第五十八話 いいんだよ

 俺は浮かれていた頭をぶん殴られた気分だったし、実際にぶん殴りたかった。俺の馬鹿野郎。
 嘘や冗談でこんなことを言い出す子じゃない。短い付き合いでもわかる。
〝ここ〟がよかったって転生して来た女の子。
 だから、ハナちゃんは本気だ。
 本気で、パーティーを抜けようと思ってる。
 ハナちゃんがしたように俺も深呼吸をした。
「……理由、聞いてもいい?」
 こくりとハナちゃんが頷く。よく見れば膝の上でぎゅっと握り締めた手が震えてた。
 それを見た瞬間、何でだか泣きそうになった。
 ハナちゃんはどんな気持ちで、どんな理由で俺達から離れようとしてるんだ?
『……今日、歩いている間、ブリジッタちゃんとリヴィアちゃんに、……お、おふたりは恋人同士なんですか? って聞かれ、まして。もちろん違いますって答えましたし、その時は、とてもうれしかったんですが……』
 話し出した矢先の内容にドキッとする。
 ハナちゃんも似たようなこと聞かれてたんだな……。
 いや待て、嬉しかったって言った? え?
『さっき、ですね。ついさっきです、それは……こ、恋人同士に間違われることは、よくないことだって気付いたんです』
 ……もしかしてそれが赤くなって青くなった原因だったりする?
 フィリップが耳打ちしてきた内容と3人の内緒話のタイミングを考えれば恐らく合ってる、はず。
『だって、だって……邪魔になっちゃうじゃないですか!? 向田さんをすきになる人にも、向田さんがすきになった人にとっても!!』
 ……。
 ……。
 ……はい?
『もし、もし向田さんに恋人が出来たら……! 私、私の存在はっ、かなり……か、かなり……迷惑だと思うんです……!!』
「は、ハナちゃん!?」
 そこでハナちゃんは耐え切れないようにソファーに突っ伏した。
『一応とは言えアルラウネですしっ、職業も……ですしっ、望んで転生したのでそこに後悔も不満もありませんが!? でもすごく、すごく嫌だと思うんですっ! お相手からしたらっ! たとえ関係を持ってなかったとしても?! 同じパーティーにアルラウネかつダッチワイフがいるなんて、ああああ私の馬鹿っなんでもっと早くに気付かなかったの!?』
「おおおお落ち着いて、落ち着いてハナちゃんっっ」
 取り乱してるハナちゃんの細い肩を掴んで引き起こしたら、な、泣いてる……。
『む、向田さんに迷惑かけたくないのに……私の存在自体が……だめなんです……』
 ハナちゃんがべそべそ泣いてる……。
 頭の花もすっかり萎びてしおしおになってる。
『恥ずかしい……今日の今日まで気付かなかったなんて……転生して、ここに来れたからって、浮かれてました……』
 ごめんなさい向田さん、とハナちゃんが泣きながら謝ってくる。
 ハナちゃんの話を纏めると。
 俺とハナちゃんが恋人同士に間違われたら俺の恋路の邪魔になってしまうし、ハナちゃんの存在自体が未来の俺の恋人に申し訳が立たないから、パーティーを抜けたい、と。
 ………………………………色々言いたいことも思うこともある、が、それは後で。
 どうする、向田剛志。
 ここが正念場だぞ。
 俺の返答次第でハナちゃんはパーティーを抜けてしまう。
 考えを巡らせている間、俺はハナちゃんが最初に見せてくれたあのふにゃっとした笑顔を思い出していた。
「ハナちゃん」
 瞬きをするハナちゃんの目から涙がこぼれ落ちていく。
「もう一度って思えたのは、ハナちゃんが転生出来たのは、俺のおかげって言ってくれたよね」
『……はい』
「それから、一緒に連れてって下さいって」
『…………』
 本当は、ハナちゃんだってパーティーを抜けたくないに決まってる。
 わかるよ。
 短い付き合いでも。
 あんなに楽しそうに、嬉しそうに、俺達と過ごしてきたんだから。
 ――いつの間にか、私も〝そこ〟に行きたいなんて……思っちゃったんです。もう遅いのに。
 ――他じゃだめなんです、〝ここ〟がよかったんです!
 こんな泣かせたままでお別れなんて、俺だって絶対に嫌だ。
「ゴホン。まずハナちゃんの種族と職業だけど、当初の予定通りこの先誰にも言うつもりはありません」
『………………え、え?』
 咳払いしてスラスラ話し始める俺にハナちゃんがキョトンとするが、ここは敢えて無視。すまん。
 誰にも言わないってのは元々そのつもりだったし、鑑定の道具やスキルはレアだからバレる確率がかなり低いのも変わらない。
 ハナちゃんは気に病むかもしれないが、言わなきゃ絶対にわからないってそれはもうほぼ事実無根ですよね?
 事実を知らない人間からしたらハナちゃんはアルラウネでもダッチワイフでもないんです。
 何も問題ありません。
「今から兄妹はちょっと難しいけど、遠縁の親戚って付け加えるくらいなら大丈夫だと思う。元々同郷とは言ってあるんだし」
『あ、あの……?』
 普通は兄妹なら最初にそう言うだろうからね。
 全くの他人でもお国柄はどことなく雰囲気に出るだろうから、遠縁の親戚はそこそこ説得力が出るはずだ。お互い日本人でよかったぜ。
 多少なりとも血縁関係をほのめかしておけば、まさか付き合ってるとは思われないだろ。
 ハナちゃんの懸念材料をしっかり潰してから、俺は言う。
「ハナちゃんが転生出来て本当によかったなって、俺達のところに来てくれて嬉しいって思ってるよ。だから、パーティー抜けるとか、存在自体がダメだとか、そんな寂しいこと言わないでよ」
『…………』
「お、俺のこと心配してくれるのは嬉しいけどさ」
 俺をきっかけに転生出来たって聞いた時は驚いたけど本当によかったなって思ってるし、心身共に大変だった生前と幽霊だった時間の分だけ……いやそれよりももっと、ハナちゃんには笑って過ごして欲しい。
 転生して〝ここ〟に来れたから浮かれすぎたって?
 そんなの全っ然我儘じゃないし、ハナちゃんはもっと欲張っていいんですっ。
「ハナちゃんさえよければ、これからも俺と――俺達と、一緒に行こう」
 ハナちゃんは大きな目を更に見開いて、何度も瞬きをして、視線をうろうろさ迷わせ、何か言おうとして言えなかった。
 もう一度真っ直ぐ見つめてきたハナちゃんの顔には『いいの?』って書いてある。
「いいんだよ」
 ゆるゆると俺の言葉を噛み締めるようにして、そこでようやくハナちゃんが、笑ってくれた。

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