銀の折り紙
07
「おれには、ともだちになれなかったクラスメイトがいます」
「“個性”が出たのは三歳くらいでした。一緒に遊んでたともだちの“個性”を無くしちゃって、めっちゃ泣かれて!? おれも泣きましたよねびっくりして!?」
「おれ、小学校あがる前くらい、六歳の頃かなあ。この辺越して来たんです。入学ほやほや、ピッカピカの一年生、ハジメマシテヨロシクネ! つって、挨拶された瞬間に、ウワッて顔されまくって。
コントロールへったくそで、近くに寄ってこられたり、ちょこっと肩ぶつかっただけで発動させちゃったりしてさあ、今考えるとそりゃあそうだよなあ~~そりゃあ遠巻きにされるわなあ~~って感じ!?
しばーーらく、周りから距離取られてたんすよ。つらあい」
「んで、一人だけ、ウワッて顔しなかった奴がいたんです。……そいつ、“無個性”の人間で。そりゃあ、無くす“個性”がそもそも無けりゃあ、無くせないですもんね。
そいつが、言ってくれたんです。すごい“個性”だねって。おれと一緒にいたら、“無個性”が伝染るぞってからかわれて、馬鹿にされて、笑われんのに。すごい“個性”だねって……。
……、……すいませんちょっと鼻かんでいっすか……」
「なんやかんやおれだってコントロール出来るようになるじゃないすか。小四か小五? そんくらいにゃ先生とかご近所さんに、“一年生のダレダレチャンが暴走しちゃってる”とか、“ダレダレクンとダレダレクンが喧嘩してる”とか、“個性”絡みのお願いをされるようになって。仲裁係っつーか。
そーーなってくっと、周りの……クラスメイトの見る目が、だんだん変わってったんですよね。なんか、普通に話して貰えるようになったっつーか。
あんなに遠巻きにされてたのに。
あいつは“無個性”って、馬鹿にされ続けたままなのに」
「一緒にいると、おれまで笑われるから、ごめんって。あいつ、あの時、笑ってた」
「……今思うと、おれ、馬鹿ですよね。だって、ともだちが、笑われるのが嫌なのに。嫌で嫌で、たまらないのに。ともだちから、離れるなんて。
そんで結局、ともだちにもなれなかったなんて。馬鹿じゃん。馬鹿だなあ……」
「おれね、さっき、見ちゃって。さっきっつっても数時間前。うち、ここの――あ、看板ぶっ壊れてっけどうち整骨院です、よければご贔屓にドーゾ」
「
「心当たりがありすぎて、おれ、一人で探しに行っちゃったんですよ。近くにかーさ……母親だっていたのに」
「ツララちゃんて子なんですけど、うちの待合室――ちょうどここっすね、ここで一人で泣いてました。だいじな忘れ物握りしめながら、“個性”も暴発しちゃってて。外じゃ
そんで、無事でよかったすぐ逃げなきゃって時に、見ちゃったんです」
「“無個性”のそいつが、救けに、走るのを」
「あんなに、うるさかったのに。爆発音とか、野次馬の叫び声とか、建物壊れるメキメキメキーとかそういう音、めっっっちゃうるさかったのに、そいつが叫ぶの、確かに聴こえて。“かっちゃん”て。……
「あいつが今日“かっちゃん”に、なんて言われたか知ってます? そりゃあ知らんでしょうけど。でもさあ、すごく、すごく酷いことを、言われてんですよ。今日だけじゃない。そいつだけじゃない。“無個性”だからって、いっつもいっつも、からかわれて、馬鹿にされて、笑われて。なのに」
「救けようとしてた」
「みんな当たり前にヒーローに憧れて、みんながみんな、当たり前に、ヒーローになりたがるじゃないですか。でも、当たり前じゃ、ないじゃないですか。ヒーローって。自分を危険にさらしてでも、人を救ける。全然、当たり前のことじゃないです。
全然当たり前じゃないことを、“当たり前”のようにする。……たぶん、それが、ヒーローなんでしょ。おれは、そう思ってます」
「“個性”の有る無しで人を馬鹿にするような奴らが、そんな当たり前じゃない当たり前を出来んのかよって、思っちゃうんです」
「……“個性”の有る無しで人を馬鹿にするような奴らから、ともだ――クラスメイト一人、救けらんない。……はは……わらえねえ……」
「“無個性”のあいつの方が、誰よりも、ヒーローだった」
「おれは……おれは、ヒーローに、なれない」
――饒舌が終われば、辺りに静けさが戻ってくる。工事をしている音が遠くから聞こえてきたが、周りに人気はない。閉店後の商店街ほど静かなものはないとは思っていたし、敵襲撃後なら尚更だろう。
