「寝ちゃいましたか」
ほとんどひとり言のつもりで言う。寝るだろうなあと思ってた。
しゅうしゅうと電気ポットが湯気を立て始めたので、喧しく鳴き出す前にスイッチを切った。彼女の眠りを妨げるなんてとんでもない。
彼女が編入してから早四日目、ああ疲れましたねえと言って、ベッドに身を投げ出す様は実に無邪気でかわいらしくて、はしたないですよと言葉だけで窘めながら、止めなかった理由はそんなとこ。それに寝顔も見られるし。我ながらなんて純粋すぎる動機だろう。
ひとまずティーバッグをマグカップに入れて、沸かしたお湯を注いでいく。もちろん二つ。ここには急須も湯のみもやかんもない。
引っ越しまであと一ヶ月。それまでに彼女が過ごすマンションの一室に、お邪魔するのは二回目だ。間取りは1Kだったけど、一人暮らしには十分な広さであって、ほとんどの家具と家電は揃っているし、彼女が不自由することはないだろう。自分が選んだのだから当然だったが。こちらの負担が少ないのも素晴らしい。契約の時少々――ええほんの少々――色をつけてもらったから。全くもって当然だ。ほんとうなら今日にはもう、一緒に暮らせているはずだったのだから。
ベッドを背もたれにして座って、ずずう、とお茶を飲む。
「全額タダでもまだ安い」
返答は寝息だけ。
振り向かなくたってわかるのと、振り向かないのはとまた別だ。そうして深く頷いた。
ああ、やっぱり。世界でいちばん、(ここにはありとあらゆる賛辞の言葉が当てはまる)。
たとえば「寝るならちゃんとパジャマに着替えなさい」とか、「お茶が冷めてしまいますよ」とか、いくらでも声をかけようがあったのに。
一年離れて暮らしてみても、一度隣に並んでしまえば、一言言葉を交わしてしまえば、たちまち全て、あたりまえに元通り。ふたりとも、そういう風に出来ていた。
それでもどうしたって懐かしくて、伸ばした手が、勝手に彼女の頭を撫でる。さらさらと指で髪をすいていく、繰り返し、繰り返し。
引っ越しまであと一ヶ月。また、一緒に暮らすまで、あとほんの一ヶ月。
「……いまのうち、なんてねえ」
新しい暮らしが始まる前に、センチメンタルもいいとこだ。
Sep.09|Oct.05
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