第七十話 海だからって水着回はありません
さて行きますか、クラーケン討伐。俺たちは巨大化したスイの背中に乗ってグングン進む。
流石スイたん、水陸両用。ルカ様の加護もあるとは言え万能すぎる。
漁師に船を出してもらえずに何度も断られてダメかと思ったよ。
「どっかの自信だけ満々の誰かさんと違ってスイは頼りになるな〜ホント」
『な、何だその目はっ』
いや別に、仕留めたことがあるったって崖から雷落としたって話で沖合に出るクラーケンにはどうしようもないノープランだった伝説の魔獣さんのことは何も言ってませんよ?
『あるじー、のーぷらんって何ー?』
「そうだな、考えなしって意味かなぁー」
『ぐぬぬぬぬぬ』
『アハハッ、まだ言われてやんのー』
『ふぇ、フェル様どんまいです……!』
『……フンッ』
『わっぷ』
励ましてくれたハナちゃんにフェルが尻尾で返事をした。つまりハナちゃんの顔面にフェルの尻尾が直撃。
そっぽを向いたフェルは俺たちに背中を向けてふんぞり返って、ハナちゃんは尻尾に巻き込まれている。
『おーおー、拗ねてる拗ねてる』
『フェルおじちゃん拗ねてるのー?』
『拗ねとらんわっ!』
『あ、あはは……』
うむ、今日も俺の従魔たちが仲良し。
ところでドンマイって和製英語なんですが。
雰囲気で通じてるっぽい?
異世界の言語事情、謎だよなぁ。俺たちの話す言葉は自動翻訳されてるみたいだし、こっちの世界の言葉は聞くのも読むのも書くのも不自由ないし。便利。
……俺、日本語まだ書けるよな?
ふとそんな怖い考えが浮かぶ。
いや普通に大丈夫とは思うけどさ。召喚される前の記憶もちゃんとあるし。
ただなぁ、異世界召喚も色んなパターンあるし……。
『……? 向田さん、どうかしました?』
「いや、ちょっとね」
コレコレこうで……と説明したらハナちゃんも『そ、それは確かにちょっと怖いですね……!』とご同意頂けた。
ハナちゃんはフェルの尻尾に埋もれつつも(律儀に出ようとしない辺りハナちゃんらしい)、すぐにアイテムボックスから便箋と筆記用具を取り出した。
それらを蔓がニュッと俺の方に差し出してくる。
俺は受け取って、書きづらいけど手の平を台にした。スイの上だと柔らかすぎるし貫通したら悪いからな。
ええと、何書けばいいんだ?? ……向田剛志、っと。
うん、全然普通に書けるな。
『……大丈夫、です?』
「うん、全然普通に書けたよ」
『よかった』
ハナちゃんが安心したように笑う。
「ありがとう、これ返すね……って便箋一枚無駄にしちまったな、ごめん」
『い、いえいえ! そんなことないです! えっと、じゃあこれは取っておいて何かの試し書きに使いますっ』
り、律儀〜。
というか俺はハナちゃんほど顔に出る方じゃないはずなんだが。
即ちハナちゃんがそれだけ俺のことよく見てくれてるってことで………………ぐう。
ぐうの音しか出ないぜ。
『(わあ、これが向田さんの字……、お、お名前……!? じ、直筆サインだ……! 話の流れとは言え直筆のサインを頂いたかたちになっちゃった……! た、試し書きになんて使えないよ……! でも取っておくのも気持ち悪いかな?! ……す、捨てられるわけもないよー!! どうしよう!?)』
顔に出やすいってのはこういうことを言います。
流石にくるくる表情変わりすぎて何考えてるかはわからん。
「は、ハナちゃん、どうかしたの??」
『い、いえなんでもないです?! えと、い、いいお名前ですね……』
「ど、どうも……?」
絶対考えてることと違うこと言っただろハナちゃん。
『そう言えば、最初に名乗る時に苗字を通称にしたの、すごいなぁって思いました』
「ああ、こっちだと苗字があるのは貴族だけって話だったから」
変に勘繰られるのを避けるために、響きも外国風にしたんだよね。だからハナちゃんにだけ呼ばれる『向田さん』て響き、改めて考えると、こう、良いよな。