何から話せばいいか、わからなかった。けれど、心の奥から、次から次へと言葉が溢れて止まらなかった。ひたすらに吐き出して、吐き出して、少しだけ泣いて。
落ち着きを取り戻した心が、またそわそわと騒ぐ。
“満載の荷物に四方を囲まれた”は、ごきゅりと固唾を呑み込んだ。
(いや……いやいやいや……進路相談じゃないじゃん……? こん……こんなん……人生相談じゃん……?? 絶対四百字以内に収まってないじゃん……???)
痛いほどの沈黙と、本当に痛い背中と、血だか汗だかでビッチョビチョになってからやや乾いてきた服と。全てがの居心地を悪くしていた。なんとなく正座になってしまう。怖くて振り向けない。そう、彼は“後ろにいる”。
開き切った背中の傷、“個性”超過の発熱。どちらも緊急性は低い。首は絞められたし、あちこちぶつけたが、新しく怪我をしなかったのは幸いだった。背中は元より処置済みだったし、改めて病院へ行くよりも、もう一度姉に(怒られるだろうけど)看てもらう方が手っ取り早い。“個性”を使い過ぎたのは初めてだったが、周りの人間がそうだったように、少し休めば良くなりそうな感覚が、にもあった。
しかしへの介助を、目の前のヒーローは、不要と切り捨てたりはしなかった。
「こいつは俺が送ってくんで後はよろしくお願いします」
簡単な言葉と会釈で警察に挨拶をすると、
「家どっちだ」
「……あ、あっちの商店街の端っこです……」
足元がおぼつかないとその“荷物”を引き連れて、
「時間は有限だ、送りがてら話せ」
ごく普通にヒーローはすたすたと歩き出し、
「……」
とっくに到着した我が家の前で、話し終わるのを待ってくれた。
そこでようやっと――薄々感じてはいたものの――自分のしでかしたことの重大さに、胃がきりきりと痛み始める。
つまりだ。
引かせてしまった。
プロヒーローに。
商店街印の気まぐれリヤカー~自分添え~を、引かせてしまった。
(どうして……こんなことを……)
リヤカーの荷台で正座をしながら、申し訳なさといたたまれなさに襲われていた。
「おい」
「へゃい?!」
びくりと両肩が跳ねた。恐る恐る振り返れば、猫背気味のヒーローが、裏返った返事を笑うでもなく、を見下ろしている。よく見れば、リヤカーの引き手に少しだけ寄りかかっていて、は(ほんっとにごめんなさいリヤカー引かせてほんっっとにごめんなさい)心の中で何回も謝った。後で声に出してきちんと謝ろう――そう決意して、言葉の続きを待つ。
無精髭に囲まれた唇が、淡々と動いた。
「まず、人間は利便性を追い求める」
「ハイ?」
「例えば電子メールに使い慣れた人間が、突然石版を掘って送りつけるようになったりはしないだろう」
「例え極端っすね」
急な話題の意図がわからず、はつい素で突っ込みを入れてしまった。
「それと同じだ。一度知ってしまえば、知る前には戻れない。“個性”もな」
確かに、そうかもしれない。法律上は禁止されているが、日常的な“個性”の使用は、ある程度黙認されている。物を引き寄せられる“個性”なら、わざわざ立つ必要もなくなるし、指が十得ナイフの人間が、わざわざ栓抜きを買うとは思えない。
(おれも例え極端だなあ)
「超人社会と言われてはいるが、“個性”の根本は、人間の身体機能、あるいは肉体の延長にある。本来なら、おいそれと他人に消費されていいものじゃない」
……が駆り出される喧嘩や暴走は、どれも軽いものだったし、もちろんヒーローを呼ぶほどの規模ではなかった。そんなことは恐らく、目の前の髭面ヒーローには見当だって付くだろう。
しかし彼は、はっきりと言った。
「一般市民、ましてや子供のお前が、消費される必要はなかったはずだ」
「消費……」
ずきり、胸と胃が痛んだ。真正面から浴びせられる正論。
「“個性”はあくまで、個人の一部分に過ぎない。拒否する義務も権利もお前にある。それだけは忘れるな」
それは、今までを頼った人達への批判にも、頼られるまま“個性”を使ってきたへの批判にも、受け取れた。
「……あの、おれ、めっちゃ都合のいい解釈しちゃうんですけど、それって、」
周囲に望まれて“個性”を発動させてきた。だからこそ輪の中に入ることが出来た。
もしも期待通りにいかなかったら?
