ハート・キーパー

磨いて掴め

09


「つっっっっっかれた……」
 どちゃあ。休み時間に入った途端、は文字通り潰れた。机へ突っ伏して、前のめりに全身を脱力させる。
「そんなにか~?」
「そんなによ~~」
 大げさなをクラスメイトが茶化す。テストや体育ならまだしも、ただ授業を受けただけ。にも関わらず、嘘でも冗談でもなく、は疲れ切っていた。ペンケースを枕にして、ふにゃりと力ない顔を横たえる。
(頭使いながら“個性”使い続けるって……めっっちゃくちゃムズカシーネこれ……)
 は授業中、先生の話を聴きながら、板書を写しながら、“個性”を継続的に発動させていた。集中が切れると、ぷつりと力も切れてしまう。
『“個性”を無くす“個性”』を持つにとって、“個性”が切れた瞬間こそが命取りだ。髪の毛ヴィランに襲われた時、嫌という程実感した。何故ならには、まだ他に武器がない。一分でも一秒でも長く。そして少しでも範囲を広く。
(“個性”を強く……? って出来んのかなあ? わっかんないけど、やるっきゃないよなあ)
 今まで自分から“個性”を使うなんて、ほとんどなかった。暴言を吐いた爆豪勝己、暴走してしまったツララちゃん、襲って来た髪の毛ヴィラン……例外は続いたが、基本的にの中では「頼まれて使うもの」というイメージがあった。
 改めて実感する。自分の“個性”なのに、なんて人任せにしてきたんだろう。
 もっと、もっと使いこなせ。
 今まできちんと向き合わなかったツケを、は払わなければならない。
 時間は有限。
 髭面ヒーローの言葉が脳裏に浮かぶ。
 疲れた頭をペンケースから起こすと、はくるっと後ろを向いて、クラスメイトに笑いかけた。
「お客様の中に休み時間限定整骨院直伝マッサージをご希望の方はいらっしゃいませんかー?」
「またやるんかーい」
「えーじゃあ今度オレー!」
「ハァーイ一名様ごあんなーい」
「ホァ……肩ァ……ヨキ……」
「えっそんな一瞬で……? こわ……」
「お客様凝ってますネー」
「肩ァ……ヨキィ……」
 マッサージ中の“個性”発動は欠かさない。
 とにかく片っ端に、はとことん“個性”を使うと決めた。
 使う、使う、とにかく使う、これは使われるものじゃなくて、おれが、自分が使うもの!
 千差万別、様々な“個性”が有り触れている世の中で、自分の“個性”はどう反応していくか?
 情報を集めなければならない。
 分析をしなければならない。
 例えばそう、緑谷出久のように。
 学校はにとって、うってつけの訓練場だった。
「ハァーイおしまーい」
「肩が天使の羽」
「こいつ……なんて澄んだ顔を……!?」
「浄化だ……凝りから解放されて浄化されたんだ……!」
「ハァーイ次の方ドーゾー」
「あ、あの、くん私もやって欲しい……!!」
「えーずるーい! あたしも!!」
「あァー!? 女子ィー!? セクハラ厳しい昨今でェー!?」
「あァー!? 男子ィー!! マッサージはノーカンですゥー!!」
「ほらーくんほぼプロみたいなもんだしー」
「前にお店で子守りしてんの見たよー」
「あーそれ俺も見たことある、おばちゃんに商店街名物って言われててウケた」
 はン゛ッ゛と眉間に皺を寄せ唇を噛み締めて羞恥心を飲み込む。
「………………次の方ドーゾー」
「顔真っ赤だぞ
 こうして何度も何度も名乗り上げるうちに、休み時間限定整骨院直伝マッサージは話題になり、他クラスからも声がかかる程となり――。
 最終的に。

