銀の折り紙
05
辺りが暗いのは、夜のせいだけじゃない。街灯は何本もへし折れていたし、いつもならまだ営業中の時間でも、店の並びからはふつりと電気が消えている。
しかし、既に商店街は、元の姿を取り戻しつつあった。
「さあすが、お早いこって」
ヒーローとしての働きに対する報酬金には、街への修繕費も含まれている。話によれば、
(せちがらいなあ)
だからヒーローには副業が認められている……ところもあるんだろうな、とは商店街の様子を見て、思う。
めくれ上がったコンクリートは、端の方から均されてきて、舗装がほとんど終わっていた。
工事現場で活躍する“個性”は様々で、己の筋力を強化する、物を軽くする、指で溶接出来る、コンクリートを自在に操る、その他諸々。
「お前ら気合入れろ! オールマイトが関わった現場とくりゃあ、張り切らねえわけにゃいかねえだろ!?」
「へい親方ァ!!」
「イエッサーボスゥ!!」
「アイアイサーリーダー!!」
「…………オツカレサマデース、いつもアリガトーゴザイマース」
突っ込みたい気持ちが眉間の皺になったけれど、は会釈をして通り過ぎた。ガガガガガ、と絶賛工事中の大音量の中なのに、親方兼ボス兼リーダーは気付いてガッツポーズを見せてくれた。
「イテテ」
工事の振動は、もちろん背中の傷に響く。深くもないが、浅くもない。ガラスの破片は幸いにも内臓を傷つけるまで至らなかったし、全て取り除くことが出来た。姉・汀和が“看て”くれたし、病院にも連れて行かれて、全治二週間と診断されていた。
「しばらく安静にしてくださいね」
美人なナースさんに心配してもらい、明日の学校は、
「休め」
母・入江からそう言いつけられていた。
――にも関わらず、は、夜の商店街を歩いている。少し猫背気味に、ポケットに両手を突っ込んで。
夜と言っても、時計はまだ19時を指している。
「……うーーーわーーー……」
指しているのだが。
は思わず足を止めて、カメラを構える顔見知りに声をかけた。
「……写真屋のおっちゃん、なーーにしてんのコンバンハーー」
「おっくん今晩は! 見てくれよこの変わり果てた柱時計の姿を!」
「……手遊びで折ったストローの袋?」
「それよぉ~~~~」
「それかぁ~~~?」
が言ったように、すっと真っ直ぐだった柱はくねくねと奇妙に変形している。待ち合わせにもちょうどいい、商店街のど真ん中に位置する柱時計は、
「倒れない・折れないってことで、このまま商店街のシンボルにするってのはどうだ?!」
「いやいやいやいやいつ倒れて折れるかわっかんないし危ないから、むしろこのかたちで新しく建て直したら?」
「いいね!!!」
「模型屋のおっちゃんと二人で手ぇ組んで“あのNo.1ヒーローの衝撃波に耐えた!”ってガレージキットとポストカードをセット販売するとかどう!?」
「いいねぇ~~~~!!!!」
アイデア料として完成品を渡してくれる約束を一方的にされ、おっちゃんは満足そうに帰っていった。整骨院のように、店舗と自宅が一体化しているところは多い。店の方は随分焼けてしまって、さすがに復旧が追いつかず、今夜は公民館に泊まるそうだ。それでも大事な商品はきっちり守り、次の商売を考えている。
商魂逞しいのは、何も写真屋のおっちゃんだけではない。
「安いよ安いよ持ってってーー!! 持ってってもらわないと困っちゃうーー!!」
「うちも寄ってきなーー!!! いい肉腐らせていいと思ってんのかーー?!」
“
“どうせ赤字なら持ってけ泥棒!”
“どうせ廃棄なら食べてくれ!”
