閑話 フェル様簡易ブートキャンプ

 狩りにお出かけになるフェル様に頼んで、一緒に連れ出してもらいました。
 フェル様は風のように駆けていく。
 きゃー! かっこいい!!
 正直、ただのファンです。最初の登場シーンで痺れましたからね。背後霊の時に魔物を見ても、「おっきい猪だなー」とか「絵に描いたようなゴブリン!」とか、雑な感想しか思い浮かばなかった私ですら、身震いしたもの。
 霊的な存在だったせいもあるかもしれない。幽霊の私は、ほんとうに見ることしか出来なくて。触れもしないし、あたたかさや寒さ、向田さんの料理のにおいもわからなかった。
 でもフェル様は違った。空気がふるえるようなプレッシャーを、びりびりと感じ取ることが出来た。伝説の魔獣ってすごい、私は改めてそう思った。
 しかも現れた理由が生姜焼きっていうのが……最高ですよね! わかる! 向田さんの生姜焼き美味しそうだったし実際に美味しかったし、うん、美味しかったなぁ!
 ご本人には不敬なので言いませんが、食べ物に釣られちゃうフェル様、かわいい。かっこいい上にかわいいを兼ね備えている、流石です。
 そんなフェル様の背中に乗ることを許して頂いて、ほんとうにありがたい。しかも洗い立ての毛並みは、すべすべさらさらでしっとりきらきらのもふもふ。
 ……私、生きててよかった。向田さんと創造神様に感謝です。ありがとうございます、ありがとうございます。
『む? 早速手頃な獲物がいるな。どれハナ、やってみろ。こうやってこうだ』
『は、はい! ……はいっ!?』
 無茶ぶりが過ぎません?
 向田さんリクエストの鳥肉、もといロックバードに向かってフェル様が風魔法を炸裂させた……と思ったら、倒れたのは隣の木の方だった。お手本てことですね。
『こ、こうやってこうですか……?!』
『うむ、回転を加えると更によいぞ』
『回転ってなんですか!? あっ出来ました!! なんで!?』
 いやほんとうになんで……? 風魔法を使ってるフェル様に触っているから……?
 思ったよりも簡単にロックバードを倒すことが出来た。なんだか納得いかない。私よりも、私の体の方がわかってるみたい。ううん、悔しい。
『ハナは転生者だからか、通常のアルラウネより魔力操作に長けているようだな』
 転生者補整、便利過ぎませんか。そもそも『一応アルラウネ』の一応ってなあにって話だし、普通のアルラウネには当てはまらないのかも。
『どれ、次だ。一度降りるがよい』
『はいフェル様』
 私は体感5分ぶりに地面に降りた。そう、まだたったの5分くらい。それでも凄まじい速さで移動されてたので、向田さんたちのところからはかなり離れてると思う。すっごく速かった!
 背後霊の時は勝手に付かず離れずの一定距離を保つっていう、謎の自動追尾機能みたいなのがついてて、それはそれで楽しかったけど。
 やっぱり、肌で風を感じるって、感触があるって、うれしいなぁ。風圧さえもうれしかった。意外と耐えられたし、実はちょっとジェットコースターみたいで楽しんでしまった。ふふふ。
『まだまだ我の足元には及ばんが、ひとまず風魔法はこのくらいにしておくか。体の使い方を覚えたいと言っていたな、そちらを始めるぞ』
『え? 魔法はもういいんですか?』
 背中の上からちょこちょこ飛ばしてただけなんですが……?
『魔法は素地があるようだし、その程度で十分だろう。伸びしろはあるがまだ魔力も少ないのでな。それよりもその蔓は勝手に火に臆したであろう? 耐性がないとは言え、御し切れんというのはいかん』
『フェル様のおっしゃる通りです。確かに、私の意思とは関係なく動いてました』
『恐らく人間であった魂とアルラウネの肉体がまだ馴染んでおらんのだ。己の体だとしっかり意識して振るうが良い』
