目覚まし時計を見れば四時二分。四時。なる四時。頭をがしがしとかきながら半身を起こして、ふとんの上であぐらをかいた。手を伸ばして電気の紐(結わいて延ばしてある)を二回引っ張って豆電球をつける。薄いオレンジ色の明かりに照らされて、目に入るのはダンボールの数々だ。いつでも引っ越し出来るようにしてあった。たとえこんな早朝でも、今すぐ引っ越せと言われたら、何も問題なく引っ越せる。業者の手筈がなくともこなしてみせよう、人力で。ここから新居の距離はすぐ頭に浮かんだが、無視することにする。不可能を可能にする、それが兄というもの。
 それにしたって早すぎた。しかしもう目は冴えてしまっている。元々高血圧のせいか朝は早い。仕方なく流しで歯を磨いて顔を洗って、適当なタオルで拭いて。布団を畳んで、散らかってもいない(そもそも荷造りが終わっている)部屋を掃除して、目覚まし時計を見れば四時二十二分。二十分。ちょうど二十分て。思わず頭を抱える。
 まさか言えない。
 引っ越し日を目前に、楽しみすぎて起きてしまった、なんて。
「子供ですか私は」
 壁にかけたカレンダーには花丸が咲いている。十一月四日まで、あと九日。十日切った。やっと二人で暮らし始める日まで、あと、九日。
 冷蔵庫をばかっと開けた。一人暮らし用の小さなおんぼろには、ぎちぎちに食糧が詰まっている。冷蔵庫は新居に持っていかず、退去日に捨てていく。今は一切シフトに入ってないとは言え、家電量販店店員の権利を最大限に行使し、値切りに値切って新品の大きな冷蔵庫を、辞める前に購入する予定だ。
「……お弁当でも作りましょうかね」
 金曜は昼過ぎの三限からで、一限ぽっかりと空いてからの、五限にゼミという(我ながら半端に空き時間をつくってしまった)時間割だ。だからほんとうなら、お弁当を用意する必要はない。一人だけならよくおやつとしても作ってる、でっかいおにぎりでお終いでも構わない。
 しかし、妹がいる、いてくれる。喜んで美味しそうに食べてくれる妹の顔が見たいが故に作っていると言っても過言ではない。自分はそのお相伴に預かっているだけに過ぎない。大学生活に妹がいるということは、己の食生活も充実するものだとは、つい一ヶ月前は知らなかった。
 おんぼろアパートの台所は狭すぎるにも程がある。流しは小さいし、まな板一枚すら置く場所もない。ここで料理をするのは、正直骨が折れることだ。だが、不可能を可能にする、それが兄というもの。
 五時にはお米も炊き上がるだろう。折角だから炊飯器も買い換えようか。色々一緒に買うのであれば更に値切れる。あの子に食べさせるのなら、もっと良い炊飯器がふさわしい。
 彼女のことを考えながら、思いながら、想いながら、気づけばすっかり朝日は昇っていた。
「おはようございます、すみませんお前にしては早い時間に」
『おはようございます。お、起きてましたよぎりぎり!』
 電話は数コールで繋がった。もちろんぎりぎり起きている時間だと思ってかけたが、寝起きのかすれ声でちょっと見栄を張る妹もよいものだ。加湿器も買おう。
『どうかなさいました?』
「いえその今日午後からなのに私としたことがうっかり間違えてお弁当を作ってしまいましてついでにお前に持たせるお惣菜の作り置きも大量に作ってしまったのでよければ少し早めに」
 きっと、いつか。嘘つきと、焼かれて塵も残らない日が来るんだろう。

Oct.25Oct.27