ー今日はー?」
「んーーーと、今日は野球部の日ー!」
「はいよー。明日はうちの部頼むわー!」
「ハァーイ! 替わりに“アレ”よろしくネー」
 噂が噂を呼び、ついに運動部に呼ばれるまでになった。
 学校側には許可を得たので、「マネージャー補佐」の肩書きで、頼まれるがまま各部を回っている。名目上は「マッサージの練習」の為。
 ちなみに許可を得た際「物好きだねぇ」と笑う先生に、試しにマッサージをしてみたら僕も私もと職員室から出られなくなったし、お礼としてしこたま饅頭やらせんべいやらを大量に貰ってしまったので、
(先生に媚び売りとかクンサイテー!! ってならないコレ?!?!)
 ……久々に胃が痛かったであった。
 何はともあれ、これで練習台には困らない。
 途中からはこっそり「実はマッサージだけじゃなくって、“個性”の特訓もしたくってさーー」と断りを入れるようにした。黙って“個性”を使う申し訳なさもあったし、言ってしまった方がにも“得”があったからだ。
 意外にも大体の人が容認してくれたのは、嬉しい誤算だった。元々の“個性”は知られていたし、マッサージも評判になっていたので、特別気にならない、ちょっとの間ならまあ……という人がほとんどだった。昔“個性”で避けられた頃とは大違いだ。
 それどころか、“個性”が一時的に無くなった状態でマッサージを受けると、余計な力が抜けて気持ちがいい(新たな商売の予感!)、なんて感想もあった。
「んじゃ今日の“アレ”、いっちょよろしくネー!」
「おっしゃ、今日こそ負かしたるわ!」
「やったれやったれー」
 相手と自分の“個性”を同時発動させて競わせる“アレ”こと、「どっちの“個性”が強いでしょうかゲーム」はなかなかに盛り上がった。今のところ、は勝ち続けている。
 これがにとって最大の“得”だった。
 本来公共の場での“個性”使用は、相応の資格保有者にしか許可されておらず、知っての通り、日常生活でのちょっとした使用は黙認されている。
 しかし、対象が「人間」だと話が違う。
 もちろん、“個性”で人を傷付けるなんて以ての外。だが、たとえ不慮の事故であったとしても――世間が加害者を「ヴィラン予備軍」として冷たく見ることも、少なくはないのだ。そこから本当にヴィランになってしまうケースも多く、度々ニュースにもなっている。暴発事故によるメンタルケアは加害者にこそ手厚くやるべきだ、なんて声もある。攻撃的な“個性”しか持って生まれなかった人間の行く末は? そんなタイトルの本もある。
 ほとんどの人間が「ヒーロー」に憧れるような社会で、「ヴィラン予備軍」の不名誉なレッテルは誰だって貼られたくない。法律で禁じられているという大前提はあるが、それ以上にデリケートな問題なのである。だから普通、どんな些細なものでも、人に向かって“個性”は使わない。
 そんな滅多にないチャンスを、は手にしていた。
 何せには、これまで駆り出されてきた「仲介係」の実績がある。それに「ゲーム」だからお遊びの範疇だ。多少熱くなる人もいたが、本気じゃない。
(おれは悪いけど全力の全力!)
 皆安心してには“個性”を使えたのだった。
 相手が使ってくる“個性”に対して、“個性”を使う。
 同時に、マッサージをおろそかにしてもいけない(かーさんとねーちゃんが黙っちゃいない)。人によって、部活によって、“個性”によって、酷使されている部位は異なる。直接触れつつ会話を交えながら、しっかり揉みほぐしていく。
 頭を使いながら、体を動かしながら、“個性”を継続的に発動させる、実技的な訓練。
 加えて、各部のトレーニング器具の利用許可と、ジョギングや筋トレの参加許可をお願いした(みんな快く許可してくれた。ありがた~い)。毎日違う部活に顔を出すので、鍛える部分が日替わりになるのも都合が良い。
 どこをどこから鍛えればいいか?
 わからない。
 わかっているのは、持久力も瞬発力も筋力も何もかも足りていない事実!
 ――“個性”の本質、実用性、運用方法、超過による身体的負担、己の身体能力、その他全てを加味した上で諦めろ。
 正直言うと(めっっっっっっっっちゃくちゃ)しんどい。辛い。吐きそう。吐く。吐いた。足がだるい。足が重い。疲れた。疲れてる。全身と脳味噌が悲鳴を上げている。
 毎日毎日毎日毎日、身体と“個性”を酷使する日々なんて、少し前なら考えもしなかったのに。
 ――諦める理由に他人を使うな。
「っしゃあ!! 折寺中学校野球部ファイオーーーッッ!!」
「おお……、気合い入ってんな……」
「アイツ野球部じゃないのにな……」
 ……ン゛ン゛ッ゛。
 何はともあれの毎日は、そうやって変わって――もとい、変えていったのだった。


