磨いて掴め
11
整骨院は小規模で、待合室との間仕切りはカーテンのみ、施術ベッドも多くはない。横並びに2台、向き合うかたちで更に2台、合計4台が等間隔に置かれている。今はカーテンが全て開け放たれているので、普段よりやや広く見える。臨時休業と看板を出してあるので、通りに面した巨大な窓も当然、シャッターが閉じられていた。
施術ベッドは完全にお客様のご来院が皆無の状態に限り、しばしば従業員の椅子やテーブル代わりに使用される。
母とは右手前のベッドに座り、
「改めて、イレイザー・ヘッドだ。ヒーローをやっている」
対面するように、右奥のベッドにヒーローが座る。
ちょうどそこはよく、院を閉めた後に姉が「つかれたー」なんて言って腰掛ける場所だった。
「……、です。この間はほんとうに、ありがとうございました」
普段とのギャップが有りすぎる光景に眩暈がしたが、は耐えた。
「どうも。早速本題に入って構いませんか?」
「ええ、お願いします」
答えたのはもちろん母の入江だ。
……我が母ながら、流石としか言いようがない。は、自分と似ている“個性”のヒーローがいるなんて知らなかったし、救けてもらった後に調べてみたが、名前すら出てこなかった。マスコミ嫌いのヒーローもいるとは聞いていたが、正直半信半疑だった。所謂、アングラ系ヒーロー。きっと彼がそうなのだろう。
それなのに、母は既に、その存在も“個性”も知っているように見えた。
流石の一言なのだが、
(本題と言われましても、おれ何っっっにも聞いてないんだけどぉ!?)
――は突っ込みたい気持ちをなんとか抑えて、ちらりと母親に視線を送る。
いい加減、教えてくれてもいいはずだ。母はいつでも単刀直入、回りくどい真似をするタイプではない、はずなのに。そこには必ず納得出来る理由があるはずだった。
「。今日はイレイザー・ヘッドさんに、アンタの“個性”を“視て”もらう。アタシがお願いして来て頂いた」
「おれの“個性”を? なんでまた?? ていうかいつの間に???」
「アンタと似てる“個性”だから、アンタがヒーロー志望だから、アンタがこの前送ってもらった帰りにちょっとね」
質問に返答がきっぱりと返ってくる。
“個性”は、基本的に遺伝によるものだ。片親、もしくは両親の“個性”に近しいものとなる。と似た“個性”は家族にいない。じゃあ突然変異なんだろう、どうして自分だけこんな“個性”なんだとは、もう思わない。昔、散々思い詰めたから。“個性”の使い方は発現後、成長と共に覚えていくことが“普通”だったが、家族から教わることもまた、“普通”であるらしかった。“普通”に当てはまらない自分を、さびしく思ったことだってある。
母も、そうだったのかもしれない。
「……そっか。ありがとう、かーさん」
イレイザーヘッドにぶちまけた長い長い人生相談は、ほとんど家の前で話していた。物音と話し声に姉が迎えに飛び出ようとしたところを、母に止められたと聞いている。そう言えばあの日の帰宅直後、母は自宅にいなかったし、夕飯を食べ終わった後に帰ってきていた。約束を取り付けたのは、恐らくその時だったんだろう。
『おれ、ずっと、なりたかったんだ……』
黙って、聞いてくれていた。
そして、即座に行動した。
――全部、おれのために。
感謝の念がじんわりと涙腺を刺激するが、ヒーローと母の前で泣きたくないは、納得出来なかった唯一に突っ込んだ。
「理由はわかったけど、今朝ナンデ言ってくれなかったの!? ナンデェ?!」
「何言ってんだいアンタ。この前救けてくれたヒーローがウチに来るから早く帰ってこいなんて言ったらびっくりしちまうだろ」
「前触れなしにこの前助けてくれたヒーローがウチに来たらびっくりすんだけどお!?!?」
「それもそうさね。ま、学業には身が入ったろ」
しれっと言ってのける母がニヤリと笑う。
母はいつでも単刀直入、回りくどい真似をするタイプではないのだが。
それはそれとして、息子をからかうことに手は抜かないようだった。
「……、じゃややこしいな、でいいか」
「ハイ!!」
名前を呼ばれてしゃきんと思わず背筋が伸びる。ヒーローの目の前で身内同士のやり取りを見せてしまった、という恥ずかしさは胸にしまった。
「いくつかの順序で試していくが、まずは“個性”を発動させてみろ。さんにも協力して頂きますが、よろしいですか」
「ええ、もちろんですとも」
真剣に頷く母を見て、ぎゅっと拳に力が入る。
――恵まれてんなぁ。
プロヒーローに時間を割いてもらえること。
自分に類似した“個性”を持ったヒーローに、直接“個性”をみてもらえること。
