第六十五話 焼き物の街の思い出に
さて、ネイホフの街最終日の朝。俺達は朝食を済ませてお世話になった豪邸を出た。豪華な造りの玄関扉をしっかり閉めて鍵をかける。
商人ギルドにこの鍵を返して、冒険者ギルドで肉を受け取ったらもう出発する予定だ。
「よし、行こっか」
『海とダンジョン、楽しみー!』
『おっそうだな、ダンジョン楽しみだな!』
『うむ。海の幸を堪能したらすぐダンジョンだ、よいな』
『か、海鮮BBQ楽しみですね……!?』
念押しのダンジョンコールにハナちゃんのフォローが染み渡る。
でも俺は知ってるんだ、ハナちゃんもダンジョンを楽しみにしてるってことを。ハナちゃんにとっては初ダンジョンだしねぇ。
「ダンジョン効果はまだわからないけど、喋れるようになるといいね」
『……! はい! 楽しみです』
ちなみに、海の街まではフェルの脚で一週間かからないくらいらしい。
神様ズへの貢ぎ物は昨日しておいたので大丈夫。例の勝手に増えてた“獲得経験値倍化”スキルはヘファイストス様とヴァハグン様の仕業でした。全く。
そしてハナちゃんの警戒心は大丈夫じゃなさそうな件。
お勤めの際にハナちゃんも同席は恒例化しようって話にはなったんだよ。
補充したい物や追加で欲しい物も一緒に見てもらえるし、見てるうちに欲しい物が出てきてもいいんだし。
結果として昨夜、風呂上がりのハナちゃんがパジャマ姿で男を部屋にあげる事案が発生しました。
まあその男は俺なんですが。
確かに初日は主寝室の隣の部屋使ったよ、でもそのままハナちゃんに使ってもらったからハナちゃん専用部屋になってるわけで、もう一週間過ごしてもらってるわけで?
なのにナチュラルにまっすぐ自分の部屋に行こうとしてたから、は、ハナちゃんの部屋で? って恐る恐る聞いたらさ……
『? はい、明日にはここを出ますし、他の部屋を使ったらなんだかこう……ちょっと申し訳ないような気もして……』
わかるよ……。
あんなに部屋があったのに二室しか使わなかったからもったいない気持ちもあるけど今更別室使って下手に汚したりするのもな~って感覚もわかる、返却後に清掃とか入るだろうから……。
結局俺はそれ以上何も言えず、「そ、そうだね、じゃ、じゃあお邪魔します」『はい、どうぞ!(…………あれ? もしかして私大胆なことしてない……? あっ向田さんが気にしてたのってそれ!? や、やってしまった……!!)』っていう事案が発生してしまった。
お、俺って意識されてないのかっ?
ドランの街じゃ同室だったし今更かもしれないけど、で、でも俺ってハナちゃんの……す、好きな人なんだよなっ?? っていう。
信頼されてて嬉しい気持ちもあるけどそんな警戒心じゃダメでしょという気持ちもあり。男は狼なんだぞ。も、もちろん俺が何かするわけじゃないけどっ。
……とまあ、なんか俺ばっか意識してるみたいで恥ずかしくなったのが昨日。
はあ。
調子に乗るなよ向田剛志。俺とハナちゃんは身内、遠縁の親戚、身内……
『向田さん向田さん』
「ど、どしたのハナちゃん」
心の中で黙々と呪文を唱えていると、ハナちゃんが
本日もステルス解除ハナちゃんです。ヨーランさんに挨拶したいもんな。
『お屋敷で使ったようなピッチャー、欲しいって言ってませんでした?』
「あーっ、そうだったそうだった!」
こっちの世界の人にはペットボトルやパックそのままじゃ飲み物出せないし、使ってみて便利だったから欲しかったんだよ。危なく忘れるところだったぜ。
お礼を言ったらハナちゃんはちょっと誇らしげに照れ笑いしつつ、通りに面している店の一つを指さした。
『そこの角のお店、ブリジッタちゃんとリヴィアちゃんにおすすめされた所なんです!』
「お、いいね。じゃあちょっと入ってみよっか」
『はい!』
小ぢんまりとした店構えで言われなかったら通り過ぎてたかも。
『なるべく早く済ませるのだぞ』
『まだ買うのかー?』
まだ買います。
相変わらず焼き物には興味のないフェルとドラちゃんを通りに残してきました。
「スイも外で待ってるか? 買う物決まってるからすぐ終わるけど」
『すぐー? じゃああるじとハナちゃんと一緒に行くー』
『ふふ、じゃあスイちゃんも一緒に見ようね』
『わーい』
というわけでスイは抱っこスタイルで参加。