「つっっっっっかれた……」
「なんか最近あちこち頑張ってんじゃん?」
「マアネーーー」
 隣の席のクラスメイトが茶化すように笑う。やっぱりペンケースを枕にして、ごろんと横になってそいつの顔をしげしげ見た。
 普通に、いい奴だと思う。
 爆豪グループのように素行がちょっとアレなわけでもなく。
「……あのさあ、前におれ、ねーちゃんに早く起きろって毎朝ボディーブローされるーとか言ったじゃん?」
「あー? そうだっけ?」
「あれ、実はうっそー♡」
「そんな嘘つくことある!?」
「逆に毎朝おれがねーちゃん起こしてる」
「え? ボディーブローで?」
「いやいやいやいやコワイコワイ」
 隣の席なのもあって、それなりに会話もする。仲も悪いわけじゃない。
 軽口を叩く、冗談を交わす、そんなクラスメイトは何人もいる。
「見ろ、緑谷筋トレしてる」
「飽きもせずよくやるわなー」
 声の方向に目線を移した。そこには机の下でハンドグリップを握りながら、もう片手で器用に勉強するモジャモジャ頭。
 声につられて同じ姿を見ていたようで、
「あちゃー、まだ雄英目指してんのかー」
 隣の席のクラスメイトが茶化すように笑う。
 ……結局、どんなに気がいい奴でも、笑っていいものだと思っている。
 “無個性”を。
 緑谷出久の夢を。
 無駄なものだと、意味の無いものだと、このクラスの誰もが思っている。
「おれが雄英目指してるって言ったら、同じように笑うか?」
「……え?」
 予想もしなかったんだろう、の低い声に、“只のクラスメイト”はきょとんとした。
 はいつものように、へらり、と笑顔を作る。
「そーーやってさーー、人の夢笑ってちゃあ、ヒーローにゃなれないでしょ」
 あ。
 言えた。
「んだよ~、痛いとこ突くなよ!」
 笑いながら軽い口調のに、ほっとした様子でクラスメイトは小突いてくる。悪い悪いなんて返して、それで終わる。その程度の、会話。
 だけど、言えた。
 嘘をついてまで話題を変えたりなんならトイレにでも行って、あの手この手で誤魔化してきた。今までなら。
『――僕と一緒にいるせいで、君まで笑われて、ごめん』
 緑谷が笑われるのが嫌で、関わりを全て避けた。
 自分が笑われるのも嫌で、曖昧に言葉を濁してきた。
 ……例えばこれからも自分の“個性”訓練の為に、人間関係は円滑な方がいいに決まってる。上手くやっていく自信もある。
 でも、もう。
(笑われてもいーや)
 どうせ“ともだち”は一人もいない。
 当の本人は何処吹く風で、きっと嘲笑も嫌味も聞こえちゃいない。一点集中、緑谷らしい。
 吹っ切れた気持ちでいると、ふと、最近大人しいアイツと目が合った。と言うより、睨まれていた。さっきの会話が聞こえてきたのか。なら、さぞ耳障りだっただろう。
 “人の夢笑ってちゃあ、ヒーローにゃなれないでしょ”
 そして軽口でも冗談でもなんでもなく、本心で吐いた言葉だということが、コイツにだけは知られている。
 ――キモチワリィ笑顔。
 そう言っているのが、わかったので。
 ――おかげさまで。
 爆豪勝己に向けて、はにっこりと笑いかけた。