何より、そのチャンスを母が用意してくれたこと。
どれも、“当たり前”ではない。“当たり前”ではないからこそ、大事にして、感謝を込めて、応えたいとは強く思う。
「よろしく、お願いします!!」
指示は、こうだった。
の“個性”で、母の“個性”を無くす。
「わかっちゃいたが不思議な気分さねぇ、ソワソワしちまう。ああ、謝るんじゃないよ」
「ングッ……、……アリガトーネ……」
「その状態をどの程度保てるんだ?」
「せいぜい15分がやっとです。って言っても直接触ってるのが前提なんすけど」
イレイザーヘッドの“個性”で、母の“個性”を消す。
「えっ!? 見るだけで発動出来るってめっっっっちゃ強くないすか!? つっっっっよ!!!!」
「次だ」
「アッハイ」
の“個性”で、イレイザー・ヘッドの“個性”を無くす。
「なるほど。発動範囲は限られているが、触らなくても無くすことは出来る、と」
「半径おれの手が届く距離っ、なんでっ! めちゃくちゃ狭いんです、がっ、まあ……! なんと、か……!! キッッッツ……!!」
「ふむ。距離を取られると“個性”の出力を上げなければならないようだな。次だ」
イレイザーヘッドの“個性”で、の“個性”を消す。
「ナニコレ……スゴーイ……えっおれいつも……こんな……こんな感じのことを……? 人に……?? なるほど……???」
「“個性”は使えるか? 使おうとしてみるとどうだ」
「使えなくさせてるご本人が何をおっしゃる!? ……ンン~~? アレ……?」
「……次だ」
の“個性”と、イレイザー・ヘッドの“個性”を同時に使う。
「コレ無理ゲーでしょ!?!?」
「アンタ、諦めたらそこで試合終了さね。瞬きの瞬間を狙うんだよ」
「アッだからゴーグル装備!? り、理に適ってる~~~~!! 流石プロヒーロ~~~!! かっけえ~~~~~!!!」
「以上だ」
ぜえはあと肩で息をする。元気よく叫んだせいでもあるが、連続で“個性”を使用した疲労が大きい。は“個性”超過のデメリットを、ここひと月で嫌という程学んでいた。まず体が熱を持ち始め、火照ってくる。次段階として本格的に発熱、更には眩暈や吐き気など。風邪の症状と似ているが、使った時間と同じだけ休めば治まる以外に、手っ取り早く冷やせば回復することもわかっていた。
「はいよ」
「アンガト……」
「あと手も出しな」
「えぇ~~……、………………ウン……ハァイ……」
出してくれた冷却シートをありがたく受け取っておでこに貼り、は渋々ながら――本当に渋々と――手も出した。
母の“個性”は、温冷である。人の熱を奪い、また与えることで、患部を温め、冷やすというものだ。決して強力な“個性”ではないが、母の手のファンは多く、常連さんは多い。ありがたい。
小さい頃なんかは、風邪を引いた時は姉弟ともども母の手に冷やしてもらっていたが。
「こうした方が早いもんで、すいませんねぇ。ちょっとお待ちを」
「……仲がよろしいようで、何よりです」
(グワーッ!!)
年頃の男子中学生として、救けてもらった『憧れの』と言っても過言ではないヒーローを前にして、母親と手を繋ぐ行為は――やはり、かなり、恥ずかしかった。
すっかり回復した頃を見計らい、逃げるようにお茶出しを名乗り出た。スタッフオンリーのドアから自宅に直行し、冷蔵庫から麦茶を取り出す。
「(……プロヒーローに出すのが麦茶ってどうなんだ……?)」
あの時のヒーローが家に来るなんて、確かに今朝の自分に言っても信じなさそうだし、学校に行っても一日ソワソワしていたかもしれない。母の言う通りで少し癪だった。ちくしょう、とは小声でぼやいた。
「お茶デース」
お盆ごと施術ベッドの上に置く。思ったより喉が渇いていた。(何なら今も緊張してるしなあ)一息つこうと自分の分だけ氷抜きにした麦茶をごくごく飲み、途中で、気付く。
「……」
「……」
「…………ゴクッ」
しいん、と静まり返った大人二人に。
麦茶とは別に固唾を飲み込む。たった今、色々とみてもらったばっかりだ。今日はその為の来て貰ったわけだから、黙る理由はそれしかない。
サーーッと頭から血の気が引いていった。
「お、おれの“個性”に何か……何か問題でもございましたか……?!?!」
混乱しながら姿勢を正して施術ベッドの上に正座するに、イレイザー・ヘッドは至って冷静だった。
「スリッパは脱いだ方がいいぞ」
「ソーデスネ!?!?」
慌て過ぎていたはスパァンとスリッパを脱ぎ去ってまた正座を決め込んだ。
「自分の“個性”を詳しく説明出来るか?」
「で、出来ます!!」
「把握している範囲で構わない」
説明も何も、体感した後なのに?
