お嬢様と成り上がり


「おい見てくれ、“お嬢様”だ……!」
「……もう少し声量を落とせ、失礼だろう。聞こえてしまうぞ」
「す、すまない……」
「初めてお見かけしたのか? ラウル様の講義にはよくいらっしゃるんだ」
「そ、そうだったのか……覚えておくよ」
「……知ってるか? 噂ではお嬢様はなんと、四界全ての力が使えるらしい」
「それは……素晴らしい! 普通は一つの属性を極めるのに手一杯だというのに……さすが総帥が見初めたお方だ!」
「きっとお生まれからして高貴な方なのだろう。家名までは存じ上げないが……ご両親はお亡くなりになったと聞いた。お可哀想なことだ……」
「酷い事故だったとだけ、聞き及んだよ。一部、記憶がないそうだね……それで総帥が引き取られたのだとか。おいたわしい……」
「本来なら我々と同じ場所で受講するなど、有り得ない話だが……“先生方を独り占めするわけにはいきませんから”とおっしゃられたそうだ」
「なんとお優しい……同じ講義に出られることを、光栄に思うよ」
「くれぐれもお嬢様に失礼のないようにな。居眠りなんて以ての外だぞ?」
「よしてくれよ……嫌なことを思い出してしまった。ほら、いるだろう、“アレ”が」
「ああ……居眠りばかりする“アレ”か。どうかしたか?」
「実は……“アレ”も、異なる属性を使えるらしいんだよ」
「嘘だろ!? 悪い冗談はやめてくれ」
「冗談だったらよかったんだけど……相性を測る考査があったろう? その時に“アレ”のサモナイト石は――二つ、光った。見ていた奴がいるんだよ」
「チッ……忌々しい奴だな……宝の持ち腐れにも程がある」
「全くだね……今日も、サボりのようだし」
「何よりだ。だが、お嬢様に“成り上がり”と同じ空気を吸わせなくて済む」
「ああ、言えてる」

 後方で交わされた囁き声を、の聴覚は拾うことが出来た。とんだ地獄耳になってしまった。先生の指導がよかったからか、それとも苛烈な環境がそうさせたのか。聴くつもりも耳を澄ますつもりもなかったのに、つい、うっかり、“お嬢様”という単語に、体が反応してしまった。
 結果、自分を絶賛する言葉と、わかりやすく“成り上がり”を見下した発言に、心臓と胃がぎゅっと痛む。
(…………おえっ)
 後悔と反省と吐き気をおくびにも出さず、は背筋をしゃんと伸ばしたままだった。


「紹介しよう。ボクの“娘”だ」
 ――離れから初めて出たその日、蒼の派閥の総本部にて。
 総帥その人が宣言した時、はこう思った。
 聞いてないです。
 聞いてないんですが。
 聞いて!? ない!? ですけど!?!?
 叫びたい気持ちは、それでも瞬きだけに止めた。表情筋もしっかり鍛えてきた甲斐がある。いつでも、すきな表情を作れるように。ポーカーフェイスだってお手の物。パッフェルさんありがとう、と感謝を捧げながら、わずかに呼吸を整える。
 エクスをじっと見つめると、(言ってないからね)と言われた気がした。
 いい性格してやがる。
(なんだろ、わざとかな?)