そんな殴り書きのチラシが、いくつも目に飛び込んでくる。綺麗になった道路の上――つまり工事が終わった一区画――に、大きなビニールシートが引かれ、野菜・肉・魚、ありとあらゆるナマモノが、簡易的な陳列台にずらりと並ぶ。
業務用の冷蔵庫・冷凍庫は年々頑強に造られていくが、今回はどこも全滅だったことが窺える。叩き売りのすぐ横では、白いイベント用のテント(田等院商店街の名前入り)が設営されていて、炊き出しも始まっていた。もったいないから全部入れましたとばかりに具沢山すぎる豚汁。傷む前に加熱しちまえばこっちのもんだとばかりに焼き上げられていく様々な串焼き。
お客さん達はみんな、買ったり食べたり飲んだり。
忙しなく、楽しそうだった。
――病院から帰宅してすぐ、家の玄関。
「あの、さあ。……ちょっと、ちょーっとだけ、歩いてきても、いい?」
「なに言ってんの馬鹿なのおとなしく寝てなさいアンタの背中どんだけガラス刺さったと思ってんの馬鹿なの美人なナースさんに安静にしてくださいねって言われてハァーイ♡って返事してたでしょ!?」
「行ってきな」
「お母さん?!」
姉には早口で捲くし立てられ、母には静かにため息をつかれた。ただし商店街から出ないこと、21時には戻ってくることを条件に、入者は散歩を許されたのだった。
入れなかった。
家に、自分の部屋に。
入りたくなかった。
窓から見える景色の中に、面影が浮かぶような気がして。
(ねーちゃん、ボロ泣きだったなあ)
背中を見た姉はまず怒鳴って、怒鳴りながら“個性”を使ってくれ、お礼を言ったら号泣した。無事じゃないけど無事でよかった、とわんわん泣かれた。
「うちの弟ったら細かくて心配性で小うるさいんです」なんて言われたが、実際に心配性で小うるさいのは姉の方だ。……細かくはない。
家にとって、家族が死ぬことはいつだって近しい。ほんとうは全ての人にとって、だけれども。
(……かーさんには全部お見通し、なんだろなあーー)
二人が来る前に、乱暴に服の袖で拭い、洗面所まで痛む体をなんとか引きずって、洗って、何食わぬ顔で同じところに座り直した。のに、泣いてしまったことが、母にだけはバレている気がした。
だからあっさりと、送り出してくれたのかもしれない。
入者が見たかったものは、
「――やっぱり流石オールマイトだよね!!」
「パンチ一つで天気変えちゃうってやばくね?! かっこい~~!!」
「炊きたて白米のおにぎり~~~炊きたて白米のおにぎりだよ~~~」
「うっわ………米うっっっっま………………」
「今日デビューのヒーロー名前なんだっけ? めっちゃデカかったわ。そしてエロい」
「待って今調べる、あ~~Mt.レディだってよ。活躍増えそうだけどデカすぎね?」
「あっはっは店全壊セールだよ!!! あはははは店全壊セールだよ!!!! あっはっはっは!!!」
「ああ大丈夫ですよ明後日には建て直し終わるんで気にしないでください……すみませんうちの主人が情緒不安定で……」
「シンリンカムイは火に弱いけどさー俺ファンだからもっと活躍して欲しいって思った」
「今朝も手柄取られてたしなーでも火ぃなくても
「これくらい怪我のうちに入りませんよ、心配し過ぎです。はいはい寄ってらっしゃい見てらっしゃい」
「いや全身包帯ぐるぐる巻きじゃお客さん来ませんけども……???」
「いらっしゃいいらっしゃい~~!!」
「また明日も、どうぞご贔屓に!」
――見たかったものは、見れた。
人々の生活が、笑い声が、に伝わってくる。
もちろんまだまだ、元通りとはいかない。ところどころの壁は欠け、柱は折れ、看板だって燃え落ちている。
それでも商店街は、すっかり元の熱気を取り戻していた。
「……ふっは、」
自然と、笑ってしまう。なんせ腕の中には、「くんも持ってくでしょ!!」なんて無理やりに持たされた春キャベツ。傷んだ部分は剥がされて小さいけれど、ずっしり、重く感じられた。
――元気でた。
口の中だけでお礼を言うと、は勢いよく袖をまくる。
「ねえねえおばちゃん、おれにも仕事ちょーだい!!」
「あらちゃん! だめよぉ!」
「ダメヨォ?!」
あっさり断られて驚くに、おばちゃん――今日一緒に避難した、常連さんの一人――は、呆れたように笑っている。
