第三十七話 乾杯
今日からしばらくは旅に出る前の作り置き準備だ。俺が豚汁の鍋をぐるぐるかき混ぜてる間、ハナちゃんはミンサーのハンドルをぐるぐる回している。
「……結局何だったんだろうね……?」
『……何だったんでしょうね……?』
それぞれ作業しながらも、突然ハナちゃんが加護を授けられた件について俺たちは揃って首を傾げた。
昨日は意味不明すぎて思わず就寝したけど、朝起きてから再確認してみたらやっぱり夢じゃありませんでした。
「創造神様への口止め料、にしては他にも理由がありそうなんだよなぁ」
『私には聞こえませんでしたが、その、ものすごーーく歯切れが悪かったんですよね……?』
そう、執拗に言葉を濁しながら『流石に……』って言ってたんだよな。マジで何があったんだよ?
しかもご丁寧に全員分の加護って。
【注・ムコーダさんの恋愛運があまりに低過ぎるので流石に……とハナちゃんが不憫に思われました】
まあでもあって困るものじゃないからね。濁された理由は置いといて、創造神様へ告げ口されたくないのも本当だろうし、キシャール様に至ってはどさくさに紛れてハナちゃんにレビュー頼んでたし。
ハナちゃんに伝えたら『わかりました、が、頑張ります!』だって。あと突然で神様たちにお礼を言い損ねたからまた今度改めて伝えて欲しいって言われたよ。ええ子や。
ちなみにフェルたちにはハナちゃんが加護を授かったことはまだ言ってなかったりする。
昨日はハナちゃんをダシにしてまでダンジョンに行きたがってたからな。
加護の検証にって皆がまたダンジョン行きたがっても大変だろうってハナちゃんも言ってくれたから、お言葉に甘えて旅の準備から始めさせてもらったよ。ありがたや。
もちろん準備が落ち着いたら改めて検証しに行くぞ。極小にどれだけ効果があるか、ハナちゃんの安全のためにも知っておかないとな。
というわけで今日と明日はせっせと作り置きを量産だ。
ハナちゃんは俺の手伝いの他に、サラダの下拵えもしてくれたよ。最初に勢い余って色々と買い込んだ野菜やドレッシング類は渡してあって、ハナちゃんのアイテムボックスに入ってるんだけど、レタスやキュウリなんかはすぐ使えるように細かく風魔法で切り分けてた。
あ、よく見たら蔓に風を纏わせてるのか? 野菜を空中に浮かせながらまるで包丁を振るうように蔓を操ってスパスパ切ってるんだが。最早職人芸の域だわ。
『うむ、我が教えた通り風魔法はきちんと使えているようだな』
『ふふ、ありがとうございますフェル様!』
やっぱり師匠面なんですねフェルさんや。
『浮かしたまま切るやつなら俺も出来るぞ、どうだっ?』
『わっ、ドラくんすごい! 賽の目切り!?』
『ハナちゃんもドラちゃんもすごいねー、バラバラー』
『スイちゃんもお野菜洗うの手伝ってくれてありがとねー』
『うふふー、どういたしましてー』
うん、俺の従魔たちが仲良し。
今日分の作り置き作業も夕飯も終わったらハナちゃんと二人で晩酌だ。
ミスリルのお猪口を使ってみようって約束したからね。
まずは二人でお酒を選びます。
……うむ、ハナちゃんとベッドで横並びに座ってメニューを見るのも大分慣れてきたぞ。
ミスリルが保温・保冷に優れてるから冷酒に良さそうって話だったんだが、残念ながらネットスーパーってパック酒や料理酒ばっかりで日本酒の品揃えはそんなに良くないんだよな。ビールや発泡酒はそこそこなんだけどさ。
「そんな時に助かるのがこちらのギフトコーナー」
『贈り物に最適な飲み比べセットがいっぱい!』
そんなわけですんなり決まりました。
選んだのはギフト用の純米吟醸酒飲み比べセット、1本300mlの5本入り。
二人でちびちび色々飲むにはちょうど良いサイズだし、一升瓶2本入りより断然こっちがいいよねって満場一致だったぜ。値段もお手頃な銀貨3枚と銅貨5枚。
早速購入。5本の内訳は新潟の酒が3種と福島の酒が2種で、おまけにオリジナルグラスと木升がついてきた。
今回は使わないのでアイテムボックスに仕舞う。そのついでに俺の分のミスリルお猪口と、フェルに作ってもらった氷がたっぷり入ったボウルを取り出してっと。
ネットスーパーで購入したものは惣菜ならアツアツ、飲み物なら冷え冷えっていう有り難い仕様で、例によって日本酒も良い感じに冷えてる。
これをさらにキンキンに冷やして飲むぞ。かなり細かく砕いてもらった氷の中に2本突っ込んでおく。
ひとまず2本にしたのは折角だから飲み比べしたいってのと、ハナちゃんが『こ、この前は飲みすぎてしまったので……!』って自己申告してきたからです。
で、でもあれはハナちゃんの生い立ちがあんまりだからって思わずビールを大量にずらっと並べてしまった俺が悪いので……。
しかもハナちゃんが転生して初めての飲酒だったし、そりゃ酔っ払うよねぇ。
お互いひとしきり謝った後、今日はゆっくり飲もうってことで話がまとまったよ。
食後酒として軽く呑むつもりなので今回つまみはなし。新潟が3種と福島が2種ってちょうど分かれてたんで、選んだ2本はどっちも福島、会津の酒だ。味の違いがわかるかはわからんが楽しみだねって話し合う。
しかし昨日も思ったけど、するっとお猪口を作った辺りハナちゃんて結構な酒好きだよね。
「日本酒、よく飲んでたのかもね」
『ふふ、そうかもしれないです。あんまり覚えてないんですが……』
うーん、やっぱり断片的なんだな。
『ざ、残業帰りにコンビニでビール買ってたのははっきり思い出せます……!』
「そ、そっか……!!」
生前の記憶がトラウマオンリーってのはちょっと辛すぎるぜ、ハナちゃん……。
是が非でも第二の人生を満喫してもらわなくちゃな。
美味しく酒を呑むのもその一環だよね。
幸いなことにハナちゃんは毎日楽しそうだし、今も嬉しそうに笑ってるから俺もつられて笑っちまった。
『そろそろいいでしょうか?』
「あ、そうだね」
十分冷えた酒を開けて、代わる代わるお酌する。そう言えばこの前酔っ払ったハナちゃん、乾杯した時やたら嬉しそうだったな?
お猪口同士を合わせるのは変だけど、まあミスリル製で割れ物でもないしマナーを咎める人もいないし、いいよね。
俺がお猪口を前に出すと、やっぱりというか思った通りというか、ハナちゃんはふにゃりと良い笑顔を浮かべてくれました。
「乾杯」
『……乾杯!』
ミスリルのお猪口は、きんと涼やかないい音がした。