第七十一話 ハナちゃんに海水は厳禁

 ハナちゃんはとっくに靴も脱いでいて素足。
 悪いことにさっき急いで買ったTシャツは少し大き目のサイズだった。
 つまり、一見Tシャツ一枚だけの姿。
 ハイテナイニミエルヤツ。
 ……俺、墓穴掘ってない??
 いや落ち着け。キャミソールとスパッツのみは防御が低すぎるし露出が高すぎる。OK、これで良かった。はず。はずだ。
『ハナちゃん、あそこに何かいるよー』
『ほんとだー、えいっ』
『わーい、ハナちゃんもお魚獲れたねー』
 うん、平和~。
 さっきのクラーケンVSシーサーペント~漁夫の利を狙うアスピドケロン~の怪獣映画に比べたらかなり平和~。
 平和な光景を前にして雑念と煩悩には無理やり退散して頂く。
 早速ハナちゃんの耐・海水検証と狩りが同時に始まった。
 スイもハナちゃんも触手で狩り……というか漁? を楽しんでキャッキャしてる。今日も可愛い×可愛いは以下略。
 今のところは普通の海水浴だが、海水でどんな影響が出るかわからないからちょっと心配だわ。
 ハナちゃんは創造神様から貰った固有スキル『擬態』で人間の姿になっていて、かつ神様パワーで体の表面はほぼ人間に似せた造りらしいけど、中身は一応アルラウネで植物性だからな。
 蔓は相当伸びるし、伸ばした先に何があるのかわかるらしいから索敵もバッチリで、魚釣りには向いてそうだけどさ。
 長風呂すると煮えちゃうみたいだし。
 海水も長時間浸かってたら危なそうじゃないか?
『うーん……?』
 海水の中に蔓を伸ばしてチャプチャプさせてるハナちゃんが首を傾げてる。
「だ、大丈夫?」
『はい、今のところは。ただ少し違和感みたいなのがあって……??』
 違和感かぁ。少なくとも良い傾向ではないっぽいな。
 海岸沿いや塩湖周辺でも生息出来る塩に強い植物もあるけど(日本で馴染み深いのは黒松とかね)、フェルに聞いた限りだとアルラウネの生息地は大体森の奥深くだって言うし。
 そもそも種族として塩への耐性がなさそう。
 ……あれ? でも飯は普通に食えてるんだよなぁ。俺の飯、塩分控えめとは言い難いよ。むしろガッツリ系ばっか食わせてます。
 なんで大丈夫なんだろ。
「もしかして神様からのサービスだったり……?」
『な、なるほど……有り得ますね……!?(転生出来ても向田さんのご飯が食べられなかったらと思うと……思うと……! 創造神様、ほんとうに……ほんとうにありがとうございます……!!)』
【※創造神様に対するハナちゃんの信仰度が更にアップしました】
 考えれば考えるほどハナちゃんの体の造り、謎が多い。
 だからこそ検証が大事なわけで。
『うーん……、……ん? んん……?』
「ハナちゃんの体にあんまり海水は良くなさそうだし、程々に……」
 ザブーン―――。
 ……。
 ……。
 えっ?
 程々にって言った瞬間、派手に水飛沫が上ってハナちゃんがいなくなった……。
 って、ええっ? う、海に飛び込んだ?? 
 慌てて海面を覗いてもハナちゃんはいない。
 まさか、伸ばした蔓が何かに引きずり込まれたのかっ?
『ハナちゃん、大丈夫かっ!?』
 急いで念話で声をかけた。
『……っ、す、みません、驚かせてしまって……、』
 や、やっぱり引きずり込まれてるッ?
「ッ待ってろすぐ助けに―――」
『すぐ仕留めますので!』
「へ?」
 ザッパァァァァァン―――。
 力強い即答が先か大きな飛沫が上るのが先か、俺にはほぼ同時に思えた。
 何かが海中から打ち上げられて、そのまま海面にビタァンと落ちた。
「………………た、タコ?」
 うん、どう見てもタコ。
 ただし、かなりデカい。頭部と胴だけでも1メートルはありそうなのに、俺の顔より巨大な吸盤だらけの腕を含めたらざっと3メートルはあるんじゃないか?
『ごめんスイちゃん、おっきなスイちゃんを増やしてもらえるっ? ちょっとだけ乗せといて欲しいの!』
『わかったー!』
『ありがとー!!』
 ビタァン、ベチャッ。
『お、驚かせてごめんなさい! 蔓を伸ばして(ジャブンッ)海底まで探ってたら(ビタァン)、たくさんタコを見つけまして……(ベチャッ)でも蔓だけ海中だと(ザブン)動かすのが微妙に難しかったので(ビタンッ)飛び込んじゃいました……(ベチョ)』
 俺がぽかんとしている間にタコがどんどんスイに積み重なっていく……。
『フスンッ、随分情けない声を出していたな?』
 フェルがここぞとばかりにニヤニヤ笑いながら言ってくる。さっき散々弄られた腹いせだろうが、何も言い返せん。
 だってあんなの心配するでしょうがっ。
『水中戦は不向きだろうが、雑魚相手なら問題なかろう。何を心配する必要がある』
『それにハナが仕留めるって話だったからなー、手出しはしねぇぜ』
 ドラちゃんにまで追撃された。そ、そう言われると俺がハナちゃんのこと信じてないみたいに聞こえてくる……いや違う、俺くらいはちゃんとハナちゃんを心配しないと。
 だって海水は多分マズイ。
『は、ハナちゃん、全身浸かっちゃってるけど大丈夫? 違和感は?』
 念話でハナちゃんに言う。そんなに距離は遠くないけど水音で聞こえないといけないからな。
 海面から頭だけ出してるハナちゃんがこっちを向いて、『……はい、今のところは!』と元気な返事。
 元気で何より。
 でもダメです。
 だって明らかに頭の花がしんなり萎びれてるからなっっ。
「……スイ、ハナちゃん捕まえてくれるか?」
『えっ?』
『ハナちゃん捕まえるのー? うふふー、いいよー』
『えっ!?』 
 スイの触手でぐるぐる巻きにされたハナちゃんはすぐさまズルゥと引き上げられた。
『…………?』
 突然引き上げられたのに驚いてるのかそれとも海水のせいなのか、巨大化したスイの上に降ろされてもハナちゃんは座り込んだまま動きを止めている。
 そしてわかってはいたがびっちょり濡れたTシャツが体に張り付いててそれはもう濡れて透けてるっっ。
 俺は直視しないよう気を付けながらもう一度スイにお願いする。
「スイ、ハナちゃんに水やりお願いな。いつもより目一杯で頼む」
『えー、水のあげすぎはだめだもん、お花枯れちゃうんでしょー』
「うーん、そうなんだけどな、海の水しょっぱかっただろ?」
『うん、しょっぱーい』
「それがハナちゃんの体に良くないみたいで、だから洗い流すための、逆に枯らさないようにするための水やりなんだよ」
『!! わかったー』
 ここまで言えば伝わったようだ。うんうん、スイたんはいい子だねぇ。
 というかハナちゃん、さっきから静かだけど大丈夫か?
 俺はしゃがみ込んで(なるべく濡れ透けTシャツを見ないように)ハナちゃんと視線を合わせた。
「ハナちゃん、大丈夫か? とりあえずスイに洗い流してもらって、様子を見ようか」
 声をかけるとハナちゃんはハッとしたように慌てて立ち上がり、
『……あ、えっと、はい! ご、ご心配おかけし『ハナちゃんのお花が枯れちゃう~!!』
「うわーーーっっストップストップ! やりすぎだってーー!!」
 ドドドドドと滝のように降り注ぐスイの水魔法を頭から浴びるのだった……。