 試されているのかもしれない。そうでなければ、事前の打ち合わせもなしに、こんなことをする理由がない。はず。たぶん。楽しんでるだけだったらどうしよ……という懸念も捨てきれない、エクスの怖いところだった。
 可哀想なのは、よりよっぽど動揺しているお偉いさんたちだ。なんとなくそう、とわかった。
「これはこれは……流石にいささか驚きましたぞ」
「そ、そうですな、あまりにも突拍子がなくて、何と申し上げたらよいのか……」
 誰も彼もお年を召していて、優しそうなおじさんもいれば、見るからに偉そうなおじさんもいる。この中で一番権力を持つ人物が、より頭一つ分も小さいエクスなのだ。もう異常とは思わないが、異様には見える。
 自分たちのトップが、どこの馬の骨ともわからない年若い女を連れてきて、娘だとか言い出したわけだから、そりゃあびっくりするだろう。
 エクスはすらすらと述べていく。突然紹介したことへの謝罪、血縁関係はないこと。とある恩人の子で、事故により、両親と一部の記憶を失くしている。よって自分が引き取り、派閥で教育を受けさせたいと。
 やっと、合点がいく。
 これが、派閥で自由に動くための肩書か。
「この申し出、受け入れてくれるかい。君のご両親への恩に、報いたいんだ」
 どうやらエクスは茶番をご所望らしい。
 そういうことなら仕方ない、とは諦めて、涙を流すことにした。
「……ほんとうに、よろしいのですか? こんな……こんなわたくしのために、総帥様にお力添えして頂くなんて……、亡くなった父と母に、顔向け出来そうにありません……!」
 はらはらと泣き出すと、どよめいていた部屋がしんと静まり返る。
 性別だって武器にしなくちゃもったいない。演技は、取得した技術の一つだった。極論、凡庸な見た目であっても、所作と表情と全身をもってして、“可哀想で可憐な少女”は装える。
(可愛いは作れます♡って、パッフェルさんも言ってたからね!!)
 ガラスの仮面を被った様子に、エクスは満足そうだった。
 いや総帥様、絶対楽しんでいらっしゃる。
「泣くことはないよ、君の才能は素晴らしい。きっとここでなら、多くを学べるだろう。さあ、皆にも見せてあげようね」
 エクスは小箱を取り出して、の目の前に捧げ持つ。中身は、厚手のクッションにはめ込まれた、各界のサモナイト石。
 実力を示すんだから文句なんてないよね、と暗に圧力をかけようって魂胆だ。
(いやこのエクスに文句言える人いる……?)
 こわいなあ、なんて思いつつ、表では「はい……」としおらしく返事をして手をかざす。
 ぶわっ、と魔力がたちまち練り上がり、全ての石が煌々と輝いた。
 はじめて喚んだのが、バルレルだったからか。力を使うと、いつも風が巻き起こる。部屋が荒れないように調節しながら、は“見せつけた”。石に魔力を込めるだけなのに、つい力んでしまう。
 だって召喚師も召喚術も憎んでる。
 ほんとうなら、少しも使いたくない。誰にも呼びかけたくない。
 彼だって周知の上だろう。エクスに恩を感じていても、呪いも殺意も譲れない。
 知りながら、召喚師を育成する蒼の派閥に放り込み、長の“娘”に据え置くのだ。
 ほんとうに、いい性格だこと。
 徐々に力を弱めていき、風が止む。
 ワンピースの裾をつまんで、恭しく一礼した。
「彼女――・プリマス・ドラウニーの紹介は、以上だ。十分だろう?」
 敬愛すべき“お義父様”は、結局誰にも異論を許さなかった。というより、誰も発言すら出来なかった。
「ああ、ちなみに。ボクの後継者という意味合いではないから、間違えないでね」
 にっこりと、エクスが何らかの釘をさす。


 こうやっては、身分証明を手に入れた。
 ありがたい。それはそうだ。もう理解している、自分が「はぐれ召喚獣」だってことは。リィンバウムでは、人ですらない。異なる世界から来た、異物。似て非なる何か。定義が、人間であることを許さない。
 人の皮を着ていられるのは、エクスのおかげだ。
(まあお嬢様になりたいかなりたくないかって言われたらそりゃああああなりたくなかったけどなああああ!?)