また輪の外に追いやられてしまうのか?
“個性”のせいで。“個性”のおかげで。振り回されてばっかりだった。
もしかして――輪にとって、自分は“個性”しか価値がない存在なんじゃないか。
ちらりと過ぎる可能性を、恐怖を、ずっと。ずっと見ないように、見ないようにしてきた。
けれど、
義務も権利も、自分にある。
「“個性”を使わなくても、おれはおれって、ことですか」
「……大前提に同意を求めるのは非効率が過ぎる」
の心は、すくい上げられたように軽くなっていた。
あんなに取り留めなく要領を得ない長話だったのに、同じ“個性”だからと、反射的に飛びついてしまったのに。口調も表情もぶっきらぼうだったが、悩める青少年に優しいヒーローには違いなかった。
「ありがとうございま」
「本題に入るが」
「アッハイ」
お礼の途中キャンセルを喰らったは、シャキッと背筋を伸ばして姿勢を正した。依然としてリヤカーに積まれたままなので、お手本のような正座である。
ふーー、と長いため息が一つ、落とされた。
「お前はヒーローになれない」
今日、夕焼けに染まる待合室で、強烈に実感した現実を。
と同じ“個性”を持ったプロヒーローが、口にした。
「……そう言ったな。その通りだ。生半可な覚悟じゃ務まらない。周囲を、まして個人を気にしてるようなガキには無理だ」
実感が、ずしりと胃に落ちてくる。これ以上ないほど重く、苦い。
「でっすよねーーー!! おれも、ほんっっとそーー思います」
の声は底抜けに明るかった。どれだけ胃が痛くても取り繕うのは得意だったし、そもそも、わかっていたことだった。わかり切っていた事実を、改めて突きつけて“貰った”。
おれはそのために、手を伸ばしたんだ。
「だが、」
いつの間にか俯いていたらしかった。顔を上げれば、相変わらず感情を乗せない、涼やかな目と目が合う。
「諦める理由に他人を使うな」
心臓が、刺された。
「“個性”の本質、実用性、運用方法、超過による身体的負担、己の身体能力、その他全てを加味した上で諦めろ」
どっ、どっ、どっ、どっ、
脈打つ度に血が噴き出る痛み。上手く息が吸えない。
「諦める、って……そんな……そんなん、まるで、おれが」
まるでおれが。
ヒーローに、なりたいみたいじゃん。
「ヒーローに“なれない”なんて台詞は、ヒーローに“なりたい”奴しか言わないよ」
にい、と。そこで男が初めて笑った。
――あ。
その時、額を貫くような一陣の風が吹いた。前髪をざわめかせて、明るくなった視界に、ちかちかと輝く星を見つけた。
わからなくなっていた。
何になりたいか。
何に、なりたかったか。
ヒーローに憧れ、ヒーローを目指す。それがほとんど当たり前のような世の中で、少しだけ、ほんの少しだけ感じていた、息苦しさ。
羨ましかった。無邪気になりたいと挙手が出来る、クラスメイトたちが。
情けなかった。“無個性”とあいつが一人で笑われているのに、何も出来ない自分が。
……嬉しかった。例え今まで、便利に消費されていただけだとしても。
――ありがとう、助かったよ。
――またお願いね。
誰かの役に立てる自分が。
そうか。
そっか。
そっかあ。
「おれ、ずっと、なりたかったんだ……」
『笑顔で、皆を救けちゃうんだよ』
『そんなヒーローになりたいんだ!』