不思議に思いながら、は深呼吸して、慎重に言葉を述べていく。
「ン゛ン゛……えー、おれの“個性”は、相手の“個性”を一定時間、無効化することが出来ます。発動条件はおれの意思。直接触ってるか、手が届くくらいの間合いに入り込めば、使えます。範囲をどうにか拡げられないか考え中でーす。なんというか、発動するとおれの周りに膜? バリアー?? みたいなのが出来て、そこに相手が入ってると……?? 無効化出来んのかな……??
えーっと、最近自主練として色んな部活動に参加させて貰ってんですが、そこでゲームと称してちょこーっとだけ“個性”使ってまして。同時に“個性”発動して、おれがマッサージしてる間に無効化に勝てるか? ってやつ。まあ皆遊びでやってるし、おれはもちろん全力なんで今んとこ負けなしです。
何かしながら“個性”使うってめっっっちゃくちゃ難しくて!? マッサージだったら慣れてるんで、なんとか15分くらいは持続するようになりました。授業中にも試してるんですが……板書とか……小テストとかは……集中切れると……ムリデス……。
デメリットは、あんまり長時間使ってると熱が出て、気持ち悪くなります。使ってた時間と同じくらい休めばまぁまた使えるようになって、さっきみたいに冷やすと回復が早いっす。冷却シートいつも持ち歩いてまーす。
あ、あとは“個性”使ってると相手の“個性”? の感覚? が流れ込んでくる感じがして、“個性”をよく知らない人でもなんとなーくわかるような気がしてきました。こう、水とか氷の“個性”だったら冷たい、火とか爆破……の“個性”だったら熱いとか、なんかそんな感じで大雑把なんすけど。自分の“個性”意識し始めたのが最近なんでお恥ずかしー限りなんですが、色んな人に使ってったら、もっとわかるようになんのかなあ? って思ってます。
なんで、対敵を想定すると……まず何はともあれ相手の“個性”を無効化して、封じる。というかそうしないとおれに勝機ないっす。体術かなんかしら鍛えて先手必勝短期決戦型に特化しないとキビシーかなあって。もっと相手の“個性”が把握出来るようになったらもうちょい何かやりようがあんのかな? って考えてんですがまだ発展途上なんで保留にしてます。
“個性”について課題が大量~~~なのはわかってんですけど基礎体力とかまあ色々……足りてないんで……やりたいこと増えても出来るように、メニュー増やしてゴリゴリに体鍛えつつ、“個性”をちょっとずつ強く出来たらいいな~~~っていうのが現状です。
……い、以上……です……」
説明と言われても、改めて“個性”を言葉にしたことはない。ただ、特訓を初めてから気付いた点、課題などは随時メモしていたので、頭の中で思い出しながら喋ったのだが、途中でハタと思い当たる。
これ、ただの近況報告だ、と。
カーーッと今度は顔が熱い。
(絶対青くなったり赤くなったり忙しい奴だって思われてる!!)
「……(青くなったり赤くなったり忙しい奴だな)」
「なんだい、青くなったり赤くなったり忙しい子だね」
「思われてる!!!!」
は羞恥にグッと下唇を噛んだ。
「あー、色々言いたいことはあるんだが……まあ、あまり危険な遊びはしないように」
「……ゴメンナサイ」
相手は全力ではないし、校内だし、遊びだし。
いくらでも言い訳は出来るが、一歩間違えれば、事故に繋がりかねないことは知っていた。知っていてやっていた。遊びの範疇とは言え、プロヒーローの立場として注意せざるを得なかったんだろう。
イレイザー・ヘッドの言い方がなんだか先生みたいで、余計にはしょんぼりと肩を落とす。しおしおに干からびたミミズの気持ちで麦茶に口をつけた。
(他にやり方考えなきゃダメかあ……にしたって何だってまた、“個性”の説明なんてさせたんだろ)
ふと目をやると、母とイレイザー・ヘッドの麦茶は少しも減っていない。二人の分には氷を入れたので、コップが汗をかいていた。
「イレイザーヘッドさん、やっぱり」
「はい。お宅の息子さんの“個性”は、無効化ではない可能性の方が高いですね」
――ハテ?
なんだかとんでもない内容が聞こえた気がして、は、ぱちくりと瞬きをした。何度かぱちぱち、と繰り返して、首を傾げる。
お宅の息子さん。
……お宅の息子さん?
お宅の息子さんの“個性”は、無効化ではない可能性の方が高いですね。
そう、聞こえた。
「……………………息子って、おれ?」
の間抜けな事実確認を、笑う人はいなかった。