「お母さんから聞いてるのよぉ、“手伝いたがったら止めて下さい”って言われてるんだからね、んもーいいからいいから!」
「イテテイテテおばちゃんイタイイタイ」
ばしんばしん肩を叩かれる。やっぱり、母にはなんでもお見通しのようだった。
小さい頃からずっと、さみしくても、かなしくても、いつでも傍に在ったのは、この商店街だった。ともだちがいなくても、遊んでくれたのは、ここの大人たちだった。
「元気をもらってこい」と、母は送り出してくれたんだろう。
「あらららごめんねぇおばちゃんったらつい……ツララちゃん庇って怪我したんだって? 偉かったわねえ、でも無茶しちゃだめよぉ」
おれは全然、偉くないよ。
は一瞬だけぎゅっと眉根を寄せたが、それをすぐに笑顔に変えた。
「えーーーなんも手伝っちゃダメーー?」
「だめよぉ、怪我人は大人しくしてなさい!」
ケラケラとおばちゃんが言うが早いか、横からおじさんが入ってきて、
「なにっ怪我しとんか?!」
それからは更に早かった。
「んじゃこれ食え食え!! 持ってけ泥棒!!」
「えっちょっ」
「おっさんとこの息子さんか! 今日はお互い災難だったな! ほれ食え!」
「待っ」
「じゃあこれも持ってきな!」
「さすがに多」
「お母さんの分も!」
「姉ちゃんの分もな!!」
「これも!」
「これも!!」
「これも! いつも店番偉いねぇ!」
あっという間に取り囲まれたを見て、通行人が呟く。
「すげーあの人めっちゃお供えされてる」
「お地蔵さんの“個性”じゃね?」
炊き出しが終わり、撤収作業も完了した商店街に、ぽつねんと残ったのは。
リヤカーに荷物を満載にした、ただ一人だった。
おかしくなあい?!
「早く良くなってね♡って言いながらこんな大荷物持たせるかなあ普通?! アリガトーネ!?」
ぶつくさ文句を吐いても唇はどんどん笑っていく。すっかり元気になっていた。なんだか吹っ切れそうな心地だった。このまま忘れてしまおう。ぜんぶ。なにもかも。
そんでもって、家に帰ったら、白紙のプリントを埋めちまお。
(
徒歩や自転車で通える高校をいくつか思い出しながら、えっちらおっちら牛歩で進む。商店街から出ていないとは言え、ほぼ端から端への横断は、流石に疲れ切った体に堪えた。しかも怪我人だ。おまけに荷物も満載ときた(おかしくなあい?)。気が付けばもう直に21時が迫っている。
「…………」
迫っているのだが。
は思わず足を止めて、リヤカーをひとまず路上に置き、見知った店を覗き込んだ。店、とは、もはや言えない。ほぼ焼けてしまって、柱も壁も看板もない。だが長年親しんで、歩いて、暮らしてきた商店街だ。目をつぶっていても、どこに誰が店を構えてるか、にはすぐわかる。焼け焦げた瓦礫しか残っていなくても、そこは紛れもなく写真屋だった。
「……おっちゃーん? どったのー?」
確かに物音がした。無造作に押し込まれ過ぎた積荷の中に、小さな懐中電灯――果てや軍手、紙皿、紙コップまで――いやむしろなんで乗せた?――もあったので、かちんと点ける。街灯は何本もへし折れていたから、ここには光が届かない。真っ暗で真っ黒な写真屋に一歩踏み入れると、つんとした刺激臭、何かが焦げた臭いがきわ立った。
「忘れ物でも」
した?
――言い切る前に、は闇に引きずり込まれた。
「静かにするんだね、わかるね、そうだね、いいこだね」
「……っ?!」
きひひ。湿った笑い声の吐息が、うなじに吹きかかる。暗がりから伸びてきた両の手は、を“羽交い締め”にし、口元を“覆う”。
――
「……やめ、ろ……!!」
「静かにするんだね? わかるね? そうだね? わるいこだねェ?」
「!? ……ぐっ、え、」
かろうじて絞り出した声に、敵の“手”はますます力を込め、は喋れない。両腕を、拘束されていた。口も、覆われている。それどころか、首にまで、“手”がかかる。今日日、人間には腕が四本あっても八本あっても可笑しくはない、けれど、顔と首の肌を這う不快な感触は、腕であるはずがなかった。
ずずず……、ずずず……。
得体の知れない“それ”の動きは、緩慢な蛇を思わせた。徐々に、しかし着実にの体を締め付けていく。
投げ出されて転がった懐中電灯の細い光が、
“それ”が、何か。
の理解が追いついた時――ぞっ、と背筋が凍りつく。
「……!!(……髪の、毛……!)」