ランドセルから取り出して、こっそり見せてくれたノート。幼稚園の頃から書き続けて、二冊目になるんだと言うから、すっかり感心して褒めちぎると、ぶんぶん顔を振って照れていた。
ともだちが欲しくて、さみしくて、かなしくて、でも自分には、どうしようもないことに、気づいてしまいそうな、六歳のあの頃。
誰にも言えなかった憧れ。
『は!?』
こいつなら――“イズ”なら。
きっと笑って聞いてくれる。
『おっおれも、おれもね!』
『来ただけで、皆が安心出来るような――』
そんなヒーローに。
「自分の進路は自分で決めろ」
はっとして気づいた時には、既にリヤカーから抜け出し、ヒーローはすたすたと歩き出していた。
「……ありがとう、ございました!!」
夜の商店街に、の声が響く。
勢いよく立ち上がって頭を下げた拍子に、足元から春キャベツがごろんと顔を出す。
「ふはっ、」
泣いたり笑ったりで忙しい。
なれないと言われた。
けれど――なるなとは、言われなかった。
(思ったより遅くなった)
相澤消太は、早足に商店街を歩いた。時間は有限、合理的に使わなければならない。最も、“担任”として今年度受け持つクラスがなくなったばかりで、普段よりはスケジュールに空きがある。故に、
“しっ進路相談にっ!? 乗ってもらえませんかっ?!”
必死な形相を思い出し、がりがりと頭をかく。
受験前の年頃に見えた。半端に夢を追わせるほど、酷なことはない。
だがあの少年は、夢を抱く、スタートラインにすら立っていなかった。
――人生相談の間違いだったな。
「ちょいとそちらのお兄さん」
「すいません先を急いでますんで」
唐突に声をかけられたが、即答する。後ろをついて歩く気配には気づいていた。
「つれないことを言いなさんな、イレイザー・ヘッドさん」
流石に足を止めた相澤が振り返ると、勝気そうな白衣の女性が、にんまりと笑っていた。
「……ゴチソーサマデシタ」
「お粗末さまでした!!」
きちんと手を合わせたに、姉の汀和が声を荒らげる。そりゃあ怒る。誰だって怒る。信じて送り出した弟が、治した傷を全部かっぴらいて帰って来たとあっちゃあ、それはそれは、怒る。
「見てるからね……おねーちゃんはアンタが部屋に入るまでずっと見てるからね……」
「ヒエッ……」
結局、21時にはぎりぎり家の前に到着していたものの、中に入ったのは22時を回るところだった。姉は話し声と物音に、すぐ家から飛び出ようとしたが、母が「そっとしときな」と言ってくれたらしかった。
やっと帰ってきたに、姉は遅いと怒ろうとしたが、首にくっきりと残る手形の痣を見て叫び、背中の傷が開いていることにまた叫び、叫びながら“個性”を使い、遅くなった夕飯をあたため直し、食卓に並べ、食べ終わるまでギッとを睨み続けた。が食器を片付けようとすればさっと下げ、「アンタはもう寝るの!!」とまた叫ばれた。
(ねーちゃんの過保護……)
そう思ったが、言ったらまた叫ばれるだろうから、は黙っていた。
家族を失う怖さに一番怯えているのは、姉だろうから。
「心配かけてごめんなあ、ねーちゃん」
「ほんっっとにそう! ほんっとそう!! ねーお父さん?!」
「ごめんて……」
飾ってある写真立てを汀和が両手で持ち上げたところで、ガラガラと玄関扉が開く音がした。
「おかえりお母さん。どこ行ってたの?」
「おかえりかーさん。……そんで、ただいま」
「ただいま汀和、アンタちょっとボリューム下げな、ご近所に筒抜けだよ。おかえり、アンタはしばらく外出禁止、安静にしな」
