向田さんやさしい……!)』
 すぐにカップとソーサーはふっと消えた。うーん、何度見てもすごいスキルだな。
 案の定『……わぁー!? ほんとうですね、この紅茶すっごくおいしいです向田さん!!』と絶賛するハナちゃんの念話に、俺はにやけ笑いを堪えるのに必死だった。絶対喜んでくれると思ったけど、蔓でぐいぐいと服の端を引っ張られて、予想以上のはしゃぎっぷりだ。ナイスリアクション、ハナちゃん。
「従魔に紅茶とは、ムコーダ様はお優しい主人ですな」
『そうなんですよウゴールさん!!』
「ブフォッ……そ、そうですか?」
 思わず吹き出して笑っちまった。念話が聞こえないウゴールさんにまで合いの手みたいにすかさず返事って笑うでしょ!
 誤魔化すように紅茶をすすると、
『……そうですよ。向田さんは、いつも、やさしいです』
「……ゴクン」
 すぐ傍からハナちゃんの声が聞こえたような気がして、味わう前に紅茶を飲み込んじまった。
『……それは、ど、どうも……?』
 俺にはハナちゃんがどこにいるか全然わからない。
 花の匂いがするのは相変わらずだけど。
 なんでだろうな、フェル曰く気配や魔力や匂いも感知出来なくなるって言ってたのに。ハナちゃんのスキルが効かなかったみたいに、主人補整でもあんのか?
 まあ多少匂いがしてもフェルみたいに鼻が利くわけじゃないから、結局場所は特定出来ないわけで。
 それなのにすごく近くに感じて、しかも、ハナちゃんの声が……ね、熱っぽく聴こえたような……? い、いやいやいや。そ、そんなわけないだろ。
 とか考えてたらつん、と指先をつつかれる感触がして、反射で浮かした手のひらの内側に蔓が滑り込んできた。きゅ、と軽い力で繋がれる。
「おや、少し顔が赤いようですが」
「そ、そうですかっ? ハハハ、やはり緊張してるみたいで」
「ははは、ムコーダ様ほどの冒険者が何をおっしゃる。しかし、あれだけの素晴らしいものですからね。鑑定士の方の緊張が移りましたか」
「ハハハ……」
 こ、これはアレだよな、いつもの、いつものステルス使ってる間の私はここにいますよ~っていうただのハナちゃんの慎ましやかな自己主張だわかるな向田剛志、か、勘違いするんじゃないぞ。
『……♪』
 いつの間にか空になったカップが机に置かれてたけど、しばらく俺はそれに気付けないほどドギマギさせられたのでした。

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