別に緊張なんかしていない。
 畳の上で正座していた。目の前には携帯が座布団の上に鎮座している、もといさせた。メールを送ったのは三十分前、珍しく返信が遅い。
 連絡手段と言えば携帯を介すことが常だったし、ふたりとも携帯厨なところがあるので(機種は同じで色違い、はからずともおそろいである、やったぜと言わざるを得ない)、暇さえあれば弄っているから、レスポンスは基本的に早い。メールもスカイプチャットもリプライも、作業中でなければ大体一分以内で返ってくるし、返している。何かあったか、と心配するにはいささか早計すぎるが、それでもそわそわしてしまう。
 時計は十一時過ぎを表示していて、さすがに寝ぼすけな妹でも起きている頃合だ。自分は高血圧のせいで朝は早いが、彼女は逆に低血圧で朝に弱い。さすが双子だ、正反対だ、足して割ったらちょうどいい、なんてよく周りに言われたし、そう思う。つまり神が妹を起こすという崇高な役目を与えてくださったのだ。だから減塩はしない。まあ神様なんて信じちゃいませんけどね!
 今日は彼女にとって、最初の休日だった。
 どこか遊びに出かけませんか、そう誘ったのは三十分前、珍しく返信が遅い。
 どうして昨日のうちに誘っておかなかったか、本田菊一生の不覚。妹を送る、という兄としての権利と義務を果たした際に、誘ってしまえばよかったのだ。ここで大丈夫です、ありがとう兄様、おやすみなさい、と小さく手を振る妹の可愛らしさに心躍らせている場合ではあった。あったわ。あれは仕方ない。仕方なかった。照れくさそうに手を振る姿ありがとう世界。
 何か急な予定がない限り、きっと彼女は断らない。逆に自分が誘いを受けたら、即決するのと同じ理由で。しかし大学が変わってから、初めての土曜日だ。一人でゆっくりしたい気持ちだってあるだろう。自信がないと言われたら、決してそんなことはなかったが――それはそれこれはこれ――そう今日は、珍しく返信が遅いから、どうしたんでしょうかねと心配しているだけであって。別に、緊張なんか、していない。
 断れたらちょっと遅めの二度寝を決め込むだけですし!
「はっ!」
 自分の高い身体能力はこんな時にこそ輝くべきだと常日頃思っている、携帯が小刻みに震えると同時に手に取った。メールだと思ったそれは、
『もしもし?』
「……もしもし?」
 着信だった。鸚鵡返しに答えてしまって、妹がくすくす笑う声が耳元でする。
『すみません、メールさっき気づきました、電話の方が早いかなって』
「いえいいんですよ全然、……今外ですか? いやいいんですよメールは気にしなくて急でしたからね本当恐れ入りますすみません」
 歩いている気配が聞いてわかった。外出しているのであればメールにも気づきにくいだろう仕方ない仕方なかった今日の予定が二度寝になるだけで彼女に罪は全くないし全然ショックも受けてない。
『はい! 着きました!』
 ぴんぽん。
『同じこと考えてて、』
 ――自分の高い身体能力はこんな時にこそ輝くべきだと常日頃思っている、
『さすが双子ですね!』
 彼女が満面の笑みを浮かべると同時にドアを開けた。
 電話を通した彼女の声と、肉声が一緒くたに耳に届く。
「……一人で朝起きられたんですね?」
「か、からかわないでくださ頑張りました……」
 ありがとう世界!
 反論もそこそこに素直な妹が俯いた。おろしたてなのか、初めて見るワンピースを着ている。
 つまりは、初めから休日を自分と過ごす予定だったと。早起きしておめかししてその足で向かってきてくれていたと。そういうことだったと。
 いつでも出かける準備は出来ていた、手荷物を持つだけでもう出られる。
「四十秒で支度します」
「きゃー! 兄様ー!」
 けれど水の一杯ぐらい飲んでもいいだろうか。
 死因が妹の可愛さじゃ、いくらなんでも本望すぎる。

Oct.05Oct.07