「冬服、持ってきてよかったですね」
「タイミングばっちりでしたねぇ」
 渡り廊下を歩く、吐いた息が昼だと言うのにかすかに白い。今日は急な冷え込みで、師走上旬くらいの気温だそうだ。校舎と校舎で切り取られた空は曇天で、重たい灰色、冬の色をしていた。季節の変わり目、今年の風邪は喉から。ニュースで聞きかじった話をしながら移動する。向かう先の目的は、うちのゼミ教授。
「まあ軽く面接してちゃちゃっと入っちゃってください」
「そ、そんな簡単そうに言わないでくださいよ」
「簡単ですよ、私の妹ですからね」
「もう、兄様ったらそればっかり」
 出張から帰って来たとメーリスで回ってきた、つまりゼミの再開を意味していた。ゼミは金曜日、最後の時間にあったが、人気が高いゼミでもある。妹も同じゼミに入りたいというなら、善は急げというもの。金曜は元々三限の講義と五限のゼミしか入れてない日だったので、今日まで楽すぎて最高と言わざるを得なかったが、仕方ない。自分で希望した講義とゼミであるし、妹が入るなら俄然やる気も出るというものだ。兄の良いところを沢山見せることが出来ますからね!
「ああそうだ、結構ゼミ飲み多いんですようち、飲みニケーションとか言って」
「飲みニケーション、ですか」
「クソみたいな風習ですよねーまあ大体教授の奢り飯だからいいんですけど。昨日みたいなことになりますから、お酒はくれぐれも注意しなさいね。男は全員狼だと思いなさい」
「は、はあ……わかりました……」
 どれだけ口を酸っぱくしても足りないぐらい本当は懇々と言い聞かせたかったが、そんな時間はなかったし、何より妹に近づく不埒な輩は自分がたたっ斬ればいい話だった。解決。
「ほんとはもっと言い聞かせたいけど時間がないし不埒な輩は自分がたたっ斬ればいいとか考えてません……?」
「おやおや、まさかそんな、私に限ってそんなことありますけど」
「そうですよね、兄様に限ってそんなことあるんですよね……」
 当然のように答えると、神妙そうに妹は頷いた。どうしてチベットスナギツネのような顔をされるのかわからない。チベスナ顔の妹も可愛い。
「お前がゼミに入るのは大変結構ですし、反対もしませんが、一人……いや二人、厄介なのがいましてね」
「最早入れる前提なんですね流石です兄様……厄介ですか?」
 酒癖と女癖の悪いタラシ毛唐若干二名。今の今まで忘れてたが、思い出すと舌打ちの一つや二つ落としたくなる。妹の手前、それは止めた。
「ええはいどちらもイギリス人で同姓同名なので覚えやすいですよ、覚えたら半径十キロは近寄らないでくださいね」
「大学から出ちゃうんですが?!」
「仕方ないですね、では百メートルにしてあげましょう」
「教室から出ちゃいますね!!?」
「ふふ、なんです我儘な子ですねぇ可愛い」
 引き続きチベスナ顔の妹が可愛いが、まあ物理的に難しいことはわかっている。
「では百歩譲って、私がそばにいない時は、を頭につけましょう」
「……兄様がそばにいない時は、半径百メートル離れる、ですか?」
「そうしてください」
「兄様がそばにいない時、どうしても教室に用事があったら……?」
「そうですね、」
 ふむ、と考える。あらかじめありとあらゆる可能性を考慮する、うちの妹は今日も賢い。賢くて可愛い。可愛くて賢い。
「私を呼びなさい」
「はい?」
「私を呼びなさい。どこにいてもすぐ駆けつけます」
「……」
 歩みを進めて、ちょうど教室の目の前のところで、妹はぴたりと歩をとめた。
「そんなの、ヒーローじゃないですか」
「知りませんでした?」
 物理的に難しいとは、ちっとも思わなかった。何故なら、彼女が呼んでくれるなら、何をしてようが、どこにいようが、不可能などあるわけがない。
「知ってました!」
 全てを可能にする笑顔を前にして、そう、強く思った。
 ちなみに面接は「本田くんの妹? わかったオッケー!」と三秒もかからず終了した。流石私の妹!

Oct.21Oct.23