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

『ご、ご心配をおかけしてすみませんでした……!』
「う、うん、初めてのことだったから仕方ないにしろ、だからこそ慎重にね」
 海水を洗い流した後、『ハナちゃん元気出して~!』とスイ特製上級ポーションを頭からかけられたおかげか、すっかりハナちゃんの花は元気を取り戻していた。心なしかツヤツヤしてる。
『しかしだな、海中に入らずともやりようはある。次回の課題にするがよい』
『は、はいっ。……たとえば風魔法で渦を作るとかですか?』
『うむ、なかなか良い策ではないか』
 フェルはまた師匠面してるし。
『というかそんな萎びてたかー? 主も過保護だな』
「いやいや、萎びてたって。何かあってからじゃ遅いんだからこれくらい過保護じゃないだろ」
『ふーん』
 な、なんだよドラちゃんふーんて。確かにスイに対して過保護な自覚はあるけどハナちゃんに対しては妥当じゃないか?
 ……だよな? うん。……うん?
 それからハナちゃんの着替えが終わるのを待った。またフェルにお願いして影になってもらってたよ。風魔法で乾燥は楽々。
 分身した巨大化スイの上に乗せておいたこれまた巨大なタコは全部で10匹。これはハナちゃんが蔓でアイテムボックスに回収。ちなみに、鑑定したら『ジャイアントタッコ』っていうまんまな名前だったわ。
「それじゃ、帰るか」
 帰りもお願いね、とスイに声をかけて俺たちは港に向かって出発した。
 クラーケン討伐のつもりが、シーサーペントとアスピドケロン、ジャイアントタッコと盛り沢山だったな。
 帰り道、ハナちゃんはしょんぼり肩を落としてたけど、
『……引き上げられて初めて、服が濡れてるせいだけじゃなくて、体全体が重くてだるいことに気が付きました……止めてくださってありがとうございます、向田さん』
 だってさ。
 引き上げられてぼんやりしてたのはそのせいだったか。
 これからも引き続き注意して検証していこうって話し合ったよ。
 やっぱりちゃんと心配しててよかった~。
 ハナちゃんに海水は厳禁だね。

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