早速店に入ると……おぉ、女の子二人からの紹介だけあってかなかなか内装も洒落てるね。狭いは狭いんだけどそれも隠れた名店感があって良いぞ。
『どれも素敵ですねぇ』
「ねぇ」
店の人に聞いたらお抱えの職人が全部一人で作っているそうだ。
置いてある食器は白を基調としたシンプルなデザインで、差し色にラインが引かれていたり幾何学的な模様が入っていたりとモダンな感じ。
差し色や模様の色は綺麗な藍色で統一されていた。
目当てのピッチャーはすぐ見つかった。どんなシーンにも食卓にも合います! 的なシンプルな陶器製のやつ。
「よし、ちょっと買ってくるから待ってて」
『はーい』『はーい』
フフ、返事の仕方がうつってるんですが。今日も可愛い×可愛いは超可愛いだな。
「これお願いします」
「はいどうも、お買い上げありがとうございます」
店の人にピッチャーを出すと同時に、カウンター横に置いてある籠の中身に目が行った。
あ、これ、いいな。
「すみません、これもお願いします」
『……こっちとこっちだったら?』
『ん-とね、こっち! こっちの方があるじのご飯いーっぱい入るよー』
『あはは、そうだね。フェル様とドラくんも同じ大きさでいいかな?』
『うん!』
『ありがとう、スイちゃん』
『うふふー、どういたしましてー』
戻ってきたら食器見ながら仲良く会話してる。うむ、可愛い×可愛いは以下略。
『あ、向田さん!』
ま、眩しっ。ぴっかぴかの笑顔が俺に直撃した。
『私もちょっと買ってきますね!!』
おお、ついにっ。
なんだか妙に嬉しいぜ。ハナちゃん、ついにネットスーパー以外で初めての買い物をするんだな。ホント物欲薄い疑惑とかかけてすまんかった。
ハナちゃんの心を射止めたのは一体どんなやつだ?
ぽよんとハナちゃんの腕からジャンプしたスイを俺がキャッチすると、ハナちゃんは目当ての物を手に取っていく。
厚みがあって適度な重さのありそうな大きな焼き物と、ご飯茶碗にちょうど良さそうな小ぶりな焼き物。
よく見るとそれぞれの大きさや高さはまちまちで、揃いの食器ではなかったけど、色見が統一されているからか違和感は全然ない。
大きな焼き物には縁にぐるりとラインが引かれていて、全体が白の物には藍色のラインが、逆に藍色の物には白いライン。
小ぶりな焼き物には側面にライン、カラーリングは上に同じ。
一目見てハナちゃんがしたいことがわかって、俺は自然と笑っちまった。
『あのね、こっちはスイので、これがフェルおじちゃんとドラちゃんのでしょー。でね、こっちがあるじとハナちゃんのー!』
ぷるぷる嬉しそうに震えながらスイが教えてくれる。
はにかんだハナちゃんに俺は即答した。
言われなくてもわかったよ、『一緒に使ってくださいますか』って。
「もちろん、喜んで」
すぐさまぱあっと笑顔が満開になった。
今日もハナちゃんが笑ってくれて何よりです。
「こちらの五点でよろしいですか?」
「(こくこく)」
会計してもらうハナちゃんをそっと後ろから見守る。買うだけだから大丈夫だとは思うが、まだ喋れないからね。フォローはいつでも入れられるようにしておかないとな。
それにしても買い物の決め手が“お揃いで使いたい”とか、ハナちゃんらしくて微笑ましいね。
……ん? あの茶碗の大きさの違い、対になったカラーリング……どっかで……
あ。
「グッ……」
『? あるじー?』
「な、なんでもないなんでもない」
色々耐えかねてちょっと漏れた呻き声はスイにだけ届いたようでした。ごめんスイたん。
いやホント俺意識しすぎ。馬鹿。
でも正直、もう夫婦茶碗にしか見えねぇっ。
どんな顔で受け取ればいいんだよっっ。
落ち着け落ち着け、深呼吸。店内をゆっくり見渡して気を紛らわして……あれ?
カウンターに置いてあった籠がなくなってる。
さっきまであったのに、と不思議に思ってると店員と目が合ってバチンとウインクされた。
そ、そ、そういうことかっ。
お楽しみは取っておきましたとかそういう配慮っ。いやまあ確かにね、そういう、喜んでもらうつもりで買いました、買いましたけど。
改めて意識すると無性に恥ずかしくなってくるっていうかっ。
『向田さん、お待たせしました!』
「じゃ、じゃあ行こっか?」
店から出ながら、俺はさっき一緒に買った陶器のブローチをどのタイミングでハナちゃんに渡すか考えるのに必死でした……