「はい、そうです、双子なんですよ」
朗らかに会話している様子が目に入って、ぐるりと回れ右、つまりまた廊下に出た。
大学は個人行動になりがちな場所である。編入生だからって誰もいちいち気に留めないし、ましてやサークルにも入っていないから、大々的に紹介される機会もなしに、彼女は単なる「何だか最近見かけるようになった、本田とよく一緒にいる誰かさん」として周囲に認識されていることだろう。名前と顔で兄妹だということも。
廊下の自販機で飲み物を買った。がこん、がこん、と落ちてくるペットボトルを、ゆっくり取り出す。声をかけていたのは自分も見知った顔で、ゼミが一緒の何とかさんだ。名前は今ちょっと出てこない。確か取ってる講義もいくつか被っていた。たまたま自分が離席していたのもあって、なんとなく話しかけてみた、そんなところだろう。妹に知人が出来ることは喜ばしい。それも同性という点が素晴らしい。異性だったら迷わず席に向かっていたところだった。彼氏とかまだ早い。
とくに一緒にいないでいる理由も意味も見つからないから、当たり前に毎日隣で過ごしている。だが、
「兄様?」
思考は呼びかけ一つで停止した。
「…………ひえぇ〜」
「なんですその悲鳴」
「驚いたので」
「絶対嘘じゃないですか」
嘘でもなかったのに。もうすぐ講義始まっちゃいますよ、と妹がくすくす笑った。おやほんとですねと嘯きながらペットボトルを渡して、席に戻る。もちろん彼女の分も買ってある、これも身に染み付いている習慣みたいなもので、彼女が編入する前の一年間、何度二本ずつ買ってしまったことかわからないくらいだ。
「あのですね、さっき、兄様と同じゼミって方と話したんですけど」
とくに一緒にいないでいる理由も意味も見つからないから、当たり前に毎日隣で過ごしている。だが、自分がいない方が、もしかして、もしかすると。
「私も兄様と同じゼミに入れますか?」
「もちろんいいですよいってらっしゃい」
「え?」
「え?」
ほぼ同時に発言して、ほぼ同時に首を傾げた。
「えっと……? それは大丈夫ってことですか……?」
「いや違います、じゃなくて違わないんですけど! ええと、ゼミには入れると思いますよ、ちょっと教授が変わり者ですが」
何せ気まぐれだし、現に今も出張だとかでそもそも大学にいないので、しばらくゼミも休みだった。妹が編入して来てくれた嬉しさに、そんなどうでもいいことはすっかり忘れていた。噂ではちょくちょく海外に行くだとか。何故か目を付けられたのか手伝いをさせられることも多々ある。けれどうちの大学ではかなり有名で人気がある教授で、ゼミに参加したがる生徒も多い。
「確か教授が帰ってくるまで申請受け付けてますよ」
「そうなんですね!? じゃあぜひ申込します」
「軽く面接ありますけど、まあお前なら大丈夫でしょう。駄目だったら教授に直談判します」
「それは駄目です」
贔屓目もあるが彼女の成績ならまず問題ないだろう。レポートで少し忙しくなるものの、ゼミでの活動は就職時にも強みになるし、入って損があるわけではない。ゼミの存在自体をすっかり忘れてたとは言え、今日まで彼女に進めなかったことが不思議だった。はて。
「じゃあ参加申請このサイトで行ってください、必要な書類は後で渡します」
「はあい!」
「返事がよくてよろしい」
当たり前のように隣に座る彼女の頭を、当たり前のように撫でた。当たり前はいつ当たり前ではなくなるのだろうか。
もちろんいいですよいってらっしゃいと、送り出す日が必ず来ると、知っている。
「さっき、双子っていいね、神秘的だねって言われました」
「そうですか。……そうそう、双子って前世は心中した恋人って考え方があるんですよ」
「――え、」
驚いたような声に、顔も見ず、ただ前を向いて、打ち切るように笑った。
「ふふ、冗談です」
だからそんな顔をしないでください、とは、見ていないから、言えない。(見なくても、わかるけど)
Oct.17|Oct.19
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