……寒い。手足の冷たさに目が覚める。今日の最高気温は何度くらいだろう。枕元で充電していた携帯へ、布団からにょっきり手を伸ばす。時間を見る限り、設定したアラームが鳴るまではあと三十分。早起きだ。まぶたを閉じても許される。あたたかいお布団が二度寝を誘うのだけれど――ふと過ぎる。
 以前、こう言われたことがある。
“急に環境が変わって大変でしょう、直接起こしてあげられなくて残念です。もし眠れなかったり、不安なことがあればメールでもなんでもしてください、モーニングコールしてあげます。なんなら直接起こしに行きます”
 それはそれはとびきりやさしい口調で、こう続く。
“大丈夫です、いざとなったら、お前の声真似をして代返してあげますからね”
 ありありと思い浮かぶ光景。
 一限、眠気と静けさに包まれた講義室、点呼、そこに響き渡る――兄の裏声。
「……起きよう……」
 遅刻している場合じゃない。
 ここのところ早起きなのはひとえに兄のおかげと言っても過言ではない。さすがとしか言いようがない。あれで似ていると思ってらっしゃるのだから可愛らしいことこの上ない。過保護ここに極まれりと思わなくもない。でもそれだけは止めてほしい。
 むっくりと上半身を起こす。とくに散らかってもいない部屋と、カーテン越しにうっすら差し込む朝の日差し。この仮住まいとも、もう半月の付き合いだ。そしてあと半月の付き合い。十一月四日、それが引っ越し予定日。
 裸足のままぺたぺたと洗面所に向かう、そう広くもないので数歩でたどり着く。鏡に眠そうな自分が映っていたので、声をかけた。
「大丈夫です、いざとなったら、お前の声真似をして代返してあげますからね」
 我ながら似ている。
 歯磨きをして、顔を洗って、寝癖を直して。それからベッドに飛び込んで、携帯を手にとった。二度寝はしない。リダイヤルに並んでいるのは彼の人ばかり。迷わずかけた。
 寝ているってことはきっとない。
「おはようございます、兄様」
 だいたいいつもワンコールのうちに取ってもらえる、今朝もそうだった。すぐ朝の挨拶と、どうしましたかと返されて、すっかり満足した心地になる。
「早起きしたので、モーニングコールですよ」
 嘘でもないけど、そんな風に言ったら喜んでくれるんだろうなと思いながら言って、やっぱり喜ばれた。同時に、そんな風に言ったら喜ばれると思われてるんだろうな、と思っていることもわかる。
 アラームが鳴る時間まで電話したら、すぐ家を出る準備をする。待ち合わせするのも、あと半月。
 声真似したら声が聴きたくなったってことは、直接言おう。

Oct.14Oct.16