第五十五話 物欲薄い疑惑
「やっぱAランク冒険者は稼ぎが違うし技術もすごいな」「さすがAランク!」
「ハ、ハハハ……」
次はアントンの実家である工房に向かうところなんだが、5人の尊敬の眼差しに俺は乾いた笑いしか返せなかった。
どうやら俺、冒険者ギルドを出るあたりからずっとハナちゃん(念話)と普通に会話してたっぽい。や、やっちまった。
稼ぎはフェルたちのおかげだし読唇術は勘違いだよっ。
『ご、ごめんなさい……』
『いやいや、ハナちゃんのせいじゃないから』
今度こそ念話に切り替えてこっそりハナちゃんと話す。今後はくれぐれも気をつけていかないとな……。
でも上手いこと勘違いしてくれたから、5人の前ならさっきのままでいいかも。
買い物ってなるとやっぱり会話も弾むしさ。
逆に俺まで喋ってないのに話が盛り上がってたらなんで? ってなるもんな。
そうハナちゃんに伝えたら笑顔で了承してくれたよ。
というわけで今回買い物中はハナちゃん(念話)と普通に喋ってくぞ。
そういやドランの街じゃ念話と念話で喋ってたら無言で見つめ合ってるって店員さんに勘違いされたんだっけ。アレは結構恥ずかしかったぜ。
アントンの実家であるセヴァリ工房は中心部から少し離れていたが、目についた建物を案内してもらいながら歩いてたら30分くらいすぐだった。
ここでも色々と買い込ませて貰ったぜ。アントンの親父さんとそのお弟子さんの作品はどれも味があって俺好み。
購入品は魔石の粉が釉薬に混ぜ合わせてある自動冷却コップと、淡いベージュの深皿5枚セット、苔生したような深い緑の丼5個セット。
『どれも素敵ですねぇ』
見てるだけのハナちゃんは何故か俺以上満足気にホクホク顔だ。
楽しそうで何よりです、と言いたいところだが、ハナちゃんには物欲薄い疑惑がある。
金額的に遠慮して買えないって素振りじゃなくて、本当に見てるだけで満足しちゃってるっていうか。
それ自体はもちろん悪いことじゃないよ。
でもさ。
ハナちゃんは社畜として過酷な生活を送り挙げ句の果てに勇者召喚に巻き込まれ人知れず命を落とし幽霊として数百年と空虚に過ごしその後なんやかんやあって転生してきた現在。
……す、少しくらい欲を出したってよくないっ?
お節介かもしれないけどさ。ネットスーパーのメニューを見てもらったり、こうして一緒に買い物したりするのがハナちゃんの良い刺激になったら嬉しいよな。
具体的に聞いてみるか。
「ハナちゃん、気になる物はあった?」
『気になる物、ですか? うーん、どれも素敵だなぁ綺麗だなぁと楽しく見てますが……』
はい、すごく楽しそうなのは見ていて丸わかりでした。
「何か欲しい物とかお気に入りが見つかるといいね。せっかく焼き物の街なんだしさ」
『あぁ、そうですね! ネイホフに来た記念にもなりますし……ふふ、私も何か探してみます!』
おっ、好感触。いいぞハナちゃん、その調子だ。
しかしイーダ商会もセヴァリ工房もなかなかいい値段だったからなぁ。もちろんそれだけ品が良いってことだけども。
手の出しやすい手頃な値段の焼き物があれば……と思ってたら、まさに次の工房がうってつけだった。
ブリジッタの実家であるドヴァン工房は小規模で有名処ではないみたいだけど、高級感があってどれも綺麗なのに、値段はセットでも金貨1桁台。ハナちゃんの所持金でも無理なく買えるお値段だ。
安いからって物が悪いってわけじゃないし、知る人ぞ知る地元の名店って感じか? なんでも立ち上げ当初からのご贔屓筋もいるんだとか。うんうん、わかる気がする。
主に並んでいるのはヨーロッパ風の陶磁器で、白地に鮮やかな花模様が多い。絵柄も派手すぎないところが良いな。
ここならハナちゃんが欲しい物も見つかるかもしれないぞ。
『……う、うーん……』
と思ったらそのハナちゃんが難しい顔をしてる件について。
ど、どうしたんだそんなに眉間に皺を寄せて。
「ど、どうしたの?」
『いえ、私も何か買ってみようかな、と思ったんですが……どうにも……も、もちろんどれも素敵ですよ? でも、欲しいかと言われると……』
ハナちゃんは困ったように眉を八の字にしている。
『すみません、私が何も買ってないから気にして下さったんですよね。せっかく背中を押して頂いたのに、なんだか申し訳なくて……』
「も、もちろん無理に買わなくたっていいんだよ。見るだけでも楽しいし、目の保養になるしね」
『はい……そうですよね。ありがとうございます、向田さん』
俺の言葉に少し元気になったハナちゃんは、気を取り直すかのようにまた工房に目を向けた。
ううむ、物欲薄い疑惑、案外根が深いのかもしれん。
俺の背後霊になってからやっと色んな欲求が湧いてきたって言ってたんだし、まだ早かったか。
まあ転生してから全く買い物してないってわけじゃないもんな、これからだよな。
その買い物内容があんまり慎ましやかだから俺が勝手に心配しちゃってるだけで……あ。
そっか、そういうことか。
「この前ヨーランさんに手紙を書くために便箋買ってたよね」
『? はい』
「その前はポプリのポット」
『はい、ちょうどいい物があってよかったです!』
「あとはお礼にって贈った使い切りのフェイスパックと、フェルのブラッシング用品か。で、最初に買ったのはサシェの材料だったよな」
『そうですが……あの……?』
ハナちゃんは不思議そうにしている。
今言ったのはハナちゃんが自分の所持金で買った購入品。
どれも『ハナちゃん自身が欲しい物』と言うよりも『ハナちゃんがしたいことに必要な物』だ。
『ほ、本当ですね!?』
目から鱗とばかりにハナちゃんが驚いた。
もっと欲を出してもよくない? って思ってたけど、ちゃんと出てたわ。
自分に使うばっかりが欲求じゃないもんな。
「だから無理に欲しい物を見つけようとしなくてもいいんだよ。申し訳ないとか思わなくて大丈夫だから」
ハナちゃんにしたいことがあれば、自然と欲しいって気持ちも出てくるだろうしさ。
変に心配してかえってハナちゃんに悪かったわ。うう、すまんかった。
正直に「実はハナちゃんの物欲が薄いのかなって気になってて……」って言ったらびっくりされた。で、ですよね。
「なんかごめん、完全に余計なお世話だったね」
『そんなこと!!!! ありません!!!! 向田さんのそういうやさしいところ、す、……すごく尊敬してます!!!!』
「あ、ありがとう……」
力強い全否定と全肯定を頂きました。て、照れるぜ。
結局ドヴァン工房でハナちゃんは買い物しなかったけど、やっぱり見てるだけでもものすごく楽しそうだったので、それでいいんだなって思った。
今日も今日とて、ハナちゃんが楽しそうで何よりです。