「最初はツヨシ・ムコウダだったけど、名乗ってからはムコーダ(ツヨシ・ムコウダ)になったんだよなぁ」
『ふふ、名前も随時変わってくステータスってちょっと面白いですよね』
そういやハナちゃんも仮名の時はちゃんと(仮名)ってついてたっけ。
あれがもう一ヶ月前になるのか。なんかもう懐かしい気さえするぜ。
そんな風に雑談してたら、フェルが『む、近いかもしれん』ってむくりと起き上がった。いよいよか。
尻尾から解放されたハナちゃんは、ハッとしたようにいそいそとアイテムボックスに便箋と筆記用具をしまい込んでたよ。
『向田……剛志さん』
ふふっと笑いながら。
出てます。
『何で唇噛み締めてんだ??』
「クラーケンが来るからさ…………」
『おう??』
突っ込まないでくれドラちゃん。耐えねばならんのだ。
さて終わりました、クラーケン討伐。
盛大なオマケ付きでな。
クラーケンだけのはずが、クラーケンと戦うシーサーペント、漁夫の利を狙ってたアスピドケロンも一緒にゲットだぜ。大量大漁。
それぞれフェル、ドラちゃん、スイと一匹ずつ倒してたから獲物の取り合いで喧嘩にならなくて良かった〜と一安心して港に帰ろうと思ってたら……
『待て、ハナも獲物を仕留めるべきではないか?』
『わ、私もですか?』
フェルさんや、何でそんなこと言い出すかね。
『そもそもハナも戦えると周りに主張していくと言ったのはお主であろう。大なり小なり獲物を仕留めていった方が説得力がある。水中戦は不得手ではありそうだが、幸い蔓もあることだ。試してみた方がよかろう』
い、意外と理にかなってる……。
そもそもこれだけの大物を仕留めて来ても、まさか俺もハナちゃんも戦闘に参加してるとは思われないだろうよ。獲物がデカすぎ。
あくまでしていきたいのは、非戦闘員と見なされてハナちゃんが危ない目に合わないためのアピールだ。
だから参加に耐えうるというか、一緒に討伐に行きますよ~って姿を見せていくだけでも効果はあると思う。
そりゃ直接ハナちゃんが仕留めたら話は早いけどさ。
『フェル様の言う通りです……! 実は海水が大丈夫かも確認したかったので……ちょっと狩ってきてもいいですか?』
肝心のハナちゃんが乗り気。
ちょっと狩ってきてもいいですかってすごい台詞なんですが、さらっと言ったねハナちゃんや。
『いいぜ、ハナも獲物仕留めたいよな』
『うん、ハナちゃんもドシュッてしたいよねー』
『うむ、その意気だ』
『はい、頑張ります!』
もちろん俺もハナちゃんがいいなら異論ありません。大事なのはハナちゃんのやる気だからね。
『えと……フェル様、少しだけよろしいですか……? その、影になって頂きたく……』
『む。いいだろう、特別に許可してやろう』
『感謝致します!』
許可を得たハナちゃんはステルスを使いつつフェルの体に隠れた。
ステルスを使うなら隠れなくてもいいのに、と不思議に思ってたら、
『……じゃあちょっと行ってきます!』
再び出てきたハナちゃんはキャミソールとスパッツという恰好だった。
なるほど昨日海水が大丈夫か検証したいって話になってたからちゃんと濡れてもいい服を用意してきた上でステルスで消えても脱いだ服は見えちゃうからフェルを影にして着替えたわけだ流石ハナちゃん考慮が行き届いてます。
「……く……クラゲがいたら危ないからせめてTシャツ着よっか……?」
『??? は、はい、向田さんがそう言うなら……?』
行き届いてますが目の毒っっ。
俺はすぐさまネットスーパーでTシャツを注文してハナちゃんに着てもらった。
水着? 海だからって水着回なんてありません。ありませんってば!
め‐の‐どく【目の毒】
1 見ると害になるもの。
2 見ると欲しくなるもの。
見たくないもの、または我慢している時に見ちゃいけないやつ全般。