 それはそれ、これはこれ。いつでも頭を抱えたい気分ではある。なんてったって柄じゃない。バルレルからの多大なる影響もあって、口汚く色々と言い捨てたい。
 素を一欠片も出さず一切合切を飲み込んで、頭からつま先まで“お嬢様”で在ることを、は毎秒貫かなければならなかった。
 最早手慣れたものではあるが、ため息すら心の中で吐く。
(はぁーー早く講義はじまんないかなぁ、ラウル様は教え方丁寧だし振舞いが紳士だしお嬢様ってこびへつらってこないから……よい……)
 用意された生い立ちが完全に悲劇のヒロインだったので、同情はされてもいいが、贔屓や特別扱いはされたくなかった。なんせ、本物のお嬢様でもなければ、ほんとうは人間ですらない。そんな存在に頭を下げたりへりくだる人間の姿は、滑稽で、虚しくなるから嫌だった。
 残念ながら、「お嬢様に取り入ってエクス様からの心証をよくしよう」という意図が明け透けなおじさん達は、一定数存在している。パッフェル先生ならきっと「そのくらいかわせないとダメですよう♡」と言うだろう。
 は他の見習い召喚師と同じように講義を受け、同等の待遇を望み、現にそうしてもらっている。一部のお偉いさんからは反対もあったそうだが。
 離れから出て、派閥で生活するようになった日々は、概ね平和だった。
 何故なら、ほぼ会話が発生しない。
 派閥の講義室は、離れの講堂と同じ構造をしていた。壁の一面に、大きな黒板。小上がりになっている教壇を中心に、扇状に机と椅子が何組も広がっていて、机は少し小さく、四人掛け。そのはずなのだ。
 今日もが使う机は広々としている。
 誰かが同じ机を使ったことは一度もない。
 ハブられてる、もとい、遠慮されてるのだ。明らかに同年代、もしくは年下のに対して、「恐れ多い」だとかで。
 実際は紛い物だとしても、総帥が“娘”と公証したの扱いがどうなるかなんて、エクスは予測していたはずだ。恐らくは、余計な厄介ごとに巻き込まれないようにしてくれたんだろう。……どうしてそこまでしてくれるんだろう、と疑問にも感じる。蒼の派閥内ならば、エクスの目が届かない範囲でも、安全が保障されていた。
 だから今日も今日とてぼっち、と思っていたのに、
「ごめん、隣いい? ここしか空いてなくてさ」
 初めて声をかけられて、内心、酷く驚いた。年齢は、さほど離れていないように見える。一つ上くらいの男の子だった。
 深い紺色の髪は少しぼさついていて、さっきまで寝てたように見える。時間もぎりぎりだし、実際寝てたのかもしれない。
「はい、もちろんどうぞ」
「ありがとう」
 にこやかに、感じよく答えられたと思う。後ろの方で、少し不穏にざわついた気配がした。講義が始まって、すぐ静まったが。
(この人、なんにも知らない感じだ!)
 お嬢様扱いをしてこない隣人に、ちょっとだけ嬉しくなってしまう。
 別に、寂しかったわけではない。友達を作る予定はないし、見習いだって召喚師だ。召喚術を至高の力と信じている。目にも声にも出さない悪態を、何度吐いたかわからない。くそくらえ。
 それでもは今日も学ぶ。正しく、熱心な生徒だった。活かすのではない。使おうとも思わない。
 全ては、殺すために。
 そんな、たとえ憎き召喚師の卵だとしても、
「……ぐう」
(……ね、寝てる……?!)
 思わず心配になるくらい、横目で見る寝顔は安らかだった。
 きっと噂にされていた、居眠りばかりする“成り上がり”が彼なのだろう。
 召喚師達は家系を尊び、その血で力と名声を代々守っているそうだ。
 富や名声を欲しいがままにする、強大な力。
 そうして築き上げた家名を、彼らは誇りにし、ひけらかす。
 だからこそ、家名を持たない平民――“成り上がり”を、快く思わない。
(たぶん散々嫌味とか、めちゃくちゃ言われてるだろうに、なのに、なのに……? い、居眠り……? こ、心が強いなぁこの人!!)
 あまりの図太さに感心して――それくらいじゃなきゃ、やってけないんだろう、とすぐ思った。
 どろどろした内情はどうあれ、蒼の派閥は真理の探求を目的とした、学究的な組織らしい。時として、各地で素質を見出された者や、力を持て余している者を“保護”し、その才能を育てるという。
 “保護”。
 彼がどういった経緯でここに連れて来られたなんて、には到底わからない。
 ただ、一つだけ、わかること。
(来たくて来たわけじゃないんだね)
 つきりと痛むような親近感を、名前も知らない隣人に抱いていた。