「そ、それなんだけどさあ……」
よく通る声で話しながら、母の入江はテキパキと――手洗いとうがいを済ませ、洗濯機に汚れ物を放り込み、タイマーをセットするなど――動き回るので、追いかけるかたちになる。監視を止めない姉もまた、の後ろに続く。
「なんだいアンタらぞろぞろと」
居間に来てようやく振り向いた入江が、ぷっと笑った。
「わたしはを見張ってるだけー」
「おれはかーさんに話聞いて欲しいだけー」
「真似しないで」
「ハァイ」
娘と息子のいつものやり取りに、入江は目を細める。
「今日は皆お疲れさん。工事は明日、院の再開はそれ次第さね。住居部分が残ってたのと電気と水道が無事なのは不幸中の幸いさ。アタシは臨時で出張整体、雇ってたお兄さん先生はしばらくお休みで、汀和は留守を頼むよ。はさっき言ったように必要最低限の外出禁止、しっかり体を治しな。質問は?」
「ないです。じゃあ明日は三食わたしが作る日ね、了解」
「安静にしますアリガトーゴザイマス一つ聞いてほしいことがあります」
小さく挙手するに、入江が発言を譲る。
「……必要最低限ってどんくらい?」
「病院くらいでしょ。学校行けるようになっても、寄り道もしばらく控えて!」
汀和がまた語気を荒くした。
少し考えたようにじっとを見つめて、入江は静かに口を開く。
「どこに行きたいんだい? ……何がしたい?」
「えーーーっと……その……走り込み、とか」
「が!?」
どういう風の吹き回し!? 心底驚く汀和の横で、入江は笑いもしなかった。――やっぱり、何でもお見通しなのかもしれない。
意を決して、口を開く。
「お、れが……おれが、ヒーロー目指すって言ったら、変かな」
ひゅっと、息を飲む気配がした。
さっきまでうるさかった姉が、こんなにも静かになってしまう。理由がわかる。わかってしまう。
だって、家の“ヒーロー”は、もう、この世にいないから。
「忘れちまったのかい」
「え、」
母の声は、拍子抜けするほど優しかった。ちょっと待ってな、と前置きして、居間の戸棚を漁り始める。
汀和は黙ったまま、もう一度写真立てを持ち上げて、見つめた。手のひらより少し大きいくらいの、両開き。左には、小さい頃の家族写真。右には、やわらかい笑みを浮かべる、父の写真。遺影だった。
が五歳の時に亡くなった、家の“ヒーロー”。
「あったあった、はいこれ」
あっさり手渡されたそれは、折り紙だった。正確には、折り紙の裏に、クレヨンで文字が書かれている。他の色はたくさんあるのに、たった一枚しか入ってないから「とくべつなんだよ!」大事にしていた、銀色。もちろん覚えていた。ありがとうと受け取って、読んで、ただそれだけだった。
手紙は「ないないするおにーちゃんへ」から始まっている。
「ずいぶん前にも、ツララちゃんのこと、止めてやっただろ。これはそん時の」
「……うん……」
――本当にっ、本当に……! ありがとうございました……!!
――……おにーちゃん、たすけてくれて、ありがとう。
今日の夕焼けが、頭によみがえる。ぐしゃぐしゃに泣きながら、何度も何度も頭を下げる雪山さん。その腕の中で、ぐったりと疲れていたけれど、手を振ってくれたツララちゃん。
ぼたぼたと涙が落ちて、クレヨンの「ありがとう」が、少しだけ滲んだ。
「アンタはもう、ずっと前からヒーローさ」