第五十九話 ハナちゃんが俺のことを好き過ぎる
『あの、私、ご、ごめんなさ……』また謝ろうとするので無言で首を振ると、『……ありがとう』と照れ臭そうにハナちゃんが呟く。
はい、それでいいんです。
やっぱりハナちゃんは笑ってる顔が一番だね。
泣き止んでくれたし一安心だ。
まだ涙に濡れた睫毛が光ってるけど。てか睫毛長っ、いや距離が近っ?
「……はっ」
『……あっ』
肩に手を置いて見つめ合っているという状況に改めて気付いたのはほぼ同時だった。
一気に照れ臭い雰囲気になってちょっと顔が熱い。
「お、お茶淹れてくるね、ハナちゃんは座ってて」
『は、はいっ』
ぱっと手を離してそそくさとキッチンに移動する。
ええと、お湯、まずはお湯を沸かさないと。
備え付けの調理器具に小さめの片手鍋があったので水を入れて火にかけてから、俺は床にしゃがみ込んだ。
ぐわあああああっっ。
ハナちゃんが俺のことを好き過ぎる。
ハナちゃんが……俺のことを……好き過ぎる………………。
だって、お、俺と、俺達と本当は一緒にいたいのに、俺のためにパーティー抜けようと決意するぐらい俺のこと好きってことだろっっ。
これは流石にしらばっくれんのも誤魔化すのも無理。
いつからとか何でとかどこがなんて知る由もないけど、もし、もしだぞ、ハナちゃんが転生を決めた時点で俺のことを好きだったとしたら、なんと言うか、その、すごく有り難いことだし、う、嬉しい。
すごく嬉しい。
……だから「親戚」を選んだんだけどさ。
そりゃあ恋人が欲しい男にとってはこれ以上ないくらいお膳立てされたチャンスだったよ。
相手が自分を好きだってわかってるんだから。
でもハナちゃんは自分の気持ちを言わずにいなくなろうとした。いや大分うっかり屋さんで色々漏れ出てはいたけど。
俺に迷惑をかけたくないって言う一心で。
それだけ好きでいてくれるのに「相手が自分のことを好きだから」なんて軽率な理由で飛び付く男に、ハナちゃんは任せられないだろ。
も、もちろん俺だってハナちゃんが好きだよ。
ただ、どういう好きなのか、ハナちゃんと同じ好きなのか、俺にはまだわからない。
そんな気持ちでハナちゃんとどうこう、ってのは、ハナちゃんに不誠実だと思う。
もしわかったらその時は……その時は……ちょ、ちょっと考えさせてくれ。
というか、俺でいいのか? って気持ちもあるし……ハナちゃんはいい子だし、気を遣いすぎなくらい優しいし、可愛いし……もっと良い人がいるんじゃ? いやそれは俺に好意を持ってくれてるハナちゃんに失礼か……そもそもハナちゃんから好意を持たれてるのは確実だがそれが恋愛感情なのか否かは本人にしかわからないし……
と、とにかく。
俺はハナちゃんに、安心して第二の人生を送ってほしい。たくさん美味い飯を食って、色んなところを見て、歩いて、いっぱい笑ってほしい。
ハナちゃんが笑ってくれると俺も嬉しい。
それだけはわかってるつもりだ。
ハナちゃんの気持ちを知ったからって急に態度を変えたりしないぜ。
結局何も変わらない。いやちょっと変わるか。
ハナちゃんはパーティーを抜けないし、表向きの関係性が「遠縁の親戚」になるだけだ。今度ヨーランさんに会う時にはそれとなく訂正しとかなきゃな。
……もしかしたらハナちゃんがパーティーを抜ける日が来るかもしれない、とは前にも思ったけどさ。
それはハナちゃんが喋れるようになって、普通の人間として、普通の女の子として過ごせるようになって、その、恋人とかが出来た日に……っていう話で。
まさか逆にまだ存在さえしてない俺の恋人のことまで考えてくれるとは思わなかった。いい子にも程がある。
ただ、それって
俺のことばっかじゃなくて、ハナちゃんにもハナちゃんを大事にして欲しいよ。
俺に迷惑がかかるかもって初めて気付いてあんなに……あんなに取り乱すんだもんなぁ。
うう。嬉しい半分申し訳なさ半分。
ハナちゃんに自分で自分を否定させちまった。
存在自体が迷惑だなんて、そんなことないのにさ。
アルラウネかつダッチワイフになって後悔はしてないし不満もないって言ってたし、それは本心だと思うけど、気にはしてるよね。
種族は進化の可能性があるからまだいいとして、やっぱり職業だけでも何とかしてあげたいよなぁ。
どっちも今すぐどうこう出来る問題じゃないからもどかしい。
あとで神様ズに……いや、ハナちゃんのことは創造神様に聞いた方がいいか。ハナちゃんを転生させてくれたんだし。
この先創造神様と話せるかはわからんが、その時は忘れずに聞いてみなくちゃな。
「っと危ね、お湯沸いてるわ」
慌てて火を止めた。
色々考えたおかげか、さっきより落ち着いた気がする。
何はともあれ、いつも通りにしないと。
お茶はティーバッグだけどハナちゃんが気に入ってる銘柄の紅茶にして、ドヴァン工房で買ったばかりのティーカップとソーサーを早速使う。
ハナちゃんも紅茶の香りでリラックスしてくれるといいな。
あ、さっきも使ったワゴンに紅茶を乗せてくか。
……しかしよかった、思い留まってくれて。
急にハナちゃん離脱とか俺も泣くしスイも泣くぞ。フェルとドラちゃんは……どうだろ、師匠面と兄貴分面してるから案外引き止めてくれるかもしれん。
だだっ広いリビングでぐーすか寝続けてるフェルとスイとドラちゃんの横を通ってそんなことを思った。
「お待たせ、ハナちゃん」
『向田さん』
俺を見るなりハナちゃんはぱあっと花を咲かせるような笑顔になる。眩し。
『お茶すみませ……、ありがとうございます』
謝りかけてさっきを思い出したのかハッとして、それからふにゃっとはにかんだ。
ぐわあ。
なんかハナちゃん、前にも増して眩しくないっ? お、俺がハナちゃんの気持ちを知ったからそう見えるのかっ?
俺は思わず顔を押さえて俯いた。
『……向田さん? ど、どうかしましたか?』
「…………なんでもないです…………」
『(……なんでもなくないやつだ!?)』