『はい!!』
『では今の話を踏まえてあれを狩るぞ。ハナだけで仕留めるのだ』
 ……つまり肉弾戦をしろってことですね!
 あれというのはコカトリスだった。引き続き、向田さんリクエストの鳥肉です。
 周りには既にフェル様がサクサクッと仕留めたコカトリスが数匹倒れていて、わざわざ私のために残してくださった1匹だ。フェル様おやさしい。生き残りは仲間の屍とフェル様を前にして、蛇に睨まれた蛙状態。ごめんね。おいしく食べるからね。
 コカトリスとの距離は5メートルくらい。
 ええと。私の蔓自体は力も強いし、丈夫だし、伸縮自在だし、火にさえ気を付ければ色んな使い方が出来る……そうだ。
『えいっ』
 なるべく速く長く! と蔓に念じた――ら。
 びゅわわわわっ!! ってすごい勢いで射出されて、コカトリスをあっという間に雁字搦めにしてしまった。ぎゅるんぎゅるんだ。蔓はどんどん伸びていって、コカトリスはすっかり覆いつくされてしまった。くっと力込めると、中で色々なものが砕ける音がした。ごきんばきんぼきん。うわあ。
『ほう、中々やるではないか』
『お褒めに与り……ありがたい限りです……』
 どれくらいの速さで動けるのか、どのくらいまで伸びるのか、知ってた方がいいなとは思ったけれど……えっ、こんなに……? やだ、私の触手、つよすぎ……?
『しかし1匹に時間をかけすぎだ。身動きを封じるのは良いが、複数相手では不向きだな』
『べ、勉強になります……あ、それなら先程教えて頂いた風魔法を蔓に纏わせて、鞭みたいにするのはどうでしょう?』
『む、やりようによっては一撃で首を落とせるな。どれ、肉を拾ったら試しに行くぞ』
『はいっ』
 フェル様は風魔法でコカトリスを運び、向田さんに持たせてもらったマジックバッグに詰めていく。私は自分で仕留めたコカトリスを蔓で抱えて、アイテムボックスに入れた。初めての狩りにしては上出来、だよね。
 それにしても……絞殺とか鞭とか、人間だった頃には絶対なかった思考回路だ。でも実際問題、魔物を目の前にしてもそんな怖くなかったし、次はもっと上手にやるぞ! って気持ちもあるし……わ、私まで戦闘狂って思われちゃうかもしれない。
 ……いえ、折角向田さんの従魔になったんだから。
 私も向田さんを護れるくらい強くならなくちゃね。
 うん、がんばろう。
 早く自分の食い扶持プラスアルファを稼げるようになりたいな。負担になりたくないもの。
 向田さんが全然負担じゃないよって言ってくれても、向田さんの所持金がどれだけ膨れ上がっても、きちんと対価を払いたい。たとえ向田さんが意図したものじゃなくたって、向田さんが手に入れたものに変わりはない。
 私はじゅうぶんすぎるほど、向田さんからもらいすぎてるから。
 あと、ちょっとずつでいいから、蔓も言うこと聞いてくれるようになったらいいな。……思い出しちゃった勝手に蔓が動いてむ、向田さんを……。もう。き、気持ちはわかるけど。勝手に動くのほんとうにだめ!
『何を一人でジタバタしておるのだ?』
『なななななんでもないですっ!!』
 フェル様のありがたいアドバイスを元に試行錯誤しつつ、おなかが空く前に帰ることになりました。
 おっきなダチョウをフェル様と一緒に仕留めたけど、向田さん、ダチョウ料理も作れるのかな……?


 風を受け止める、すり抜けていかない体。
 うれしいとたのしいとおいしいを、もう一度教えてもらった。
 それから、たくさんのすきな気持ち。
 私はどうしたら、向田さんにお返しできるんだろう?

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